悲しい月(改訂版)

志生帆 海

文字の大きさ
29 / 73
第2章

赤い髪の女 8

しおりを挟む
「あなたが赤い髪の女と呼ばれているお方か」

「……そう言う、あなたは私のこと知っているの?」

 国境近くの町まで王宮を出てからほぼ寝ずに3日間かけて辿り着いた。その女は通された役場の椅子に腰かけ、窓の外を向いていた。声を掛けると、女ははっとした表情で振り返った。肩の下で軽やかに揺れる赤い巻き毛、透き通るような白い肌に意思の強そうな真っすぐな黒い瞳。

 たいそうな美人の女性だ。しかも男が着るような衣装を着て、大事そうに見たこともない形の真っ青な革の鞄を抱えている。衣装も持っている鞄もその赤い髪もこの国のものではないことが一目ですぐに分かる。かといって隣国でもなく、私が旅したことのある異国では見たこともない姿だ。

「あなたは……一体どこからいらしたのか」

 思わず口をついて出てしまう。

「どこからですって?それよりここは一体どこなの?」

「どこから来たのかは、分かるのだな?」

「もちろんよ。何度もこの人たちに言ったわ」

「どこなんだ?」

「日本よ!に・ほ・ん!」

「にほ……ん?そんな国あったか」

「あなたも知らないの?もう一体どうなってしまったの?私、何処に来ちゃったの」

 言っていることがよく理解できない。そうだ、例の薬を見せてもらおう。それで手がかりが掴めるかもしれない。

「突然だが、例の役場の人間の熱を一瞬で下げたという薬を見せてくれないか。私は医師だ」

「あなたお医者さんだったの?良かった~ほらこれよこれ!」

 女が鞄から取り出したものは、触れたこともない素材の透明な容器に入っている白く不思議な形の小さな粒だった。

「手に取っても?」

「どうぞ」

 触れてみるとその透明な部分は冷たくなく柔らかい。硝子かと思ったがそうではない。なんだ一体これは?それに中に入っている薬。これも見たことがない物体で、楕円形の薄い膜が二つ合わさって中に粉の薬が入っているようにみえる。

「一体これは何という薬なんだ?」

「だからただの解熱剤のカプセルだってば!はーもうっ、何回同じことを聞かれるの?嫌になっちゃう」

「信じられない。こんな技術……こんな薬品を作れる国があるなんて」

 見たこともない薬とそれを閉じ込める技術に、医師として感激すら覚えてしまった。私はこの得体が知れない女のいう事が最初は信じられなかったが、この未知の物体である薬を前ににわかに信じたいという気持ちが高まった。

「あなたはどうやってここにやって来た?」

「それが、誰も信じてくれないの」

悔しそうに女は唇を噛みしめる。

「私は信じたい。あなたの医術を待っている人がいるんだ。私に付いてきてもらえないか」

「ちょ、ちょっと待ってよ!私はあなたのこと何も知らないのに、そんなの無理よ」

「あっすまない、私はライ王国の王様付きの医官のジョウと申す。して貴女のお名前は?」

「私?私は須藤 由宇(すどう ゆう)よ」

「ユウさん、あなたのことを待っているのは、私が仕えている王様です」

「王様が何故?っていうか王様って?ライ王国なんてこの地球上にあった?」

 話が噛み合わないが、嘘を言っているとも思えない。

「もう一度尋ねるが、あなたはどうしてこの地へ来たのか?どうやって?」

「それがね、学会の後のパーティーでちょっと飲んだのよ。だからほろ酔いで夜道を歩いていたの。気分が良かったわよ。でも急に雨が降ってきて雷雨が酷くなってきて、寺院の上に立っている大きな大仏像の足元で雨宿りしていたのよ。すごい雷雨だった。辺りがなにも見えなくなるくらい光って凄い音で。でもそれが綺麗だなって私うっとり見上げていた。時間も忘れてまるで雷に包まれているようでゾクゾクした。そのうち雨があがってね、空を見上げたら逆さ虹が出ていたのよ。」

「逆さ虹?それは……珍しいな。一生のうち一度見えるかどうかの吉兆と言われている」

※逆さ虹…頭上の天頂より太陽側に、太陽に凸に現れる虹色の弧が、 環天頂アークのこと。 環天頂弧、天頂環、天頂弧などの呼び方もあります。 また、下に凸の虹色の弧なので、逆さ虹、という異名もあります 。非常に珍しい気象現象。

「ええ、それで雨も止んだから家に帰ろうと思ったら、何がどうしたのか、日本じゃなくてこんな変なとこに来ちゃったのよ。早く家に帰りたいわ。王様の治療とやらをしたら帰る方法を一緒に考えてくれない?」

 にわかに信じられない話ばかりだが、この女の持つ薬の神秘性を信じて、とにかくヨウのところへ連れて行ってみようと思った。

「ユウさんでしたっけ?王宮には一緒に考えてくれる友も待っているので、とにかく私と一緒に王宮へ来てもらえないだろうか」

「いいわよ。この辛気臭い役場よりは、医師のあなたの方が信じられそう!」

 屈託のない明るい笑顔を向けられ、一瞬戸惑ってしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

薔薇摘む人

Kokonuca.
BL
おじさんに引き取られた男の子のお話。全部で短編三部作になります

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結済】王子を嵌めて国中に醜聞晒してやったので殺されると思ってたら溺愛された。

うらひと
BL
学園内で依頼をこなしていた魔術師のクリスは大物の公爵の娘からの依頼が入る……依頼内容は婚約者である王子からの婚約破棄!! 高い報酬に目が眩んで依頼を受けてしまうが……18Rには※がついています。 ムーン様にも投稿してます。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...