幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

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発展編

幸せを呼ぶ 7

 坂道を下ると樹々が茂る大きな公園が見えてきた。幼稚園のバス停は公園の目の前にある。

 しかし久しぶりに歩くとアップダウンがきつく感じるな。この辺は上ったり下ったりと坂道が多くて……まるで長い人生のようだ。

 やがて、お母さん達が輪になって喋っている日常風景が見えて来た。

 あぁ……あれから何も変わっていない。

 僕が最後にこのバス停の前を通ったのは去年の12月。芽生くんから幼稚園のクリスマス会の話を聞いていたのに、もう春の終業式だなんて信じられないな。

 芽生くんの年中のお遊戯会も終わってしまった。宗吾さんから写真を送ってもらったが、僕も一緒に観たかったよ。今年は和風のダンスだったね。来年は劇をやるそうだから、それは絶対に生で観に行くよ。

 遠い昔、弟の夏樹のお遊戯会にお母さんと行ったのを思い出してしまう。衣装を着て元気よく踊る夏樹も可愛かったが、芽生くんも本当に可愛い。

 僕と手を繋いで満足げに弾んで歩く笑顔を見ると、口元がふっと緩んでしまう。

 宗吾さんに『これって親馬鹿みたいなものですか』と聞いてみたくなる。

「きゃー滝沢さんってば、良かったですね!」
「瑞樹くんだわぁ~相変わらず綺麗っ」
「もう病気よくなったの?」

 近づいて行くと、すぐに注目の的になってしまった。

 わっ……いつの間にか僕の名前も事情も割れて大騒ぎになっている。このバス停のお母さん達は理解があっていいが、慣れない状況にビクッと緊張してしまう。

「瑞樹、そう心配するな。皆には瑞樹は病気で函館の実家で療養していたと言ってあるから」
「そうなんですね。あの……お気遣いありがとうございます」

 あの忌々しい事件は、幸いニュースにもならず静かに収まってくれたので本当に助かった。きっと地元の有力者の松本さんのお陰でもあるよな。いつか……改めてお礼に伺いたい。

 東京では僕があのような事件に巻き込まれたということは、宗吾さんと宗吾さんのお母さん、そして僕の会社のリーダーしか知らない。そうだ……会社にも3月の間に一度挨拶に行かないと。4月から復帰するのだから。

 ふぅ……いざ戻って来るとやるべきことが多いな。

 急に目まぐるしい程世界が動き出していくので、大沼との生活が終わり、またこの東京で生きていることを実感するよ。

「お兄ちゃん、明日から春休みだよ。たくさん一緒にあそべるかなぁ」
「うん、3月の間は会社に行かないので、空いている時間に会えるよ」
「やったぁ! それでいつメイのお家に来てくれるの?」
「今日パパと相談してみるから、もう少し待ってね」
「わかった! あっバスだ。パパーお兄ちゃん、いってきま~す」

 芽生くんが僕の手から離れバスに乗り込んだ。急にぬくもりがなくなってしまったのが寂しかったが、小さな顔を窓から覗かせて嬉しそうに手を振ってくれたので、心がすぐに温かくなった。

 やっぱり芽生くんって、可愛いな。

 あんな可愛い男の子ともうすぐ一緒に暮らせるなんて、嬉しい。

 何をして遊ぼうか。僕が弟にしてやれなかった分も、沢山一緒に遊んであげたい。大沼で僕と夏樹の子供部屋に滞在したせいか、弟と仲良く遊んだ日々を色濃く思い出していた。

 だが、僕の大事な芽生くんは、夏樹の身代わりなんかじゃない。

 僕の3番目の弟みたいな存在だよ。芽生くんは……さ。
 
「いってらっしゃい!」
「瑞樹、見送りありがとうな」
「あっ宗吾さんも会社に行かないと遅れちゃいますよ」
「なんだ、つれあいなぁ。早く一緒に暮らしたい。そうだ、マンションの解約の件、上手くいくといいな」
「はい! 今から大家さんの所に行ってきますね」
「あぁまた連絡をしてくれ。もう家に戻るのか」
「えぇ」
「ううぅ……送ってやりたいが、残念ながらそれをすると大遅刻コースだ」

 宗吾さんが腕時計を見ながら、悔しそうに唸った。

「そんな過保護にならなくても大丈夫ですよ。今は朝で人通りも多いですし……僕も大沼で毎日重たいミルクや食材を運んで鍛えたんですよ。ほら筋肉がついた気がしませんか」

 腕を持ち上げてアピールすると、宗吾さんはくくっと小刻みに笑った。それから大きな手で、僕の髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。

「瑞樹の腕があまりムキムキになられても困るぞ。やっぱりこう……ほっそりとしていた方が抱く時に……」
「えっ……何ですか」
「……そっちの方が、萌えるよ」

 もっ萌えだって……?
 出た! 宗吾さんのヘンタイモード!

 僕がカチンと固まると、様子を遠巻きで見守っていたお母さん達のざわめきが大きくなった。

「え、今のなに? 聞いた」
「うんうんうん!」
「きゃああああ~♡ なんかお二人ってラブラブですねぇ♡」

 ううっ……これはまるで宗吾さんとの出会いの日のよう……久しぶりに聞く黄色い悲鳴だ。

「そっ宗吾さんは、もうっ早く会社行ってください!」

 思わず、彼の背中をドンっと突き飛ばしてしまった。

 駅に向かって小さくなっていく宗吾さんは、何度も何度も僕のことを振り返ってくれた。

 もう……恥ずかしい。
 でも……すごく嬉しい。

 またあなたと、こんな風にキラキラした朝を迎えられてよかった。

 一度はじっくり培ってきたものを、すべて失ってしまいそうになった。

 あの時……僕は諦めなくてよかった。

 最後まで僕が僕を守ったから、宗吾さんの元に戻って来られて本当によかった。

 あたりまえの日常が、こんなにも尊く愛おしいことを知った。







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