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小学生編
マイ・リトル・スター 7
厨房から現れた牛乳の生産者の顔に、驚くと同時に納得した。
一口飲んだ時点で、分かっていたよ。
コクがあるけど、爽やかなのど越し。
僕の生まれ故郷を思い出す懐かしい味わい。
これは木下牧場の牛乳だと。
懐かしい匂いがしたから。
味の記憶は曖昧でも、匂いで覚えていたようだ。
僕が母乳を卒乳し牛乳を飲むようになってから、冷蔵庫にはいつも木下牧場の瓶牛乳が入っていた。そして牧場の直売所に、父さんと買いに行った記憶も戻ってきた。
……
「瑞樹、牧場に牛乳を買いに行こう」
「うん、僕が持ってあげるね」
「重たいぞ?」
「大丈夫だよ。僕、もう10歳だし、夏樹を抱っこできるし、おんぶも出来るよ」
「そうだったな。夏樹はお兄ちゃんっ子だから、俺のところには滅多に来ないよ」
「えっと、僕はお父さんっこだよ」
「ふっ、ありがとう。瑞樹は本当に優しい子だ。牛乳を沢山飲んで大きくなるんだぞ」
「うん、いつかお父さんみたいになりたいから、いっぱい飲むね」
「楽しみにしている」
……
僕の家では、家族揃って牛乳好きで、毎朝、欠かさず飲んでいた。
あの日の朝食にも、木下牧場の牛乳瓶が食卓に並んでいた。
ガラス瓶超しに見えたのは、夏樹の屈託のない笑顔、お母さんの優しい顔、お父さんのカッコいい顔。
今から行くピクニック。
期待に胸を弾ませ、幸せ一杯だった。
「瑞樹!」
「木下!」
オーバーアクション気味な木下にハグされると思ったが、何故か宗吾さんに向かって、ガバッと腕を広げた。
そこで思い出した。
宗吾さんは牧場の木下と青果店の大久保にモテた。
思わず、僕は二人に間に割り入ってしまった。
すると宗吾さんと木下に笑われた。
「ははっ、瑞樹から飛び込んでくるとは。瑞樹は俺がハグしたら壊れちゃいそうだから、宗吾さんを選んだだけだぞ?」
「俺は瑞樹を野獣から守るためだ」
「俺が野獣なら、宗吾さんは猛獣か」
「え?」
宗吾さんと木下のハチャメチャな言い分に笑ってしまった。
「二人とも変な思考回路だ」
そこに芽生くんも参戦してくれる。
「お兄ちゃん、パパが変なのはお墨付きだけど、おじさんもなの?」
「え? いや、俺は違う違う。一緒にしないでくれー ってか、おじさんじゃなくて、お兄さんでよろしく頼む。俺、瑞樹と同い年だ」
あれ? なんだ、そうだったのか。
宗吾さんのモテ期は終わったのか?
今はヘンだと思われているのか。
よかった。
いや、良くないか。
「瑞樹、何を百面相しているんだ?」
「え? あ、いや……なんでもないよ。それよりすごい偶然だったね。会えて嬉しいよ」
「俺もだ。あれからどうしたか気になっていたんだぞ。元気そうで安心したよ」
「ごめん、連絡してなくて」
さくら色の故郷に帰省し、セイのペンションを訪ねたのは、まだ26歳の時だった。あれから随分月日が経った。
「いや、俺たちは『便りのないのはよい便り』だと思っていたから大丈夫さ」
何か問題やトラブルがあったら知らせが来が、何も連絡がないのは、その人が無事で問題がない証だという意味のことわざを、木下は使った。
離れて暮らす家族や友人から長い間連絡がない時に、心配する代わりに、何も問題がないと安心するために使われる表現だと理解している。
だとしたら……
僕は少なからず木下や大久保、セイに不安を与えてしまったのではないか。
「ごめん、僕……不義理なことを」
頭を下げると、木下に肩を掴まれた。
「瑞樹、そうじゃないよ。顔を上げてくれ。俺たちさ、今度は嬉しかったんだ。もう小学校の時みたいに不安や心配に思うのではなく、東京で充実した日々を過ごせているのだとポジティブに考えられるようになって、それが嬉しかったんだ。だから本気で安心していたよ」
木下の言葉は深かった。
何も連絡がないことに対する不安を安心に変え、落ち着いて待つことの大切さを教えてくれた。
宗吾さんの帰りが予定より遅かったり、土曜日に芽生くんの下校が遅かったりすると、僕の胸はいつもギュッと締め付けられた。
事故に遭ったのではないか。
悪い予感で押し潰されそうで、苦しかった。
いつも最悪なことを考えてしまう癖は、もう終わりしたい。
不安を安心に――
僕の心にも根差したい言葉だ。
「ナポリタンの味、どうだった?」
「あ、チーズがたっぷりで美味しかったよ。インパクト強かったよ」
「よかった。やっぱり成功だな。俺、週末まで東京にいるから、一度飲みに行こうぜ」
「え……でも」
僕が躊躇すると、木下は宗吾さんの了解を得た。
「宗吾さん、瑞樹をお借りしてもいいですか」
「もちろんだ、瑞樹、滅多にない機会だ。楽しんでおいで」
同級生と飲みに行く。
確かに滅多にないことだ。
その晩はそのまま別れて、土曜日の夜に軽く飲みに行く約束をした。
****
「宗吾さん、芽生くん、今日はすぐに寝ました。きっと検査で疲れていたのでしょうね」
「そうだな。で、リサーチは出来たか」
「あ、お誕生日のことですね」
「そうだ、芽生はどこへ行きたいって?」
僕たちの目下の楽しみは、芽生くんの10歳の誕生日企画を練ることだ。
「はい、予想通り、いっくんに会いたいと」
「だろうな」
「あと星が綺麗に見える場所に行きたいと」
「なるほど。軽井沢方面で星の名所を探してみるか」
「是非!」
「瑞樹、楽しいな」
「はい!」
僕と宗吾さんの息子の誕生日が、もう間もなくやってくる。
その日のために芽生くんの笑顔を思い浮かべながら行き先を考えるのは、最高に楽しい。
「宗吾さんが企画好きな理由が少し分かります。相手の笑顔を思い浮かべながら出来ることがあるって、いいですね」
「俺は瑞樹と一緒だから、いつもの倍、楽しいよ」
抱きしめられて、キスをされた。
「ん……」
「今日は少し妬いた」
「え……」
「同級生に愛されてる瑞樹に」
「そんな」
「同時に嬉しかった。瑞樹が人に愛されている様子を見られて」
そのままベッドに押し倒された。
「前倒しで、抱いていいか」
そうか、土曜日に飲みに行くから……
「あっ、すみ……」
「おっと、謝るなよ。前倒しに抱けて嬉しいんだ」
宗吾さんの言葉はいい。
不安を安心に変えてくれる――
一口飲んだ時点で、分かっていたよ。
コクがあるけど、爽やかなのど越し。
僕の生まれ故郷を思い出す懐かしい味わい。
これは木下牧場の牛乳だと。
懐かしい匂いがしたから。
味の記憶は曖昧でも、匂いで覚えていたようだ。
僕が母乳を卒乳し牛乳を飲むようになってから、冷蔵庫にはいつも木下牧場の瓶牛乳が入っていた。そして牧場の直売所に、父さんと買いに行った記憶も戻ってきた。
……
「瑞樹、牧場に牛乳を買いに行こう」
「うん、僕が持ってあげるね」
「重たいぞ?」
「大丈夫だよ。僕、もう10歳だし、夏樹を抱っこできるし、おんぶも出来るよ」
「そうだったな。夏樹はお兄ちゃんっ子だから、俺のところには滅多に来ないよ」
「えっと、僕はお父さんっこだよ」
「ふっ、ありがとう。瑞樹は本当に優しい子だ。牛乳を沢山飲んで大きくなるんだぞ」
「うん、いつかお父さんみたいになりたいから、いっぱい飲むね」
「楽しみにしている」
……
僕の家では、家族揃って牛乳好きで、毎朝、欠かさず飲んでいた。
あの日の朝食にも、木下牧場の牛乳瓶が食卓に並んでいた。
ガラス瓶超しに見えたのは、夏樹の屈託のない笑顔、お母さんの優しい顔、お父さんのカッコいい顔。
今から行くピクニック。
期待に胸を弾ませ、幸せ一杯だった。
「瑞樹!」
「木下!」
オーバーアクション気味な木下にハグされると思ったが、何故か宗吾さんに向かって、ガバッと腕を広げた。
そこで思い出した。
宗吾さんは牧場の木下と青果店の大久保にモテた。
思わず、僕は二人に間に割り入ってしまった。
すると宗吾さんと木下に笑われた。
「ははっ、瑞樹から飛び込んでくるとは。瑞樹は俺がハグしたら壊れちゃいそうだから、宗吾さんを選んだだけだぞ?」
「俺は瑞樹を野獣から守るためだ」
「俺が野獣なら、宗吾さんは猛獣か」
「え?」
宗吾さんと木下のハチャメチャな言い分に笑ってしまった。
「二人とも変な思考回路だ」
そこに芽生くんも参戦してくれる。
「お兄ちゃん、パパが変なのはお墨付きだけど、おじさんもなの?」
「え? いや、俺は違う違う。一緒にしないでくれー ってか、おじさんじゃなくて、お兄さんでよろしく頼む。俺、瑞樹と同い年だ」
あれ? なんだ、そうだったのか。
宗吾さんのモテ期は終わったのか?
今はヘンだと思われているのか。
よかった。
いや、良くないか。
「瑞樹、何を百面相しているんだ?」
「え? あ、いや……なんでもないよ。それよりすごい偶然だったね。会えて嬉しいよ」
「俺もだ。あれからどうしたか気になっていたんだぞ。元気そうで安心したよ」
「ごめん、連絡してなくて」
さくら色の故郷に帰省し、セイのペンションを訪ねたのは、まだ26歳の時だった。あれから随分月日が経った。
「いや、俺たちは『便りのないのはよい便り』だと思っていたから大丈夫さ」
何か問題やトラブルがあったら知らせが来が、何も連絡がないのは、その人が無事で問題がない証だという意味のことわざを、木下は使った。
離れて暮らす家族や友人から長い間連絡がない時に、心配する代わりに、何も問題がないと安心するために使われる表現だと理解している。
だとしたら……
僕は少なからず木下や大久保、セイに不安を与えてしまったのではないか。
「ごめん、僕……不義理なことを」
頭を下げると、木下に肩を掴まれた。
「瑞樹、そうじゃないよ。顔を上げてくれ。俺たちさ、今度は嬉しかったんだ。もう小学校の時みたいに不安や心配に思うのではなく、東京で充実した日々を過ごせているのだとポジティブに考えられるようになって、それが嬉しかったんだ。だから本気で安心していたよ」
木下の言葉は深かった。
何も連絡がないことに対する不安を安心に変え、落ち着いて待つことの大切さを教えてくれた。
宗吾さんの帰りが予定より遅かったり、土曜日に芽生くんの下校が遅かったりすると、僕の胸はいつもギュッと締め付けられた。
事故に遭ったのではないか。
悪い予感で押し潰されそうで、苦しかった。
いつも最悪なことを考えてしまう癖は、もう終わりしたい。
不安を安心に――
僕の心にも根差したい言葉だ。
「ナポリタンの味、どうだった?」
「あ、チーズがたっぷりで美味しかったよ。インパクト強かったよ」
「よかった。やっぱり成功だな。俺、週末まで東京にいるから、一度飲みに行こうぜ」
「え……でも」
僕が躊躇すると、木下は宗吾さんの了解を得た。
「宗吾さん、瑞樹をお借りしてもいいですか」
「もちろんだ、瑞樹、滅多にない機会だ。楽しんでおいで」
同級生と飲みに行く。
確かに滅多にないことだ。
その晩はそのまま別れて、土曜日の夜に軽く飲みに行く約束をした。
****
「宗吾さん、芽生くん、今日はすぐに寝ました。きっと検査で疲れていたのでしょうね」
「そうだな。で、リサーチは出来たか」
「あ、お誕生日のことですね」
「そうだ、芽生はどこへ行きたいって?」
僕たちの目下の楽しみは、芽生くんの10歳の誕生日企画を練ることだ。
「はい、予想通り、いっくんに会いたいと」
「だろうな」
「あと星が綺麗に見える場所に行きたいと」
「なるほど。軽井沢方面で星の名所を探してみるか」
「是非!」
「瑞樹、楽しいな」
「はい!」
僕と宗吾さんの息子の誕生日が、もう間もなくやってくる。
その日のために芽生くんの笑顔を思い浮かべながら行き先を考えるのは、最高に楽しい。
「宗吾さんが企画好きな理由が少し分かります。相手の笑顔を思い浮かべながら出来ることがあるって、いいですね」
「俺は瑞樹と一緒だから、いつもの倍、楽しいよ」
抱きしめられて、キスをされた。
「ん……」
「今日は少し妬いた」
「え……」
「同級生に愛されてる瑞樹に」
「そんな」
「同時に嬉しかった。瑞樹が人に愛されている様子を見られて」
そのままベッドに押し倒された。
「前倒しで、抱いていいか」
そうか、土曜日に飲みに行くから……
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不安を安心に変えてくれる――
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