にゃんと! わんだふる!

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3. にゃんとニュースです

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 スタジオにはたくさんのイヌがいる。カメラを回す者、マイクを持つ者、カンペを見せる者。見慣れてきたとはいえ、報道の裏側を見るセナはいつも不思議な感じがした。自身が放送しているわんちゅーぶの放送とは、全く勝手が違う。
 何とか身なりを整え、席につくとアナウンサーが放送が始まる前ににこりと笑みを向けてくれた。セナも笑い返し、居住まいを正す。
 
 やがて軽快なジングルが鳴り、アナウンサーとセナは軽くお辞儀をした。

「朝七時のニュースのお時間です」

 セナの隣でアナウンサーがニュースの始まりを告げ、背後の液晶画面とテロップが変わり始める。
 
「大手カリカリ製造会社である、株式会社びっぐわんこが数年ぶりの赤字決算となる見通しです」

 アナウンサーがニュースを読み上げるのを、セナは真面目な顔をして聞いている。コメンテーターの立場だから、コメントが必要な話題の際にスタジオに呼んでくれればいいのにと思いつつ、最初からいて欲しいと頼まれれば断れはしない。
 リオはちゃんとご飯を食べられただろうか。少しだけ、心配になる。
 
 それにしても、びっぐわんこすら赤字となる時代かと、セナは苦々しく思った。
 猫国との緊張状態が高まり、カリカリの原材料が手に入りにくくなったことから、各種食料品会社は原材料の高騰に悲鳴をあげている。びっぐわんこは最後まで値上げをせぬように努力していたが、故に赤字決算となってしまうのだろう。

「続いてのニュースです。犬国の三名が、猫国で旅行中に行方不明となりました」

 セナは耳をあげて、カメラの方に向けていた顔を動かし、アナウンサーを見てしまった。
 アナウンサーは事前に原稿を読んでいるためか、あからさまに動揺はしていないものの、声が僅かに不安そうに揺れる。
 
「また、猫国から不審な人物の入国を確認し、特務機関が取り押さえたとのことです。他にも、工作員が入国した可能性があります。国民の皆様は十分に不審人物にご注意ください」

 言葉を切ったアナウンサーが、セナに話を振る。
 
「セナさん、猫国との緊張状態は高まるばかりですね。不審人物を見かけた場合はどうすればよろしいでしょうか?」

 この為に最初から呼ばれたのかと、セナは腑に落ちた。

「そうですね。まず、ご自分で対処なさろうとせず、特務機関か警察にご通報ください。しかし、まずは国民の皆さんの安全が第一です。ご不安を与えぬよう、政府も最善を尽くします」

 定例の言葉を返し、セナは考える。
 既に工作員を送り込む段階まで進んでいるのなら、何処かでテロが起きる可能性すらある。政府は一体どこまで手を打っているだろうか。
 ひいてはそれは、セナの職務となる可能性もある。
 
 命じられればやるしかないが、テロ対策にまで事が及ぶと、さすがにセナには荷が重い。何とか今のこの膠着状態から、和平に持っていければいいのだが。
 
「近頃、緊張状態を反映してか、市民生活を危ぶみ犯罪が増加しているとの噂がありますが……」

 アナウンサーが問うのに、セナは苦笑した。事実に基づかない噂が蔓延るのは、国民達が荒れ始めている証拠かもしれない。

「ご安心ください。それは根も葉もない噂です。私は警察や国民の皆様の困りごとや犯罪を集計して目を通しておりますが、ここ数年も犯罪率が極端に増加傾向にある結果は出ておりません。骨の奪い合いはいつの時代も変わらずあるものですから、そこは数値を上げてしまっておりますけれど」

 セナの冗談に、アナウンサーは上品に声を立てて笑った。

「骨ばかりは仕方ありませんね」
「ええ、その通りです。我々はやはり骨に目がありませんから」

 にこりと笑みを返してセナも同意する。
 アナウンサーはもう一度笑って、話題を次のニュースへと切り替えた。
 
 アナウンサーの声が聞こえる中、セナは笑みを浮かべたまま内心で息を吐く。
 どうしたものか。こんなことを言っているセナの家に、ネコ――らしき存在がいると知れ渡れば、セナが検挙されるだけでは済まない事態になるとは容易に予想がついた。




 ニュース番組が終わり、セナはスタッフたちに挨拶をして、廊下に出た。思わず口から出そうになった溜息を飲み込んだ時、ふと声が掛けられる。

「セナ、お疲れさん」

 セナは顔をあげ、その人物を確認した。
 体格のいい、黒髪の男だ。きりっとした目が眩く、人好きがする以前に凛々しい印象を与える。
 セナは笑みを浮かべて、同僚に応対した。

「スイか。どうしたんだ、こんなところで」
「俺もこれから、番組の収録に出なくちゃいけなくてね」

 溜息をつく男は、セナと同じ職場に勤める同期でもある。セナに比べスイは表に出てこないことが多いが、それでも最近は呼び出される機会が増えているらしい。政府の印象向上の為に、いかにも国家公務員のイヌらしいスイが引っ張り出されるのは、セナには何となく分かるような気もした。国民達からもスイの人気は高い。

「そうか。互いに大変だな」
「まぁ、君に比べて朝が遅い分、俺の方がマシさ。しかし、なかなか物騒な世の中になってきたね」

 立ち話ついでに振られ、セナも廊下の端に寄って頷く。最近機会は減ってきてしまったものの、学生時代はよくこうしてスイと時流について討論したものだ。

「工作員が紛れ込んだらしいな。混乱にならないように言葉は選んだものの、既に結構な事態になっていそうだ」
「ああ、聞いたところによれば特務機関はお祭り騒ぎらしい。久しぶりの大検挙になるかもしれないからね」
「特務機関がお祭り騒ぎとは、一般市民にとっては迷惑な話だ」

 軽く二人で笑いあう。スイは時間になったのか、歩き出そうとして最後にセナに言った。

「まぁ、君も気を付けたまえよ。案外、工作員だって俺たちの近くにいるかもしれない」
「ああ、お前も。収録頑張ってな」

 セナは手を上げてスイを見送った。これから職場に行き、職務を終えなければならない。朝の時間が圧迫された分、帰宅するのは遅くなるだろう。
 セナは今日の段取りを考えながら、廊下をぽてぽてと歩き始めた。
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