怪談まとめ

犬束だいず

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ことりのおじちゃん

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 子供のころ、外に遊びに行くとき祖母によく言われた言葉がある。
「ひとりで遅くまで遊んでたらいけないよ、『ことりのおじちゃん』に連れていかれるから」
 当時は意味がよくわからず、頭が小鳥で体が人間のおじさんがいるのだと思っていた。
 しかしあらためて考えると、ことりのおじちゃんというのは「子取りのおじちゃん」であり、不審者に気をつけろという意味だろう。
 だが、私の予想もあながち間違いではなかったかもしれないと、ふと思い返すことがある。

 
 小学校低学年のころだったと思う。
 夏休みになると、母方の実家に帰省するのが常だった。
 祖父母の家は田舎にあり、隣には全校生徒が三十人もいないくらいの、小さな小学校があった。今ではもう廃校になってしまったが、当時はまだ小学校として現役だった。
 田舎の事だからか校門に鉄扉は無く、小学校が休みの時は地域の年寄りや子供が自由に校庭を使えるようになっていた。
 近所ということもあり、私もその小学校のブランコや鉄棒などでよく遊ばせてもらっていた。
 夏休みだったその日も、私は小学校のブランコで遊んでいた。
 従兄弟家族は都会の家に帰ってしまい、妹を誘ったが暑いからと断られ、夕方、私はひとりで学校へ来ていた。
 真夏のことで、昼間に外で遊ぶには暑すぎる。八月で日が長いこともあり、すこし日が陰ってくる夕方から校庭へ遊びに行くことが多かった。
 ブランコに乗って、どれだけ大きくこげるかと熱中していた時、ふと誰かが校門に立っているのに気がついた。
 祖父が迎えに来たのかと思って、じいちゃんと呼びかけようとした時、大きく揺れるブランコの上で私は固まった。
 祖父ではない。
 そこに立っていたのは、鳥のような頭をした男だった。
 ひよこのようなふわふわとした黄色の羽毛に覆われた頭部は、被り物にしてはあまりにリアルだ。
 顔の中央にはオレンジ色のくちばしがついており、人間の鼻も口も見当たらない。黒々とした大きな目玉がふたつ、正面を向いてついているのが、鳥とも人間ともつかずに不気味だった。
 くたびれた黒い上着を着た体は、人間の男のものに見えた。
 ……ああ、こいつがことりのおじちゃんか……。
 私はブランコに揺られながら、呆然とそんなことを思った。
 ブランコは校庭の奥に位置しており、鳥男まではかなり距離があった。そいつがただの人間ではないことは何となく察しがついた。
 私はどうすればいいのかわからず、ただブランコをこぎ続けた。こぐのをやめると、こちらに近づいてきそうな気がしたのだ。
 ことりのおじちゃんに気をつけろとは言われていたが、出会った時にどうすればいいかは聞いていない。
 私は困惑しながらブランコを揺らし続けることしか出来なかった。
 そうこうしているうちに、次第に辺りが暗くなっていく。
 完全に夜になったらおしまいだという予感があった。だが、家に帰るにしても校門を通らなければ帰れない。
 ブランコの上で半泣きになっていると、校門から誰かが入ってきた。
「おい、飯だぞ。いいかげん帰ってきなさい」
 今度こそ祖父だった。祖父には鳥男が見えていないのか、全く気にするようすも無くこちらへ歩いてくる。
 私はブランコから飛び降りると、一目散に祖父のもとへと駆けこんだ。
 家族が来た安堵から、急に怯えを悟られるのが恥ずかしくなり、ふざけたふりをしながら祖父に抱きついた。
 いくら学校が近いとはいえ、適当な時間には帰ってこないとだめだという祖父からの注意を聞きながらも、私は盗み見るようにして鳥男の様子をうかがった。
 鳥男はその場から一歩も動かず、頭だけをこちらへ向けたまま、真っ黒い目でじっと私を見つめていた。近くによると、黒い目玉がやけにみずみずしく光っているのがわかり、それがいっそう不気味で恐ろしかった。
 祖父の腕にしがみつきながら、鳥男の横を抜けて学校を出た。
 鳥男は、私が家の中に入るまで、ただじっとりとまとわりつくような視線を向けてくるだけだった。
 家に帰って夕食を食べながら「頭が鳥の男の人はいるのか」と祖母にたずねれば、マンガの見過ぎだと呆れたように言われてしまった。
 そのあまりに日常と変わらないやりとりに、だんだんと先程のことはなにかの見間違いだったのではという気になってくる。
 本当に見たと言い張っても、祖父母には信じてもらえないだろう。大人からそんな人間いるわけがないと言われ、家にいるという安心感も相まって、さっきのはやっぱり何かの間違いだったかもしれないと思いはじめる。
 だから、ちょっと確かめてみようという気になった。
 祖父母の家の居間からは、庭越しに小学校の校門が見えた。
 まだ、鳥男はあそこにいるだろうか。そもそも、鳥男など本当にいたのだろうか。
 少し怖くはあったが、家の中にいるということで恐怖心も薄れている。
 私は居間の大きな掃き出し窓のカーテンを少し開け、その隙間からそっと外のようすをうかがった。
 ――見なければよかった。
 私はすぐにカーテンを閉め、その場にしゃがみこんだ。
 どくどくとうるさく鳴る心臓に、私は自分の行動を後悔した。
 小学校の外灯に照らされて、校門にぽつんと鳥男が立っていた。
 ただ違うのは、体の向きがこちらを向いている。
 青白い蛍光灯に照らされて、黄色い産毛の生えた頭に不釣り合いな男の身体が、ぼうっと夜の校門に浮かび上がっていた。
 もう窓の外を見る気にはなれなかった。次に見たら、近づいてきている。
 そう思えてならなかった。

 
 幸いなことに、私はあれから鳥男を見ていない。
 校庭へ一人で遊びに行くことをしなくなったのと、夕方には必ず家に帰るようになったからかもしれない。
 祖母の言っていた「ことりのおじちゃんが来る」というのは、人さらいに気をつけろという意味なのだろう。
 だが、あれを見てからは「ことりのおじちゃん」が誘拐犯を指すのか、鳥の頭を持ったあの男を指すのか。
 大人になった今でも、はっきりわからないでいる。
  

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