218 / 1,871
発展編
幸せを呼ぶ 4
宗吾さんは後ろ手でドアを閉めるなり、玄関先で僕を勢いよく抱きしめた。
「わっ……」
彼の胸元に顔をすっぽりと埋められてしまったので、鼓動が間近に聞こえる。ドクドクドクと早鐘を打っている。
「……宗吾さん?」
「……」
呼ぶと更にギュッと力を籠められてしまった。僕もじっとしてその温もりを感じた。ほわほわと心地良くて蕩けそうになる。でも何だか彼の様子が少しおかしい気がして……そっと背中に手をまわして撫でてあげた。
「あの……どうしました? 何か思い詰めていませんか」
「あぁ悪い……参ったな。瑞樹はカンが良すぎる。その……嫉妬した」
「え? 何にですか」
一体何のことだか、キョトンとしてしまった。
「この部屋にだ」
「……そんな」
「だよなっ」
宗吾さんは一旦僕を引き離し、じっと見つめてから困ったように肩を揺らした。
その表情に僕はドキっとした。
もしかして僕がさっき感じた一馬の気配を、宗吾さんも感じたのだろうか。
そんな心配……もういらないのに。
「なぁ今日は一緒にいてもいいか。そのさ、何もしないから」
「くすっ」
そんな断り……もういいのに……と、思う。
「とにかく、上がってください。コーヒーでも」
「ありがとう」
なんだか付き合い始めたばかりの恋人のような、甘い会話だな。頬が火照ってしまうよ。
****
「コーヒーでいいですか」
「あぁ、ありがとう」
宗吾さんにコーヒーを手渡して、久しぶりに部屋を見渡した。
ここは若い二人が住むには広すぎる家だった。いつの間にか増えてしまった荷物……整理しないと。宗吾さんの家に行く時には置いて行きたいものばかりだ。あの部屋にしまい込んだ、あいつの荷物も、もう捨てよう。あの時は捨てきれなかったが、もう大丈夫だ。
(一馬……僕はもう大丈夫だよ。もう気にしなくていいんだよ……一馬も元気で)
だから、そうあいつに心の中で伝えた。きっと届く、そんな予感の元。
「もう、こんな時間か」
「あ……」
芽生くんは一人で大丈夫かな。もっと早い飛行機で帰って来られたら、その足で会いに行きたかったな。なんだか急に芽生くんのことが恋しくなってしまった。
きっと大沼で赤ちゃんと共に生活していたからだ。小さくて無垢なぬくもりが恋しい。そうだ……僕の弟のお気に入りのぬいぐるみ。芽生くんに可愛がってもらいたくて連れてきたよ。
「あの……宗吾さん、今日は帰らなくてもいいのですか」
「瑞樹、つれないことを言うなよ。もうこんな時間だ。ここに泊めてくれないのか」
「それは、もちろんいいですが、芽生くんは大丈夫かなと」
「あぁさっき電話したら、もう寝てしまったから迎えるのは明日の朝でいいと言われたよ。母が明日は出かけるので幼稚園の送りだけは頼まれたが」
「僕……芽生くんに寂しい思いさせていますね」
「いや……芽生も今日のことはちゃんと分かってくれているよ。それにこれから沢山可愛がってくれるのだろう?」
「はい! もちろんです。じゃあ……明日は僕も一緒に迎えに行って、幼稚園に送ります」
「そうか。それはきっと喜ぶよ。頼むよ」
明日からのことを考えると、夢膨らむ。
まるで僕が桜の蕾にでもなった気分だ。もう間もなく咲く寸前の気分って、こういう感じなのか。
こんなにも明日というものが希望に満ちたものだなんて……
あの日、函館旅行のためにこの部屋を出た時と今とでは……僕は生まれ変わったようだ。
あの事件をきっかけに色んな事から抜け出せた。そして大沼で過ごしたゆったりとした時間が、僕自身を取り戻させてくれた。
「それにしても、宗吾さんはもう寝ないと駄目ですよ。明日の仕事に支障が出ますよ」
「そうだな。まぁいろいろしたいことは山々だが……」
「あっあの、お風呂いれてきます。そういえば電気やガスちゃんと使えていますね」
「だろう? 俺は抜かりないからな」
「もしかして……いろいろ手配してもらっていたのですね」
宗吾さんがクリスマスに来てくれた時、このマンションのカギを渡していた。しばらく帰れない僕の代わりに管理をしてくれると言ってくれたが、本当に至れり尽くせりだな。
流石だ。僕は気が回らないのに、本当に宗吾さんは頼りになる。
お風呂を磨きながら、実は少しドキドキしていた。函館の家でも大沼でも常に周りに誰かいたから……でも、ここは今、僕と宗吾さんだけだから。
「宗吾さん、お風呂沸きましたよ。って……あれ? 」
宗吾さんはソファで舟を漕ぎ出してしまっていたので、手に持っていた空のマグカップをそっと机に置いてあげた。
くすっ。宗吾さんのそんな無防備な姿……滅多に見られないから新鮮だな。やっぱり無理させてしまった。今日一日の移動距離を思えば納得できる。
隣に座り、宗吾さんにもう一度話しかけてみた。
「宗吾さん、起きて……」
その拍子にグラっと彼の頭が傾いて、僕の肩に乗ってしまった。
うわっ!
なんだかさっきからドキドキが止まらない。
宗吾さんは会社帰りだったのでスーツのジャケットを脱いで、ネクタイを緩めていた。
妙にその姿に……大人の男らしい色気みたいなのを感じて困ってしまう。いつもパリッとしている人が僕にえ見せてくれる寛いだ表情、乱れた髪に、胸が高揚するよ。
好きな人だからだ。僕が好きな人だから、こんなにもトキメク。
僕の薄い肩じゃ辛いだろうと、そっと頭を膝にのせてあげた。
膝枕だ。これ……うわっ、自分から、こういうことをするのは初めてだ!
宗吾さんは全く起きる気配がないので、近くにあった毛布をかけてあげた。
すると僕も宗吾さんの温もりと重みが心地よくなって眠くなってきてしまった。
だからそのまま目を瞑ってみた。
「宗吾さん本当に起きないんですね? じゃあ……僕も、もう今日はこのまま寝てしまってもいいですか」
ずっと会いたかった宗吾さんの重みを感じながら、幸せな重みを感じながら。
僕と宗吾さんは身体を寄せ合い、深い眠りについた。
ふたり一緒に同じ夢を──
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています