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第一章 【時の来訪者と死した大地】
序章.
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窓を打ち付ける春の雨の音とは裏腹に、自室の中には耳が痛いほどの沈黙があった。
執務用のパソコンと、大量の本に占められた部屋には、深く柔らかく人体を受け止める革張りの椅子がある。そこに座り、微動だにしない綾城 理人(あやしろ りひと)の目には、パソコンのモニターが映っていた。
雨が強さを増す中、理人はその時を待っている。
やがて、モニターの音量を上げた。
すぐに大量のシャッター音と、記者の怒号が響く。
──「本日をもって、株式会社ヴァルガ・カンパニーは、破産申請を行います」
その瞬間、理人の聴覚は無音となった。
理人の耳には、硝子を打ち付ける雨の音も、記者が矢継ぎ早に声を上げる音も、何も聞こえなかった。
静かに、自分の身体を巡る血液の脈動だけが、耳を打つ。
終わるというものは、こういう音がするものだ。知りたくはなかったのに、今、知ってしまった。
理人は机の引き出しから、一枚だけ入っている書類を取り出した。
机の上に置き、虚像の姿をただ見つめる。
「代表取締役 綾城 理人」
彼の名前が刻まれた任命書だ。
これはすでに効力を持たない、ただの虚像である。今の彼はもう「社長」ですらない。
理人が取締役に就いてから、資金繰りは完璧だった。
売上も右肩上がりで伸びており、彼自身が無理な投資をした覚えもなく、役員たちの不正を許した記憶もない。
それでも──誰かが、何かを、巧妙に隠し通していた。
その事実に理人が気が付いた時には、会計報告は捏造され、資金は国外へ消え、役員たちは一斉に口を閉ざした。
革張りの見るからに高級な椅子から立ち上った理人は、全身の血の気が引き、倒れかかりそうになって、机に手をついて身体を支えていた。
無駄に豪華な社長室の机は大理石で出来ていて、その感触が今も手に残っている。
嵌められた?
いや、責任を取る立場にいたのは、他でもない「自分」だ。
だが、だからこそ、あの時の任命は、最初からこうなる運命を狙っていたのだ。
ふと、机の上の写真立てが目に入る。写真の中の人物たちは、理人に笑顔を向けている。
数年前、社員が企画した、社員旅行で撮った集合写真だった。
あの時、理人に向かい笑っていた彼らは、もうここにはいない。
従業員の生活を、出来るだけ守らなければならない。
それが理人に出来る、最後の仕事だった。
――全ての責任は、私にあります。
そう答えた自分の声が、まだ耳に残っている。
理人は重く熱い目頭を押さえ、立ち上がった。
歩くだけで耳鳴りと頭痛がする。低気圧のせいだけではないだろう。
注意散漫に廊下に足を踏み出した理人は、誰かが家に潜入していることに気が付かなかった。
俯いていた視界に、靴下に包まれた足の先が見える。
はっと視線を上げた時、そこには見知らぬ男の姿があった。
「弟は、おまえを信じていたのに──!」
──誰かに責任を擦り付けるとき、一番「黙っている人間」が祭り上げられる。
それが、この世界の仕組みだ。
待て、と声を出すことは叶わなかった。
頭上に振り上げられた何かが光り、風を裂く音がした。
次の瞬間には、強い衝撃と、肌を貫かれた強烈な痛みが走った。
何度も何度も衝撃は襲い、理人は抵抗する術もなく、フローリングに広がる血だまりを眺めていた。
従業員の親族だろうか。
――それならば、もうよいかと、率直に思った。
時間が一直線に進む以上、やり直すことはできない。
これが、無知で利用された理人の愚かな行いへの報いだ。
やがて視界は黒に染まり、そこで自分の人生が終わるのだと、理解した。
執務用のパソコンと、大量の本に占められた部屋には、深く柔らかく人体を受け止める革張りの椅子がある。そこに座り、微動だにしない綾城 理人(あやしろ りひと)の目には、パソコンのモニターが映っていた。
雨が強さを増す中、理人はその時を待っている。
やがて、モニターの音量を上げた。
すぐに大量のシャッター音と、記者の怒号が響く。
──「本日をもって、株式会社ヴァルガ・カンパニーは、破産申請を行います」
その瞬間、理人の聴覚は無音となった。
理人の耳には、硝子を打ち付ける雨の音も、記者が矢継ぎ早に声を上げる音も、何も聞こえなかった。
静かに、自分の身体を巡る血液の脈動だけが、耳を打つ。
終わるというものは、こういう音がするものだ。知りたくはなかったのに、今、知ってしまった。
理人は机の引き出しから、一枚だけ入っている書類を取り出した。
机の上に置き、虚像の姿をただ見つめる。
「代表取締役 綾城 理人」
彼の名前が刻まれた任命書だ。
これはすでに効力を持たない、ただの虚像である。今の彼はもう「社長」ですらない。
理人が取締役に就いてから、資金繰りは完璧だった。
売上も右肩上がりで伸びており、彼自身が無理な投資をした覚えもなく、役員たちの不正を許した記憶もない。
それでも──誰かが、何かを、巧妙に隠し通していた。
その事実に理人が気が付いた時には、会計報告は捏造され、資金は国外へ消え、役員たちは一斉に口を閉ざした。
革張りの見るからに高級な椅子から立ち上った理人は、全身の血の気が引き、倒れかかりそうになって、机に手をついて身体を支えていた。
無駄に豪華な社長室の机は大理石で出来ていて、その感触が今も手に残っている。
嵌められた?
いや、責任を取る立場にいたのは、他でもない「自分」だ。
だが、だからこそ、あの時の任命は、最初からこうなる運命を狙っていたのだ。
ふと、机の上の写真立てが目に入る。写真の中の人物たちは、理人に笑顔を向けている。
数年前、社員が企画した、社員旅行で撮った集合写真だった。
あの時、理人に向かい笑っていた彼らは、もうここにはいない。
従業員の生活を、出来るだけ守らなければならない。
それが理人に出来る、最後の仕事だった。
――全ての責任は、私にあります。
そう答えた自分の声が、まだ耳に残っている。
理人は重く熱い目頭を押さえ、立ち上がった。
歩くだけで耳鳴りと頭痛がする。低気圧のせいだけではないだろう。
注意散漫に廊下に足を踏み出した理人は、誰かが家に潜入していることに気が付かなかった。
俯いていた視界に、靴下に包まれた足の先が見える。
はっと視線を上げた時、そこには見知らぬ男の姿があった。
「弟は、おまえを信じていたのに──!」
──誰かに責任を擦り付けるとき、一番「黙っている人間」が祭り上げられる。
それが、この世界の仕組みだ。
待て、と声を出すことは叶わなかった。
頭上に振り上げられた何かが光り、風を裂く音がした。
次の瞬間には、強い衝撃と、肌を貫かれた強烈な痛みが走った。
何度も何度も衝撃は襲い、理人は抵抗する術もなく、フローリングに広がる血だまりを眺めていた。
従業員の親族だろうか。
――それならば、もうよいかと、率直に思った。
時間が一直線に進む以上、やり直すことはできない。
これが、無知で利用された理人の愚かな行いへの報いだ。
やがて視界は黒に染まり、そこで自分の人生が終わるのだと、理解した。
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