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発展編
北の大地で 21
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「ここが瑞樹の育った部屋なんだな」
「えぇ、そうです」
改めて宗吾さんに抱きしめてもらうことで、生身の宗吾さんが本当に今ここにいることを再認識できた。ここなら人目を気にしなくていい。そう思うと、僕の方から彼の肩に手をあてて自然に背伸びをし……口づけてしまった。
だって……ずっと触れたかった温もりだ。僕の宗吾さんだ。
「瑞樹……? 珍しいな、君の方からしてくれるなんて」
「あの……迎えに来てくれて嬉しかったです。だから……」
「嬉しいな。でも物足りない」
「え……」
腰に手を回され、つま先立ちになる程ぐっと持ち上げられてしまった。そして僕が仕掛けたキスの何倍も深い口づけを受け続けることになったので、足がガクガクと震えてしまった。
「あっ……んんっ」
息継ぎが出来ないほどの深いキスだ。
舌が入ってきて口腔内を掻き混ぜられてしまう。
そんなにしたら、僕はもう蕩けてしまう。
宗吾さんからの深まるキスを受け留めながら……頭の中で彼と出逢ってから今日までの日々をクルクルと思い出していた。
宗吾さん、あなたは……
クローバの野原で泣きじゃくる僕を見つけてくれた人。
ホテルで窮地に立たされた僕にいち早く気づき、スッと助けてくれた人。
初めてのキスは一瞬。
原っぱで傘に隠れてされたキス。
観覧車の上で深まったキス。
キス、キス、キス。
『キスは吐息で交感する恋への入り口』と言ったのは誰だったか。
まさにそれだ。
唇と唇をぴったりと合わせる度に……宗吾さんという人そのものを直に感じられ、僕は新しい恋に堕ち、震えた。
キスの雨はやまない。どこまでも降る雨はあたたかい。
「どうした? 震えているな」
「それは……会えたのが嬉しくて。あっ……もう息が出来ないっ……んっ」
「悪い、つい」
濡れた唇を宗吾さんが拭ってくれる。だから僕も宗吾さんの唇に指先を届ける。
感じる── 繊細な感覚が戻ってきている。そのことをもう一度確かめたくて。
嬉しい── 宗吾さんをまた僕の全身で感じられるのが。
宗吾さんの唇のぬくもりを指先から感じることが出来た。すると宗吾さんも僕の指を手に取り、その後ギュッと強く握った。
「いっ……痛いです」
「あぁ悪い。本当に治ったんだな。信じられないよ。いや、そうなると信じていたが……」
「はい」
そんなにじっと指先を見つめられると、恥ずかしくなってしまう。治ったといっても、うっすらと傷はまだ残っているから。
「瑞樹のこの指が好きだ。この指先が生み出す世界を、また見られるな」
「はい。頑張ってみます。戻ったらまた一からスタートします」
「あぁ応援しているよ。おっと飛行機の時間があるんだ。急だが、本当に今日帰れるか」
「あっ、今用意します」
それから宗吾さんと簡単な荷造りをした。
鞄に荷物を詰めながら……この部屋での思い出を語った。
ベッドの下に隠すように眠っていた青い車のおもちゃは、僕の宝物だった。
若草色のカーテンは、母親が僕に似合いそうだと選んでくれたもの。
弟の落書きが残った背比べした柱もあった。
弟が好きだった、犬のぬいぐるみ。
いつも持って一緒に眠っていたのに、あの日に限って忘れたと泣いていたっけ。
ここは幼い兄弟が、両親の愛情のもとスクスクと成長するはずだった子供部屋だ。
****
「瑞樹。荷造り出来たのか」
「うん。セイ……急な事で悪いな」
「いや、本当はこっちからそろそろ言うべきだったんだ。いつまでも甘えて悪かったな。最後に俺の赤ん坊を抱っこしてくれよ。えっと……その、彼も一緒にさ」
「いいのか」
「もちろんだ」
セイの赤ちゃんを抱っこさせてもらうと、首が据わったので前よりずっと抱きやすかった。僕もだいぶ慣れたかも。
「宗吾さん、赤ちゃんって可愛いですよね」
「あぁ本当だ。瑞樹が抱くと一層な。瑞樹も赤ちゃんみたいに可愛いんだ」
「そっ宗吾さんってば……ちょっと」
もう宗吾さんは相変わらずだ。僕に甘すぎるよ。
「あの……宗吾さんも抱っこしますか」
「うーむ。だが旨く抱けるかな」
「え、だって芽生くんを散々抱っこしたんじゃ……」
「あーその頃の俺は、最低だったから……あまり、だから慣れていない」
気まずそうな様子だった。なるほど……でもそれも、もう過去だ。過去に置いておこう。
「きっと大丈夫ですよ。いいですか」
赤ちゃんをそっと渡すと、やはり手が覚束ない。
「おっと」
「わっ! 危なっかしいです。やっぱり僕が抱っこします」
「う……悪いな。カッコわるいな。俺」
「くすっ」
そんなやりとりをしていると、カシャっとカメラのシャッター音が鳴った。音の方向を見るとセイがいつの間にか母の遺した一眼レフを構えていた。
「え? 今の撮ったのか」
「あぁ記念写真さ。さぁこのカメラごと持って行けよ」
「いいのか」
「当たり前だよ。これは瑞樹のお母さんの形見だろう。大切な物じゃないか」
「ありがとう!」
セイが撮ってくれた写真も貴重だよ。
僕と宗吾さんが赤ちゃんを抱っこしているなんて。
あ……そうだ、最後に伝えないと。
「セイ、僕の部屋ずっと残してくれていて、ありがとう。でももういいよ。改装して客室にしてもらって大丈夫だよ」
「え……だが」
「今日彼に見てもらえたし、僕の心が覚えているから……もう大丈夫だ。嬉しかったよ。僕が戻ってくるまで、そのままにしてくれて」
「いや……そうはいかないよ。やっぱりあそこは瑞樹の部屋だ。今更、客室になんて出来ないよ! 」
セイも困った様子だったので、思案した。僕としては宗吾さんに見せることが出来たし、もう未練はないのだが……あ、じゃあこれならどうかな。
「ありがとう。気持ちが嬉しいよ。それなら……いずれこの赤ちゃんが大きくなったら子供部屋にしてくれないか。あそこは……僕と夏樹がそうやって使い続ける予定だったから」
「あ……それいいな。それなら、そうしてもいいか」
「もちろんさ!」
僕と夏樹はこの家を出たが、そうやって語り継がれていけばいい。
ずっとずっと昔
ここに……とても仲良しの兄弟がいたことを。
それは……瑞樹と夏樹という名前だったことを。
「えぇ、そうです」
改めて宗吾さんに抱きしめてもらうことで、生身の宗吾さんが本当に今ここにいることを再認識できた。ここなら人目を気にしなくていい。そう思うと、僕の方から彼の肩に手をあてて自然に背伸びをし……口づけてしまった。
だって……ずっと触れたかった温もりだ。僕の宗吾さんだ。
「瑞樹……? 珍しいな、君の方からしてくれるなんて」
「あの……迎えに来てくれて嬉しかったです。だから……」
「嬉しいな。でも物足りない」
「え……」
腰に手を回され、つま先立ちになる程ぐっと持ち上げられてしまった。そして僕が仕掛けたキスの何倍も深い口づけを受け続けることになったので、足がガクガクと震えてしまった。
「あっ……んんっ」
息継ぎが出来ないほどの深いキスだ。
舌が入ってきて口腔内を掻き混ぜられてしまう。
そんなにしたら、僕はもう蕩けてしまう。
宗吾さんからの深まるキスを受け留めながら……頭の中で彼と出逢ってから今日までの日々をクルクルと思い出していた。
宗吾さん、あなたは……
クローバの野原で泣きじゃくる僕を見つけてくれた人。
ホテルで窮地に立たされた僕にいち早く気づき、スッと助けてくれた人。
初めてのキスは一瞬。
原っぱで傘に隠れてされたキス。
観覧車の上で深まったキス。
キス、キス、キス。
『キスは吐息で交感する恋への入り口』と言ったのは誰だったか。
まさにそれだ。
唇と唇をぴったりと合わせる度に……宗吾さんという人そのものを直に感じられ、僕は新しい恋に堕ち、震えた。
キスの雨はやまない。どこまでも降る雨はあたたかい。
「どうした? 震えているな」
「それは……会えたのが嬉しくて。あっ……もう息が出来ないっ……んっ」
「悪い、つい」
濡れた唇を宗吾さんが拭ってくれる。だから僕も宗吾さんの唇に指先を届ける。
感じる── 繊細な感覚が戻ってきている。そのことをもう一度確かめたくて。
嬉しい── 宗吾さんをまた僕の全身で感じられるのが。
宗吾さんの唇のぬくもりを指先から感じることが出来た。すると宗吾さんも僕の指を手に取り、その後ギュッと強く握った。
「いっ……痛いです」
「あぁ悪い。本当に治ったんだな。信じられないよ。いや、そうなると信じていたが……」
「はい」
そんなにじっと指先を見つめられると、恥ずかしくなってしまう。治ったといっても、うっすらと傷はまだ残っているから。
「瑞樹のこの指が好きだ。この指先が生み出す世界を、また見られるな」
「はい。頑張ってみます。戻ったらまた一からスタートします」
「あぁ応援しているよ。おっと飛行機の時間があるんだ。急だが、本当に今日帰れるか」
「あっ、今用意します」
それから宗吾さんと簡単な荷造りをした。
鞄に荷物を詰めながら……この部屋での思い出を語った。
ベッドの下に隠すように眠っていた青い車のおもちゃは、僕の宝物だった。
若草色のカーテンは、母親が僕に似合いそうだと選んでくれたもの。
弟の落書きが残った背比べした柱もあった。
弟が好きだった、犬のぬいぐるみ。
いつも持って一緒に眠っていたのに、あの日に限って忘れたと泣いていたっけ。
ここは幼い兄弟が、両親の愛情のもとスクスクと成長するはずだった子供部屋だ。
****
「瑞樹。荷造り出来たのか」
「うん。セイ……急な事で悪いな」
「いや、本当はこっちからそろそろ言うべきだったんだ。いつまでも甘えて悪かったな。最後に俺の赤ん坊を抱っこしてくれよ。えっと……その、彼も一緒にさ」
「いいのか」
「もちろんだ」
セイの赤ちゃんを抱っこさせてもらうと、首が据わったので前よりずっと抱きやすかった。僕もだいぶ慣れたかも。
「宗吾さん、赤ちゃんって可愛いですよね」
「あぁ本当だ。瑞樹が抱くと一層な。瑞樹も赤ちゃんみたいに可愛いんだ」
「そっ宗吾さんってば……ちょっと」
もう宗吾さんは相変わらずだ。僕に甘すぎるよ。
「あの……宗吾さんも抱っこしますか」
「うーむ。だが旨く抱けるかな」
「え、だって芽生くんを散々抱っこしたんじゃ……」
「あーその頃の俺は、最低だったから……あまり、だから慣れていない」
気まずそうな様子だった。なるほど……でもそれも、もう過去だ。過去に置いておこう。
「きっと大丈夫ですよ。いいですか」
赤ちゃんをそっと渡すと、やはり手が覚束ない。
「おっと」
「わっ! 危なっかしいです。やっぱり僕が抱っこします」
「う……悪いな。カッコわるいな。俺」
「くすっ」
そんなやりとりをしていると、カシャっとカメラのシャッター音が鳴った。音の方向を見るとセイがいつの間にか母の遺した一眼レフを構えていた。
「え? 今の撮ったのか」
「あぁ記念写真さ。さぁこのカメラごと持って行けよ」
「いいのか」
「当たり前だよ。これは瑞樹のお母さんの形見だろう。大切な物じゃないか」
「ありがとう!」
セイが撮ってくれた写真も貴重だよ。
僕と宗吾さんが赤ちゃんを抱っこしているなんて。
あ……そうだ、最後に伝えないと。
「セイ、僕の部屋ずっと残してくれていて、ありがとう。でももういいよ。改装して客室にしてもらって大丈夫だよ」
「え……だが」
「今日彼に見てもらえたし、僕の心が覚えているから……もう大丈夫だ。嬉しかったよ。僕が戻ってくるまで、そのままにしてくれて」
「いや……そうはいかないよ。やっぱりあそこは瑞樹の部屋だ。今更、客室になんて出来ないよ! 」
セイも困った様子だったので、思案した。僕としては宗吾さんに見せることが出来たし、もう未練はないのだが……あ、じゃあこれならどうかな。
「ありがとう。気持ちが嬉しいよ。それなら……いずれこの赤ちゃんが大きくなったら子供部屋にしてくれないか。あそこは……僕と夏樹がそうやって使い続ける予定だったから」
「あ……それいいな。それなら、そうしてもいいか」
「もちろんさ!」
僕と夏樹はこの家を出たが、そうやって語り継がれていけばいい。
ずっとずっと昔
ここに……とても仲良しの兄弟がいたことを。
それは……瑞樹と夏樹という名前だったことを。
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