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小学生編
誓いの言葉 4
「誰か今からすぐに函館に行ける社員はいないか。出来るだけ函館に精通している人を探してくれ」
上層部からの指示内容を細かくチェックして、真っ先に浮かんだのは、部下の葉山瑞樹の端正な顔だった。
彼は函館出身だが、任せても大丈夫だろうか。
彼のフラワーアーティストとしての腕前は見事なものだが、今回の仕事は、それとは関係はない。数少ない加々美花壇直営花農家の存続に関わる緊急なものだ。
病に倒れた生産者はかなりの高齢だが、この道のプロフェッショナルで、我が社も一目置く存在だ。だから葉山のような柔らかな物腰の若手職員を派遣しても大丈夫だろうかと、一瞬躊躇した。
すると再び上層部から催促が入った。
まだ適任の人材が見つからないようなので、思い切って葉山をデスクに呼んだ。
彼の可憐で清楚な顔を見つめると、少しの不安が過る。
彼には社内のごく僅かな人しか知らない深い傷があるから。もしかしたらこのような突発的な単独行動は、苦手かもしれない。いや、それどころか、恐怖を感じるかもしれない。
あれはもう2年以上前のことだ。彼が高校時代から追い回されていた同性の男に拉致監禁されるという痛ましい事件が起きてしまったのは……その時受けた傷と精神的ショックのせいで、会社を半年近く休職した経緯がある。
だから彼が一瞬でも函館行きを躊躇したら、この話はなかったことにしようと考えた。
ところが、彼の返事には少しの迷いもなかった。
「是非行かせて下さい! 大沼には頼りになる家族がいますので、人海戦術で乗り切ってみます」
「そうか、ならば葉山が適任だな。早速今から行けるか」
「はい! 頑張ってきます」
「頼んだぞ。君になら出来る」
謙虚で慎ましい葉山の明るい笑顔に、晴れ晴れとした気持ちになった。
彼は変わった。生きていくことに、大きな安心感を抱けるようになったのかもしれない。
「頑張って来い!」
****
ふぅ、勢いで引き受けてしまったが、ここまで急な出張は初めてだ。とにかく花の切り戻し作業に連日穴が開き、花が立ち枯れし始めているそうなので、急がないと。
「一旦家に戻り出張準備を整えている暇はないな。着替えは向こうで調達しよう」
僕は時計を確認し、その足で空港に向かうことにした。
モノレールの中で、宗吾さんにメールをした。
「宗吾さん、急な出張で、今から函館に行ってきます」
すぐに既読がつく。
僕はまた、あなたに心配を掛けてしまうだろうか。
「瑞樹、会社から頼りにされて良かったな。函館なら君のホームだ。こっちのことは気にするな。頑張って来い!」
宗吾さんからのエールは、どこまでも心強かった。
「ありがとうございます! 頑張ってきます」
「行っておいで」
宗吾さん……やっぱり大好きだ。
僕が一番欲しい言葉を一番欲しい時に、ポンと投げてもらい、ますます元気が出た。
羽田空港から函館へ、大空を翔る白鳥のように、僕は空を飛ぶ。
もうこの空港は、怖い場所ではない。
宗吾さんが時間をかけて慣らしてくれたから。
そして行き先には、僕の大切な人たちがいるから。
****
キッチンからいい匂いが漂ってくる。
「母さん、何作ってるの?」
「おやつのドーナッツよ」
「え? 珍しいな。そんなの作るの、いつぶり?」
手作りドーナッツなんて、花屋が休みの誕生日でもない限り作ってくれなかったのに。
母さんは熊田さんと知り合ってから変わった。手の込んだおやつや昼食を作ったり、毎日上機嫌だ。
「ふーん、三人分にしては量が多いけど」
「広樹、ねぇねぇ、くまさんはこういうのお好きかしら?」
げげっ、それを俺に聞く?
「まぁドーナッツは食べ応えもあるし、大抵の人は好きだと思うよ」
「じゃあ、これを差し入れに持って行くのって、どうかしらね?」
ちゃっかりもう空箱に詰めているくせに。
どうやら、もう一押しして欲しいようだ。
自分の母親なのに、可愛いと思ってしまった。
「母さん、熊田さんの家に今から突撃するといいよ」
「でも……連絡もせずに行っていいのかしら?」
「男はサプライズに弱い生きものさ」
「ふふっ、それは女性もよ」
「ほらほら、行った行った! 後片付けは俺がしとくから、向こうで仲良く食べてこいよ」
「そ、そう? じゃあ行ってくるわね」
函館から大沼は車で40分程度だ。
今から行けば、ちょうど三時のおやつの時間に着くだろう。
それにしても恋する母さんは新鮮だ。
「母さん、ゆっくりして来ていいよ。なんなら泊まってきても」
「な、なに言っているの? もうっ」
****
「あ……くまさん、いるかな」
搭乗前に、今朝くまさんと交わしたメールを確認した。
……
みーくん、おはよう。また月曜日だな、頑張れ。俺は今日から1週間ログハウスに籠もって写真集の準備をするよ。
くまさん、おはようございます。少しは気分転換もしてくださいね。
ログハウスが居心地良くてな。
もう……冬眠しちゃ駄目ですよ。
あぁ、春を満喫しているよ!
もうすぐ関東は梅雨入りですよ。でも、そちらは爽やかな気候ですものね。では行ってきます。
……
まるで家族と会話するように、くまさんとメールのやりとりを連休後もずっと続けていた。
こんな風に、会話のキャッチボールを出来る人がいるのって、幸せだ。
家にいるのなら、今から行くの、知らせなくてもいいかな?
突然お邪魔して驚かせよう。幸せなサプライズなら、許してもらえるかな。
そして花の切り戻し作業を、一緒にして欲しい。
全部、くまさんが、僕の家族だから出来ること。
僕をこんな風に甘えさせてくれる……くまさんの存在が大きい。
あとがき(不要な方は飛ばして下さい)
****
久しぶりに瑞樹単独のお仕事シーンが続いています。
これは、くまさんも巻き込んで、潤の結婚式の前の大事な仕事になりそうですね。少々寄り道感もありますがお察しの通り、大事なシーンへ流れていきます。このまま楽しく付き合っていただけたら嬉しいです。
上層部からの指示内容を細かくチェックして、真っ先に浮かんだのは、部下の葉山瑞樹の端正な顔だった。
彼は函館出身だが、任せても大丈夫だろうか。
彼のフラワーアーティストとしての腕前は見事なものだが、今回の仕事は、それとは関係はない。数少ない加々美花壇直営花農家の存続に関わる緊急なものだ。
病に倒れた生産者はかなりの高齢だが、この道のプロフェッショナルで、我が社も一目置く存在だ。だから葉山のような柔らかな物腰の若手職員を派遣しても大丈夫だろうかと、一瞬躊躇した。
すると再び上層部から催促が入った。
まだ適任の人材が見つからないようなので、思い切って葉山をデスクに呼んだ。
彼の可憐で清楚な顔を見つめると、少しの不安が過る。
彼には社内のごく僅かな人しか知らない深い傷があるから。もしかしたらこのような突発的な単独行動は、苦手かもしれない。いや、それどころか、恐怖を感じるかもしれない。
あれはもう2年以上前のことだ。彼が高校時代から追い回されていた同性の男に拉致監禁されるという痛ましい事件が起きてしまったのは……その時受けた傷と精神的ショックのせいで、会社を半年近く休職した経緯がある。
だから彼が一瞬でも函館行きを躊躇したら、この話はなかったことにしようと考えた。
ところが、彼の返事には少しの迷いもなかった。
「是非行かせて下さい! 大沼には頼りになる家族がいますので、人海戦術で乗り切ってみます」
「そうか、ならば葉山が適任だな。早速今から行けるか」
「はい! 頑張ってきます」
「頼んだぞ。君になら出来る」
謙虚で慎ましい葉山の明るい笑顔に、晴れ晴れとした気持ちになった。
彼は変わった。生きていくことに、大きな安心感を抱けるようになったのかもしれない。
「頑張って来い!」
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ふぅ、勢いで引き受けてしまったが、ここまで急な出張は初めてだ。とにかく花の切り戻し作業に連日穴が開き、花が立ち枯れし始めているそうなので、急がないと。
「一旦家に戻り出張準備を整えている暇はないな。着替えは向こうで調達しよう」
僕は時計を確認し、その足で空港に向かうことにした。
モノレールの中で、宗吾さんにメールをした。
「宗吾さん、急な出張で、今から函館に行ってきます」
すぐに既読がつく。
僕はまた、あなたに心配を掛けてしまうだろうか。
「瑞樹、会社から頼りにされて良かったな。函館なら君のホームだ。こっちのことは気にするな。頑張って来い!」
宗吾さんからのエールは、どこまでも心強かった。
「ありがとうございます! 頑張ってきます」
「行っておいで」
宗吾さん……やっぱり大好きだ。
僕が一番欲しい言葉を一番欲しい時に、ポンと投げてもらい、ますます元気が出た。
羽田空港から函館へ、大空を翔る白鳥のように、僕は空を飛ぶ。
もうこの空港は、怖い場所ではない。
宗吾さんが時間をかけて慣らしてくれたから。
そして行き先には、僕の大切な人たちがいるから。
****
キッチンからいい匂いが漂ってくる。
「母さん、何作ってるの?」
「おやつのドーナッツよ」
「え? 珍しいな。そんなの作るの、いつぶり?」
手作りドーナッツなんて、花屋が休みの誕生日でもない限り作ってくれなかったのに。
母さんは熊田さんと知り合ってから変わった。手の込んだおやつや昼食を作ったり、毎日上機嫌だ。
「ふーん、三人分にしては量が多いけど」
「広樹、ねぇねぇ、くまさんはこういうのお好きかしら?」
げげっ、それを俺に聞く?
「まぁドーナッツは食べ応えもあるし、大抵の人は好きだと思うよ」
「じゃあ、これを差し入れに持って行くのって、どうかしらね?」
ちゃっかりもう空箱に詰めているくせに。
どうやら、もう一押しして欲しいようだ。
自分の母親なのに、可愛いと思ってしまった。
「母さん、熊田さんの家に今から突撃するといいよ」
「でも……連絡もせずに行っていいのかしら?」
「男はサプライズに弱い生きものさ」
「ふふっ、それは女性もよ」
「ほらほら、行った行った! 後片付けは俺がしとくから、向こうで仲良く食べてこいよ」
「そ、そう? じゃあ行ってくるわね」
函館から大沼は車で40分程度だ。
今から行けば、ちょうど三時のおやつの時間に着くだろう。
それにしても恋する母さんは新鮮だ。
「母さん、ゆっくりして来ていいよ。なんなら泊まってきても」
「な、なに言っているの? もうっ」
****
「あ……くまさん、いるかな」
搭乗前に、今朝くまさんと交わしたメールを確認した。
……
みーくん、おはよう。また月曜日だな、頑張れ。俺は今日から1週間ログハウスに籠もって写真集の準備をするよ。
くまさん、おはようございます。少しは気分転換もしてくださいね。
ログハウスが居心地良くてな。
もう……冬眠しちゃ駄目ですよ。
あぁ、春を満喫しているよ!
もうすぐ関東は梅雨入りですよ。でも、そちらは爽やかな気候ですものね。では行ってきます。
……
まるで家族と会話するように、くまさんとメールのやりとりを連休後もずっと続けていた。
こんな風に、会話のキャッチボールを出来る人がいるのって、幸せだ。
家にいるのなら、今から行くの、知らせなくてもいいかな?
突然お邪魔して驚かせよう。幸せなサプライズなら、許してもらえるかな。
そして花の切り戻し作業を、一緒にして欲しい。
全部、くまさんが、僕の家族だから出来ること。
僕をこんな風に甘えさせてくれる……くまさんの存在が大きい。
あとがき(不要な方は飛ばして下さい)
****
久しぶりに瑞樹単独のお仕事シーンが続いています。
これは、くまさんも巻き込んで、潤の結婚式の前の大事な仕事になりそうですね。少々寄り道感もありますがお察しの通り、大事なシーンへ流れていきます。このまま楽しく付き合っていただけたら嬉しいです。
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