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成就編
心の秋映え 8
異国情緒溢れる函館の街。
赤レンガ倉庫を抜けたベイサイドに建つホテルでの結婚式。
披露宴会場はこじんまりしていたが、大正浪漫を感じさせる和モダンな空間で素敵だった。
都会のホテルとはまた違う、温かみのあるもてなしを受けながら、僕は雛壇に座るタキシード姿の兄さんを、じっと見つめていた。
思い返すのは、初めて会った日のこと。
あれは両親と弟の告別式だった。
どうしたらいいのか、どうしていいのか分からず……新緑の樹の下でただ涙に濡れていた僕に、最初に声を掛けてくれたのが兄さんだった。
温かい目に、凍ってしまいそうだった僕の心が久しぶりに反応を示した。
(この人はだれ……? やさしそうなお兄さんだ)
だから四十九日の法要の後、僕を連れて行ってくれるという言葉に縋るように泣いてしまった。
それから突然家族を失ったショックが癒えない僕を……全力で支えてくれたのも、兄さんだったね。
あの広い背中におぶさったことも、広い胸に抱っこしてもらったことも……
五歳の歳の差は当時は今よりもずっと大きく……まるで父親のように頼りきっていた。
広樹兄さんは、僕の唯一無二の兄さんだ。
「瑞樹、寂しいの?」
「母さん……少しだけ」
「あなた、素直になったわね」
そう言われて、長い間……打ち解けられなかった事を思い出す。
「兄さんがどこかに行ってしまうわけではないのに、やっぱりなんだか……」
うまく言葉が続かない。
母さんは言葉を急かす事もなく、静かに耳を傾けていてくれた。
「あの……母さんも、もしかして……寂しい?」
ふと浮かんだ疑問……
それは、今までだったら絶対に口にしない類いの言葉だった。
すると僕の言葉に呼応するように、母さんの目に突然じわっと光るものが浮かんで来た。
「わっ! ごめんなさい。泣かすつもりじゃ」
「ううん、違うの。あなたがそんな事言ってくれると思わなくて、びっくりしちゃった」
「母さん……」
母さんにとって広樹兄さんは、本当に頼り甲斐のある息子だった。もちろんこの先も頼もしい息子に変わりない。でも広樹兄さんの立場は、今日を境にある意味大きく変わる。
大切な奥さんと、きっとすぐに父親になる。だから今までと全く同じわけにはいかないのを、母さんも僕も理解している。
人と人との距離や心は、日に日に微妙に変化していくものだ。
暗くなっては駄目だ。
今日は晴れの門出。
見送るものが受け入れて馴染んでいかないと……
僕が宗吾さんと歩む人生を受け入れてもらったように。
「母さんには僕もいます。これからは……僕をもっと頼って下さい」
「やだ……小さかった瑞樹がそんな事を言ってくれるなんて……月日が流れるのは早いわね」
「母さん、俺もいるぜ! 母さんを支える三兄弟の一人だ」
「なぁに、いつまでも幼かった潤までそんな台詞を? もうあんまり泣かせないで。花婿の母が大泣きするのは変でしょう」
母さんは笑ったが、その瞳からは大粒の涙がぽろりと流れ落ちた。
あ……母さんの涙を見るのは、いつぶりだろう。
早くに結婚相手を亡くした母さんにとって、子育ては生き甲斐だったのだ。
必死に3人を育てくれた。だからこそ、一人また一人と巣立っていくのを見送るのは、寂しくもなるのだろう。
「母さん、僕の故郷はずっとここです。こうやって母さんの横に座っていると、やっぱり落ち着きます」
本心だ。
母さんが今、目の前で生きていてくれる……それが嬉しい。
僕の二番目の母さんが、ここにいる。
「瑞樹……今のあなたなら分かるでしょう。主人が亡くなった時は、目の前の光景が野分のようだったの。突然、嵐に巻き込まれたかのように不安を覚えたわ。当時の私は主人に頼り切っていて右も左も分からない人間だったの。でも広樹と潤がいたし、瑞樹がやってきてくれて、私は野分によって出来た道をひたすらに歩むことが出来たの。私の人生に、あなたたち3人は欠かせないわ」
「僕もです。10歳のあの日、母さんが引き取ってくれなかったら、今の僕はいない」
「今考えると……引き取るとかそういう義務的なものじゃなかったのね。瑞樹……あなたは私があの日授かった子供よ。私の生き甲斐よ」
授かりものと言ってもらえるのか。
僕の存在を……
母にとって負担ではなかったと。
「母さん、ありがとう。僕も母さんと巡り合えて嬉しかった」
「おいおい、母さんも兄さんもさぁ、あまり泣くなよ。みんな見てるし、ほらぁ何より広樹兄さんが心配するだろ」
「あっそうだね」
ひな壇の兄さんを見ると、今にも立ち上がって、こちらに飛んできそうな勢いだ。丁度みっちゃんがお色直しで退席して手持無沙汰だったので、じっとしていられない様子だ。
兄さんらしい。
でも今日はこっちに来たら駄目だよ。
兄さんはみっちゃんという大切な伴侶を得たんだ。
まずはみっちゃんを大切にして欲しい。
僕は兄さんに向かって微笑んだ。心から……
『兄さん、大丈夫……僕たちは立場が変わっても永遠に三兄弟だ。これからは、母さんを皆で守っていこう、今日は任せて。僕と潤に』
伝わるだろうか……
きっと伝わる!
兄さんの海のように広い心に、僕たちの気持ちは届く。
「お色直し終わったのね。みっちゃん……綺麗ね」
「本当だ!」
みっちゃんのドレスは、大海原のようなブルーだった。
広い心を持つ、広樹兄さんにぴったりな色だった。
僕と潤と母さんで、兄さんの門出を見守った。
ずっと陰日向なく働き、助けてくれた兄さんの晴れの日は、最高の秋晴れだった。
「結婚、おめでとう! 広樹兄さん!」
赤レンガ倉庫を抜けたベイサイドに建つホテルでの結婚式。
披露宴会場はこじんまりしていたが、大正浪漫を感じさせる和モダンな空間で素敵だった。
都会のホテルとはまた違う、温かみのあるもてなしを受けながら、僕は雛壇に座るタキシード姿の兄さんを、じっと見つめていた。
思い返すのは、初めて会った日のこと。
あれは両親と弟の告別式だった。
どうしたらいいのか、どうしていいのか分からず……新緑の樹の下でただ涙に濡れていた僕に、最初に声を掛けてくれたのが兄さんだった。
温かい目に、凍ってしまいそうだった僕の心が久しぶりに反応を示した。
(この人はだれ……? やさしそうなお兄さんだ)
だから四十九日の法要の後、僕を連れて行ってくれるという言葉に縋るように泣いてしまった。
それから突然家族を失ったショックが癒えない僕を……全力で支えてくれたのも、兄さんだったね。
あの広い背中におぶさったことも、広い胸に抱っこしてもらったことも……
五歳の歳の差は当時は今よりもずっと大きく……まるで父親のように頼りきっていた。
広樹兄さんは、僕の唯一無二の兄さんだ。
「瑞樹、寂しいの?」
「母さん……少しだけ」
「あなた、素直になったわね」
そう言われて、長い間……打ち解けられなかった事を思い出す。
「兄さんがどこかに行ってしまうわけではないのに、やっぱりなんだか……」
うまく言葉が続かない。
母さんは言葉を急かす事もなく、静かに耳を傾けていてくれた。
「あの……母さんも、もしかして……寂しい?」
ふと浮かんだ疑問……
それは、今までだったら絶対に口にしない類いの言葉だった。
すると僕の言葉に呼応するように、母さんの目に突然じわっと光るものが浮かんで来た。
「わっ! ごめんなさい。泣かすつもりじゃ」
「ううん、違うの。あなたがそんな事言ってくれると思わなくて、びっくりしちゃった」
「母さん……」
母さんにとって広樹兄さんは、本当に頼り甲斐のある息子だった。もちろんこの先も頼もしい息子に変わりない。でも広樹兄さんの立場は、今日を境にある意味大きく変わる。
大切な奥さんと、きっとすぐに父親になる。だから今までと全く同じわけにはいかないのを、母さんも僕も理解している。
人と人との距離や心は、日に日に微妙に変化していくものだ。
暗くなっては駄目だ。
今日は晴れの門出。
見送るものが受け入れて馴染んでいかないと……
僕が宗吾さんと歩む人生を受け入れてもらったように。
「母さんには僕もいます。これからは……僕をもっと頼って下さい」
「やだ……小さかった瑞樹がそんな事を言ってくれるなんて……月日が流れるのは早いわね」
「母さん、俺もいるぜ! 母さんを支える三兄弟の一人だ」
「なぁに、いつまでも幼かった潤までそんな台詞を? もうあんまり泣かせないで。花婿の母が大泣きするのは変でしょう」
母さんは笑ったが、その瞳からは大粒の涙がぽろりと流れ落ちた。
あ……母さんの涙を見るのは、いつぶりだろう。
早くに結婚相手を亡くした母さんにとって、子育ては生き甲斐だったのだ。
必死に3人を育てくれた。だからこそ、一人また一人と巣立っていくのを見送るのは、寂しくもなるのだろう。
「母さん、僕の故郷はずっとここです。こうやって母さんの横に座っていると、やっぱり落ち着きます」
本心だ。
母さんが今、目の前で生きていてくれる……それが嬉しい。
僕の二番目の母さんが、ここにいる。
「瑞樹……今のあなたなら分かるでしょう。主人が亡くなった時は、目の前の光景が野分のようだったの。突然、嵐に巻き込まれたかのように不安を覚えたわ。当時の私は主人に頼り切っていて右も左も分からない人間だったの。でも広樹と潤がいたし、瑞樹がやってきてくれて、私は野分によって出来た道をひたすらに歩むことが出来たの。私の人生に、あなたたち3人は欠かせないわ」
「僕もです。10歳のあの日、母さんが引き取ってくれなかったら、今の僕はいない」
「今考えると……引き取るとかそういう義務的なものじゃなかったのね。瑞樹……あなたは私があの日授かった子供よ。私の生き甲斐よ」
授かりものと言ってもらえるのか。
僕の存在を……
母にとって負担ではなかったと。
「母さん、ありがとう。僕も母さんと巡り合えて嬉しかった」
「おいおい、母さんも兄さんもさぁ、あまり泣くなよ。みんな見てるし、ほらぁ何より広樹兄さんが心配するだろ」
「あっそうだね」
ひな壇の兄さんを見ると、今にも立ち上がって、こちらに飛んできそうな勢いだ。丁度みっちゃんがお色直しで退席して手持無沙汰だったので、じっとしていられない様子だ。
兄さんらしい。
でも今日はこっちに来たら駄目だよ。
兄さんはみっちゃんという大切な伴侶を得たんだ。
まずはみっちゃんを大切にして欲しい。
僕は兄さんに向かって微笑んだ。心から……
『兄さん、大丈夫……僕たちは立場が変わっても永遠に三兄弟だ。これからは、母さんを皆で守っていこう、今日は任せて。僕と潤に』
伝わるだろうか……
きっと伝わる!
兄さんの海のように広い心に、僕たちの気持ちは届く。
「お色直し終わったのね。みっちゃん……綺麗ね」
「本当だ!」
みっちゃんのドレスは、大海原のようなブルーだった。
広い心を持つ、広樹兄さんにぴったりな色だった。
僕と潤と母さんで、兄さんの門出を見守った。
ずっと陰日向なく働き、助けてくれた兄さんの晴れの日は、最高の秋晴れだった。
「結婚、おめでとう! 広樹兄さん!」
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