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小学生編
実りの秋 12
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潤くんがいっくんを外に連れて行ってくれたので、ベッドに少しだけ横になった。
「つわりって、こんなに辛いものなの?」
いっくんの時とは全然違くて、戸惑ってしまうわ。
いっくんはお腹の中にいる時から、私と彼の状況を察してか、とても静かな赤ちゃんだった。つわりもほとんどなく妊娠も順調で、気が付けばお腹がどんどん大きくなって。
それに比べて、この子はまだ真っ平らなお腹なのに、こんなに存在をアピールしてくるのね。
「うっ……」
部屋が、がらんとして静まりかえると、急に物寂しい気持ちが込み上げてきた。
「駄目……思い出しちゃ駄目……」
ギュッと目を瞑って頭を振って必死に振り払うのに、恐ろしい記憶の蜘蛛の糸に絡められてしまう。
封じ込めた過去を、思い出してしまう。
いっくんがお腹にいた時のことを。
妊娠8ヶ月。
日に日に満ちていくお腹は生命力に溢れているのに、彼の容体は真逆だった。
もうベッドから起きられない。
もう歩けない。
もう食べることも出来ない。
1日1日……今まで出来たことが、出来なくなっていく日々は傍で支える私も辛かった。
二十代の彼の若い身体を、病魔が凄い勢いで蝕んでいく。
そして余命1ヶ月宣告。
告げられた時、私はもう生きていけないと思った。
彼は何度も震える手で私を慰め、謝った。
「ごめん……菫にその子を遺していくことは……君を永遠に苦しめることになってしまうんだな。こんな病になるって知っていたら、望まなかった」
「そんな風に言わないで」
どうしよう!
もう死期が迫っているあなたにかける言葉が見つからない。
死なないでとも、生きてとも……言えないなんて。
痛みと苦しみの淵から救う術が死しかないなんて非情な仕打ちだわ。
なんてこの世界は残酷なの。
もう、どうしたらいいのか分からない。
私もお腹の子と一緒に逝きたいと彼に願ったのは、その頃よ。
ところが……彼もお腹の赤ちゃんが生まれて来る日にいないことを怨み成長を見守れないことを悲しみ……いつも嘆いていたので賛同してくれると思ったのに違ったの。
「菫……それだけは駄目だ。どうかこの子を産んで育てて欲しい」
臨月間近、明け方の呼び出し。
ついに彼が旅立つ時が来たのだと悟った。
「僕は……天国の大きな樹になって静かに見守っているから、地上で笑顔で暮らしてくれ……ごめんね……菫……今まで……ありがとう。いつきを……宜しく……幸せになってくれ……」
それが最期の言葉だった。
「いつき……?」
最期にこの子に名前をつけてくれたの?
天国の大きな樹から『いつき』と。
静かにモニターの音が消えていく。
人の旅立ちは、静かね。
音もなく愛しい命が消えて行くのを目の当たりにして、その場に泣き崩れた。
いっくんは精神的に不安定だった私のお腹にしがみついてくれ、2週間後、この世に元気に産まれてくれた。
だから私を生かしてくれたのは、いっくんだわ。
「いっくん……」
姿が見えなくて不安になり、起き上がって窓の外を覗いた。
アパート前の公園で、潤くんといっくんが仲良く遊んでいる姿を見て、ほとしたわ。
「いっくん、いくぞー」
「あーい!」
「それっ」
「とれた! とれたよぅ!」
「おー! えらいな」
「パパぁ、だっこぉ」
「はは、もうだっこか」
「だって、パパがいるんだもん」
「よーし、おいで」
「うん!」
あんなにいつも静かだったいっくんが、顔を赤くして息を切らせて、生き生きしている。
「わぁい! パパぁ、パパ……あのね、だーいしゅき」
「いっくんはかわいいなぁ」
幸せになろう!
私もいっくんと一緒に、この子と一緒に。
それが彼の願いだったことを、ようやく思い出したわ。
だから窓を開けて、大きく深呼吸をした。
「いっくん~ 潤くん~」
お腹の子にも聞こえるように大きな声で、私の家族を呼んだ。
辛い時はもう一人で頑張らない。
ちゃんと頼ろう、ちゃんと甘えよう。
今の私には、私を愛し守ってくれる人がいる。
支えてくれる人が、傍にいてくれるのだから。
私もその人を愛していこう。
それが彼の願った幸せ。
****
「瑞樹ちゃん、朝からにやけてるな」
「え? そんなことないよ」
「ずるいぞ。こんなにお肌つやつやだし」
「え! えっと……それは……その、芽生くんにクリームを塗ってもらったから」
「いいなぁ。俺を見てくれよ。まだボロボロだ」
確かに1ヶ月同じ状況で働いた菅野は、まだくたびれていた。
僕はお母さんや憲吾さんから至れり尽くせりのおもてなしを受け、宗吾さんに愛情いっぱいに抱かれ、芽生くんにクリームでケアしてもらい……とにかく身に余る程大切に扱ってもらったので、自分でも分かる程、身体の隅々が潤っていた。
「菅野、やっぱり一人暮らしがキツいんじゃないか」
「やっぱ、そう思う? なぁ、俺だけ、どうしてまだあんな遠くに住んでいるんだ?」
「それは知らないけど……そうだ、やっぱりご実家に戻ったら? かんの家にいたら、あんこにつられていつも小森くんが寄り道してくれそうだよね」
何気なく放った言葉に、菅野が立ち尽くす。
「そうか……一度戻ろうと思ったが……実家付近は姉貴がいて落ち着かないから断念したが、やっぱり引っ越そうかな。今すぐ湘南に戻りたくなってきた」
「うん、菅野にはその方が合っているよ。根っからの湘南ボーイっていうの?」
「ううう、忘れていた湘南魂が蘇ってきたぞ! 瑞樹ちゃん、ナイスアドバイス!」
「どういたしまして。一刻も早く実現するといいね!」
「早速、地元の不動産屋に行ってくる」
「うんうん、小森くんにも会っておいでよ」
「みずきちゃん、天使~ 今日もがんばろうぜ」
菅野と朝からハイタッチ。
あれ? なんだか最近の僕って、以前よりずっと明るくなった?
これって、長く忘れていた懐かしい感覚だ。
遠い昔に置いて来た僕と、今の僕が握手をしているようだね。
「葉山は今、充実しているんだな」
「えっ……」
「陰りがなくなった気がする。良かったな」
「……ずっと菅野には心配かけたよね」
「いんや、気にするなって。俺も彼女が亡くなった時、駄目だった。でも風太と出逢って……俺が幸せになるのが供養だって思えるようになったんだ」
「そうか……うん、確かに……そうか、幸せって奥が深いんだね」
今、出来る事に打ち込みたい。
今、目の前にいてくれる人を大切にしたい。
最近強く思うことだ。
「瑞樹ちゃん、週末の予定は?」
「土曜日が芽生くんの運動会なんだ」
「そっか体育の日か。きっと可愛いだろうな。2年生って何をするんだ?」
「玉入れとか、かけっことかかな? 去年と同じなのが多いよ」
「へぇ、きっと去年より上手になっているんだろうな」
「そうだね、きっと!」
「俺たちも負けていられないな」
「うん! 今日も頑張ろう!」
「つわりって、こんなに辛いものなの?」
いっくんの時とは全然違くて、戸惑ってしまうわ。
いっくんはお腹の中にいる時から、私と彼の状況を察してか、とても静かな赤ちゃんだった。つわりもほとんどなく妊娠も順調で、気が付けばお腹がどんどん大きくなって。
それに比べて、この子はまだ真っ平らなお腹なのに、こんなに存在をアピールしてくるのね。
「うっ……」
部屋が、がらんとして静まりかえると、急に物寂しい気持ちが込み上げてきた。
「駄目……思い出しちゃ駄目……」
ギュッと目を瞑って頭を振って必死に振り払うのに、恐ろしい記憶の蜘蛛の糸に絡められてしまう。
封じ込めた過去を、思い出してしまう。
いっくんがお腹にいた時のことを。
妊娠8ヶ月。
日に日に満ちていくお腹は生命力に溢れているのに、彼の容体は真逆だった。
もうベッドから起きられない。
もう歩けない。
もう食べることも出来ない。
1日1日……今まで出来たことが、出来なくなっていく日々は傍で支える私も辛かった。
二十代の彼の若い身体を、病魔が凄い勢いで蝕んでいく。
そして余命1ヶ月宣告。
告げられた時、私はもう生きていけないと思った。
彼は何度も震える手で私を慰め、謝った。
「ごめん……菫にその子を遺していくことは……君を永遠に苦しめることになってしまうんだな。こんな病になるって知っていたら、望まなかった」
「そんな風に言わないで」
どうしよう!
もう死期が迫っているあなたにかける言葉が見つからない。
死なないでとも、生きてとも……言えないなんて。
痛みと苦しみの淵から救う術が死しかないなんて非情な仕打ちだわ。
なんてこの世界は残酷なの。
もう、どうしたらいいのか分からない。
私もお腹の子と一緒に逝きたいと彼に願ったのは、その頃よ。
ところが……彼もお腹の赤ちゃんが生まれて来る日にいないことを怨み成長を見守れないことを悲しみ……いつも嘆いていたので賛同してくれると思ったのに違ったの。
「菫……それだけは駄目だ。どうかこの子を産んで育てて欲しい」
臨月間近、明け方の呼び出し。
ついに彼が旅立つ時が来たのだと悟った。
「僕は……天国の大きな樹になって静かに見守っているから、地上で笑顔で暮らしてくれ……ごめんね……菫……今まで……ありがとう。いつきを……宜しく……幸せになってくれ……」
それが最期の言葉だった。
「いつき……?」
最期にこの子に名前をつけてくれたの?
天国の大きな樹から『いつき』と。
静かにモニターの音が消えていく。
人の旅立ちは、静かね。
音もなく愛しい命が消えて行くのを目の当たりにして、その場に泣き崩れた。
いっくんは精神的に不安定だった私のお腹にしがみついてくれ、2週間後、この世に元気に産まれてくれた。
だから私を生かしてくれたのは、いっくんだわ。
「いっくん……」
姿が見えなくて不安になり、起き上がって窓の外を覗いた。
アパート前の公園で、潤くんといっくんが仲良く遊んでいる姿を見て、ほとしたわ。
「いっくん、いくぞー」
「あーい!」
「それっ」
「とれた! とれたよぅ!」
「おー! えらいな」
「パパぁ、だっこぉ」
「はは、もうだっこか」
「だって、パパがいるんだもん」
「よーし、おいで」
「うん!」
あんなにいつも静かだったいっくんが、顔を赤くして息を切らせて、生き生きしている。
「わぁい! パパぁ、パパ……あのね、だーいしゅき」
「いっくんはかわいいなぁ」
幸せになろう!
私もいっくんと一緒に、この子と一緒に。
それが彼の願いだったことを、ようやく思い出したわ。
だから窓を開けて、大きく深呼吸をした。
「いっくん~ 潤くん~」
お腹の子にも聞こえるように大きな声で、私の家族を呼んだ。
辛い時はもう一人で頑張らない。
ちゃんと頼ろう、ちゃんと甘えよう。
今の私には、私を愛し守ってくれる人がいる。
支えてくれる人が、傍にいてくれるのだから。
私もその人を愛していこう。
それが彼の願った幸せ。
****
「瑞樹ちゃん、朝からにやけてるな」
「え? そんなことないよ」
「ずるいぞ。こんなにお肌つやつやだし」
「え! えっと……それは……その、芽生くんにクリームを塗ってもらったから」
「いいなぁ。俺を見てくれよ。まだボロボロだ」
確かに1ヶ月同じ状況で働いた菅野は、まだくたびれていた。
僕はお母さんや憲吾さんから至れり尽くせりのおもてなしを受け、宗吾さんに愛情いっぱいに抱かれ、芽生くんにクリームでケアしてもらい……とにかく身に余る程大切に扱ってもらったので、自分でも分かる程、身体の隅々が潤っていた。
「菅野、やっぱり一人暮らしがキツいんじゃないか」
「やっぱ、そう思う? なぁ、俺だけ、どうしてまだあんな遠くに住んでいるんだ?」
「それは知らないけど……そうだ、やっぱりご実家に戻ったら? かんの家にいたら、あんこにつられていつも小森くんが寄り道してくれそうだよね」
何気なく放った言葉に、菅野が立ち尽くす。
「そうか……一度戻ろうと思ったが……実家付近は姉貴がいて落ち着かないから断念したが、やっぱり引っ越そうかな。今すぐ湘南に戻りたくなってきた」
「うん、菅野にはその方が合っているよ。根っからの湘南ボーイっていうの?」
「ううう、忘れていた湘南魂が蘇ってきたぞ! 瑞樹ちゃん、ナイスアドバイス!」
「どういたしまして。一刻も早く実現するといいね!」
「早速、地元の不動産屋に行ってくる」
「うんうん、小森くんにも会っておいでよ」
「みずきちゃん、天使~ 今日もがんばろうぜ」
菅野と朝からハイタッチ。
あれ? なんだか最近の僕って、以前よりずっと明るくなった?
これって、長く忘れていた懐かしい感覚だ。
遠い昔に置いて来た僕と、今の僕が握手をしているようだね。
「葉山は今、充実しているんだな」
「えっ……」
「陰りがなくなった気がする。良かったな」
「……ずっと菅野には心配かけたよね」
「いんや、気にするなって。俺も彼女が亡くなった時、駄目だった。でも風太と出逢って……俺が幸せになるのが供養だって思えるようになったんだ」
「そうか……うん、確かに……そうか、幸せって奥が深いんだね」
今、出来る事に打ち込みたい。
今、目の前にいてくれる人を大切にしたい。
最近強く思うことだ。
「瑞樹ちゃん、週末の予定は?」
「土曜日が芽生くんの運動会なんだ」
「そっか体育の日か。きっと可愛いだろうな。2年生って何をするんだ?」
「玉入れとか、かけっことかかな? 去年と同じなのが多いよ」
「へぇ、きっと去年より上手になっているんだろうな」
「そうだね、きっと!」
「俺たちも負けていられないな」
「うん! 今日も頑張ろう!」
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