【完結】エルネスト・ルク・ヴァルトリエの責務

io

文字の大きさ
3 / 38
第一章 【時の来訪者と死した大地】

2.

しおりを挟む
 書斎の片付けは難航した。てきぱきと片付けを進行する理人に、執事や現れたメイドたちが何度も手伝いを申し出たが、理人はそれを断った。
 一人の状態で、書類を確認し、情報を得たかったのもある。だがそれ以上に、
 
「君たちには君たちの通常業務があるだろう。そちらに専念してくれるだけで十分だ」
 
 現場に出なければ分からないことがある。
 そう答えた理人に、屋敷の従者たちは訝しむような表情をして、怯えたように理人を遠巻きにした。
 
 この身体の持ち主は「エルネスト」というらしい。彼の人物像はまだ分からないが、分かってきたものもある。
 
 書類の分別中に出てきた、埃を被った一冊を開けば、中には報告書なのか日記なのかもわからない、自由文の記述が続いている。

――新人のメイドが皿を割った。新しく買いなおし、クビにした。
――珍しい行商人が来た。宝石を買った。セレナが喜んだ。偽物だと判明して、セレナに嫌われる。
――バルナバスの息子が執事になるのを嫌がった。名誉を拒んだので領地追放とする。
 
「……」
 酷い、と、言わざるを得ない。他者の人間性を否定するほど、理人も立派な人間ではないが、理人が否定するのは彼の短慮さだろう。
 メイドには自らの生活がありそれはミスで取り上げてはならないものであり、宝石商の宝石を疑わずに買ってしまう無知があり、仕えてくれている執事の身内に心無い対応をする。

「一度会ってみたいものだな、エルネスト・ルク・ヴァルトリエ」

 これが侯爵家というのだから、驚きも増す。家系図や帳簿を追うと、どうやら先代までは真面目に仕事をしていたらしく、記録が残っていた。
 エルネストが当代となってからは記録が曖昧だが、恐らく、先代の頃より資産運用は悪化しているだろう。
 
「……先代のときすら、運営が厳しいのか?」

 どうやら電気が通っていない以上、電子機器は発達していないとみて、まず間違いない。
 文明のレベルを昔学んだ歴史の年代で考えると、領地運営は農作物の収益を主として行われているはず。だが、農作物の実り自体が少なく、他に目立った工業も商業も見えない。
 
「昔、この国は大きな戦争をしておりました」

 独り言に返答があった。理人が振り向くと、トレイを磨き上げられたばかりの机に置いた執事が、ポットを手に取って紅茶を入れ始める。
 生憎雨だが、空気が入れ替わった部屋の中に、紅茶が香り立った。
 執事は紅茶の色をよく見ながら、懐かしむように言葉を続ける。
 
「その際、侯爵家の領地は、天の怒りとして毒により汚染されました。大地に残った毒の影響で、農作物が育ちにくいのです。健康被害も出ており、侯爵家の領地の人間は、他の領地に比べて寿命が短い傾向にあります」
「そうだったのか」

 何か解消する方法はあるのだろうか。毒の解除までは、理人にはその技術も方法も分からない。
 顎に手を当てて考え込む理人に、執事は紅茶をいれたカップを差し出した。

「あ、ああ、すまない」
「いえ」

 お茶くみは理人の所属していた会社では禁じられていた。それを今、自分がされているのはどういう因果なのだろう。
 コップに口をつけ、紅茶を飲むと、普段のそれとは段違いなことに気付く。

「……紅茶を入れるのが上手い」

 思わず呟くと、執事は丁寧に礼をした。

「ご無礼であればお許しを」
「どうした?」
「本日の旦那様は、雰囲気が異なっていらっしゃる」

 話してしまってもいいのかと、理人は一瞬考えた。エルネストはエルネストではなく、理人の意識となっているのだと。
 そういったところで、精神疾患を疑われるだろうか。この国の医療はそこまで進んでいない気もするが、狂ったと思われても仕方がない訴えかもしれない。
 とはいえ、嘘をつくことは理人の望むところではない。相手が誠実であるならば、誠実を返したい。

「少し、目覚める切っ掛けがあったんだ。私には至らないところが多い。この機会に、気になるところがあれば、忌憚なく聞かせて欲しい」

 執事が目を細める。

「ではお言葉に甘え――旦那様、折り入ってご相談がございます。例の件です」

 首を傾げた理人に、老執事は告げた。

「前々から提言しています通り、侯爵家の領地運営は行き詰まっております」

 紅茶のカップを置き、理人は言葉を待った。
――その内容が、分かる気がする。

「破綻は目の前です。爵位を返上し、領地を国王にお返しになりますか」

 理人の目に、書斎の天井が映る。
 
 一番、黙っている人間であったから、責任を取る立場の椅子を押し付けられた。ただの役職員として会社員人生を終えるはずだった理人が、急に取締役に任命されるなどおかしい話であったのに、自らの仕事が評価されたのだと心のどこかで喜ぶ声があった。部下たちにもっと充実した人生を贈る手伝いが出来ると思っていた。
 利用されていただけなのに。
 それを知らなかった理人は、無知蒙昧な人間で、社員たちを守ることも出来なかった。自らが辞任し罪を被れば、それが最善だと思っていた。

「また私に責任を取れと、この手で幕を下ろせというのか」

 終わりの選択をさせるために、理人は此処にいるのか。
 執事は何度も提言していたのだろう。運営に真面目に取り組めと、破綻が目前であると。忠言を受け取らなかった主人がいて、この状況がある。
 
 それが、違う。
 そして、エルネストは、最早、エルネストではない。
 
 ぐっと目頭に力を入れ、天井を睨み据える。

「そうではない」

 視線を戻し、老執事を見据える。
――全ての責任は、私にある。
 エルネストが不在の今、理人がやらなければならない。

「ここから生まれ変わるのだ、大地も、人も」

 理人は資料を置き、脱いでいた上着を手に取った。足を踏み出し、扉へ向かう。
 振り返ることなく理人は強く告げた。

「出るぞ。死んだ大地にも、花は芽吹くだろう」
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...