幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
1,291 / 1,871
小学生編

心をこめて 22

 宗吾さんが、僕の肩を抱き寄せてくれた。

 本当は、僕も怖い……怖くて堪らない。

 だが、もっと怖いのは芽生くんの方だ。

 小さい体で、今、懸命に病気と闘っている。

 芽生くんのために僕が出来ることは、光を探すことだ。

 幸せな光を探して、それで芽生くんを照らしてあげたい。

「瑞樹、俺たち……今のうちに体制を整えよう」
「はい、あの、僕は何をしたらいいですか」
「芽生が目覚めた時にいて欲しい。仕事を連日休むことになるが……可能か」
「リーダーに相談してみます。今日納期の仕事はないので、おそらく大丈夫かと。それより宗吾さんこそ、出張の報告などあるのでは?」
「俺も掛け合ってくる。せめて点滴注入の間は絶対に傍にいてやりたい。目覚めた時に、ちゃんと傍にいてやりたいんだ」
「はい! 僕も同じ気持ちです」

 宗吾さんと僕の気持ち、ぴたりと合わさって同じ方向を向いている。

 僕から、宗吾さんの手を握りしめた。いつもの宗吾さんの手とは思えない程、冷たかった。

「大丈夫です。宗吾さんは一人ではありません」
「瑞樹、君の存在がとても頼もしいよ」

 それからお互い、会社に連絡をした。

「リーダー、おはようございます」
「葉山か、どうした? 何かあったのか」
「それが……子供の様子が夜中に急変して入院することになってしまって」
「なんだって? 何の病気なんだ?」

 リーダーの声に緊張は走った。

「川崎病でした。それで今、治療中で、今日は付き添ってあげたいのですが」
「川崎病か……大変だな」
「知っていらっしゃるんですか」
「あぁ、息子の周りでも何人か……最初の治療が大変なんだよな。今日はなんとかしよう。だが、明日以降は納期があるからそうもいかないが……」
「分かりました。周りにもヘルプを求めます」
「悪いな! 俺も出来る限り協力する」
「心強いです」

 力強い言葉が有り難かった。

 電話を終えて宗吾さんを探すと、まだ通話中だった。

「ですがっ! うちが父子家庭なんで……それは無理です……そんな、あっ、ちょっと……」

 スムーズにはいかなかったようで、苦悶の表情に胸が苦しくなった。

 電話を終えた宗吾さんは、眉間に皺を寄せている。

「宗吾さん、仕事休めそうにないのですか」
「……すまない。出張の報告だけはしに来いと……容赦ないよな」
「まずは行ってきて下さい。僕は今日は待機出来ますので」
「……すまないが、俺が戻ってくるまで芽生を託せるか」
「……はい、もちろんです」
 
 僕たちが深刻に話していると、看護師さんに呼ばれた。

「こちらのリストがお子さんの入院に必要なものです。夜までにご準備を」
「分かりました」

 どうしよう? 誰か一人は待機しないといけないし、宗吾さんは一度出社しないと場が収まらない様子だし。

「宗吾さん、お母さんたちにヘルプを求めましょう」
「だが……心配かけることになる」
「遅かれ早かれ分かることですので、早く伝えた方がいいです。入院の荷物はお母さんに見繕ってもらいましょう……女性の方が、こういうことは……きっと」

 今までの僕だったら、こんな提案は容易には出来なかった。誰かに心配をかけたくなくて、我慢の限界まで我慢していた。

「瑞樹の言う通りだな。君だってこれ以上仕事は休めないだろうし、俺も……こういう時……辛いな……」
「宗吾さん、今の僕たちに出来る最善の方法を探りましょう」

 弱気になっている場合ではない。

 僕の中には、何としてでも芽生くんを守り抜きたい。

 強い気持ちが充満していた。


****

「お母さん、今日は彩芽と児童館に行って来ますね。お昼はお友達の家に遊びに行ってきますね。帰りは夕方になります」
「いってらっしゃい、彩芽ちゃん、楽しんでいらっしゃい」
「ばーば、ばーば」
「可愛らしいわね」

 憲吾を見送り、美智さんと彩芽を送り出すと、まだ朝の10時前だった。

 あらいやだ。まだこんな時間なのね。

 夕方まで何をして過ごそうかしら?

 若い頃は家事に子育てにと大忙しで、30分でいいから一人の時間が欲しいと願ったものだけど……今は、あの頃が懐かしいわ。憲吾も宗吾も三歳まではよく病気をしたから時間差で看病に明け暮れたこともあったわ。一日座る暇もないほど、忙しい日が続いたわ。

 それに比べて今は……

 周りの友だちもあちこち体が悪くなって、めっきり会わなくなったわ。

 あなたがもういないから、話し相手もいないわ。

 芽生も小学生になって、おばあちゃん業も減ってしまって、暇を持て余すようになったわ。彩芽ちゃんにはお母さんがいるので、私の出番は少ないわ。

 新聞を見開いて老眼鏡をかけた瞬間、電話が鳴ったの。

 誰かしら? こんな朝に珍しいわね。

「もしもし?」
「母さん、俺だ」
「宗吾、どうしたの? こんな時間に」
 
 切羽詰まった息子の声に、嫌な予感がしたわ。

「驚かないで聞いてくれ」
「どうしたの?」
「芽生が入院したんだ」
「何ですって?」

 こういう時って、驚くよりシャンとするのよね。

「母さんは、川崎病って知っているか」
「お友達のお子さんが小さい時にかかったことがあったわ」
「そうか、なら話が早い。芽生が川崎病になってしまって、今治療中なんだ」
「そうなのね。よく気付けたわね」
「瑞樹が真夜中にやっぱり芽生の様子がおかしいから病院に行こうと言ってくれて……それで……」
「そうだったのね」

 いつになく弱気な宗吾の声。

「宗吾、私に出来ることがあったら何でもするわ。芽生は大切な孫よ」
「母さん……ありがとう。頼っていいか」
「頼ってもらえて嬉しいわ」
「家の鍵を預けているよな。それで今から言う芽生の入院グッズを病院に届けてもらえるか」
「そんなのお安いご用よ」
「荷物が多いから、往復タクシーを使ってくれ」 
「……分かったわ」

 頼まれたものは、芽生のパジャマとスリッパ、洗面道具など簡単なものだった。私が転んだりしたら二次災害だから、慎重に慎重に。

 焦る気持ちよりも、背筋がピシッと伸びて、まるで若い頃、宗吾や憲吾を抱えて病院に向かった時のようなしっかりした足取りだった。

 久しぶりに誰もいない宗吾のマンションに入った。

 離婚した当初、まだ三歳だった芽生の面倒をみたわ。

「どうちて、ママ……いないの?」
「どうちて、めい、おいてかれたの?」

 答えに窮する質問ばかり、一日中浴びたこともあった。

 夫婦の間のことだし……玲子さんの決断の意図も不明だった。

 ただ……外野が何を言っても修復出来ないものだと悟ったから、気休めの言葉は出てこなかった。

 まだたった三歳のあどけない孫のつぶらな瞳に、切なさが増したわ。

 芽生を抱きしめて、乗り越えていくしかないことを伝えたの。

『芽生、頑張ったら、きっといいことあるわ、芽生はこんなにいい子なんですもの。芽生のことを沢山愛してくれる人に、きっと出会えるわ』

 何故あの時そんなことを言えたのか……

 それは宗吾が瑞樹くんと出会って……全てはここに通じる道だったのねと納得出来たわ。

 病院に到着し処置室の前に行くと、瑞樹くんがぽつんと座っていた。

 背筋を伸ばして前を見据えて……

 出会った時は、悲しみに濡れた儚く折れそうな花のような男性だったのに……すっかり凜々しくなったのね。

 あの日、スーツにコーヒーを浴びて泣きそうな顔をしていたのは、もう遠い昔ね。

「瑞樹……」
「あ、お母さん、来て下さったのですね」
「芽生は?」
「今、点滴治療を受けています。ショックやアナフィラキシー様症状も起きず安定しているので、もう少ししたら病室に移れるそうです。そうしたら会えます。今は処置室で一人で頑張っています」

 私はそっと瑞樹くんの隣に座り、彼の背中を撫でてやったわ。

「そうなのね、瑞樹もひとりで頑張ったわね」
「あ……」
「さぁ私が来たから、少し深呼吸して」
「お母さん……」
「なあに?」
「ほっとしました」

 コトンと甘えるようにもたれてくれて、心に花が咲くような心地だったわ。

 私はもうおばあちゃんだけれど、時にはこんな風に頼ってもらいたいし、甘えてもらいたいの。

「芽生を守ってくれて有難う。宗吾を支えてくれて有難う。あの子、かなり動揺していたでしょう」
「え……どうして分かるんですか」
「宗吾は突発的なことに弱いの。仕事では大丈夫だけど、自分の大切な人に関わることでは、動揺してしまうのよ」

 瑞樹が襲われた時も、入院した時も、後遺症が残るかもしれないと言われた時も、宗吾の心は震えていたわ。

「人には得手不得手があります」
「瑞樹……こういう時のあなたはとても頼もしいのね」
「僕がしっかりしないとって思ったら、自然と……」

 寝不足よね、涙の跡もあるわ。

 それでも瑞樹は凜と前を見つめていた。

「あなたでよかった。芽生を任せるの」
「お母さん……」
「何度でも言うわ。芽生はずっと待っていたのよ。あなたと出会う日を」
「そう……なんですか」
「そうよ」

 あの寂しい日々で芽生が抱いた希望は、叶ったのね。

 それを実感した。

 待合室に明るい日差しが差し込んできた。

 瑞樹、あなたも光なのよ。

 希望の光なの。

 それに気付いている?

 
 
感想 88

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています