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第一章 【時の来訪者と死した大地】
4.
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「だから、いつまで経っても俺たちの生活は楽にならないんだ! それもこれも、お前たちがなんにもしてこなかったせいだ!」
だんっと大きなジョッキを置いた男が言うのに、周囲からも賛同の声が上がる。
ざっくばらんに繋げたテーブルと、簡素な椅子を持ち寄って、広場には人々が集まり始めていた。
最初は酒場に押し掛けたのだが、徐々に人が増え、収容しきれなくなったのだ。酒場の女将の悲痛な声に、今日だけは特別に、広場に席を作り営業してもらっている。
ひとつのテーブルの椅子に座った理人の隣には執事が控え、何故か隣には後ろ髪を軽く結った件の赤毛の男が座っている。
ナイフを振りかざして理人に襲い掛かってきた男は、名をジムザと名乗った。街では有名な愛妻家で、家庭を持つ前は傭兵として生計を立てていたらしい。跳ねた黒い髪と髭が目立つ、一見して近寄りがたい男だが、面倒見のよさそうな雰囲気を理人は感じていた。
ジムザは最初こそ、理人を警戒していたといえ、酒が入ると途端に赤ら顔になり、よく口が回る。その方が理人にとっては助かるばかりだが。
「挙句の果てに、少し奥様に何か言われりゃ勝手に決まりも変えて、気に入らねぇ奴は放逐して、奥様が欲しがるままに金を湯水のように使いやがる――」
ぐびっと飲んだビールが口の端から零れる。それを勿体なさそうに指で掬うジムザに、理人は本当に申し訳ない気持ちになった。理人の所業ではないが、今、彼らが訴えたい相手は理人しかいない。
「そのことに関しては謝罪する」
「謝罪が腹の足しになんのか!? ああ?」
「その通りだ。口だけの言葉に意味はない」
理人は薄めた酒に口を付けた。水が貴重らしく、また、生水は危険らしい。結果として、大人は酒を飲むことが一番安全らしかった。また、侯爵家はわざわざ水を買い求めているのだと、執事が教えてくれた。故に紅茶が美味しかったらしい。
周囲のテーブルにも次々に心ばかりの料理が並べられていく。芋を焼いたもの、芋を練ったもの――大体、芋だ。
「しかし、何故この土地に実りは少ないのだろう」
理人の疑問には、隣で好き放題、酒を煽っていた赤毛の男が答えた。一見がさつに見えるが、洗練された動きである。男の燃えるような髪が揺れ、視線が動くたびに、その先にいる婦人たちが顔を赤らめている。
「天の怒りだろ? 毒により汚染されたって聞いたことがある」
「それだ。何の毒で、何の汚染が残っている? 手を打つ方法はないのか?」
戦争の後遺症と言われればそれは納得しても、結局の原因が何かが理人には分からない。
純粋な疑問故に何かしら反応があるだろうと思っていたが、周囲の人々は困ったように顔を見合わせるだけであった。
「――誰も、何も知らないのか?」
「お、俺たちはそんなこと気にかけてる暇もなかったんだよ!」
「そうか……」
確かに、ジムザのような市民が原因まで考えるのは難しいのかもしれない。しかし、誰かは疑問に思ってもいいはずだろう。
例えば、此処は侯爵領だが、貴族制であるのならそのトップに立つのは王だ。王がいるということは、王領の人間たちもいるはずで、そこには国の歴史が残っていると考えられる。
戦争の歴史が周知であるならば、何故、戦争によってもたらされた結果を誰も疑問に思い、調査、行動していないのだろう。
エルネストに期待は出来ないとはいえ、何度かは土地を再生する術を、探しているものではないのだろうか。
考え込む理人に、流し目を寄越して、赤毛の男が言った。
「この国の王の名を知っているか?」
分からないことは素直に聞くしかないとはいえ、率直に答えてよいものか、多少迷う。専門外の知識はともかく、日本でも総理大臣を知らないとなれば、あまりにも浅学がすぎるからだ。この男から王の名を出さない辺り、試されているような気もする。
理人の迷いを感じ取ったのか、背後で控えていた執事が答えた。
「不動王ヴォルクレイン。ヴォルクレイン・ド・ヴァルティアス王にございますね」
舌を噛みそうな名前を、理人は一度聞いて頭に叩き込んだ。老執事に目をやれば、澄ました顔で瞼を下ろしている。
本当にエルネストは自らの国の王を知らないと、老練の執事は思っているのかもしれない。こういったフォローが板に付きすぎている。
「その通り。ヴォルクレイン王は不動なんだ。天の怒りについては、天が齎した天災なのだから、人が手を加えてはならないと考えておられる」
一瞬、よく理解できなかった。赤毛の男は理人の視線を受け、にやっとして笑う。
「つまり、禁忌ってことさ。この領地は、国から捨てられている」
――そんな馬鹿なことがあるものか。
理人の眉が剣呑に寄る。国が土地を、その上にある民を見捨てるなど許されてはならない。それが貴族の領地だとしても、元は王の国ではないのか。
理人が見せた怒りの顔に、赤毛の男はいっそ面白そうに笑みを深めた。
「俺に怒ったところでしょうがない。爵位を返上するか? したところで、また別の誰かが、ここの領主として収まるだけだ」
それでようやく理人は、エルネストの行動の背景を少し理解した気がした。
土地に手を加えることは王から許されず、領の収益はどうしても上がらない。いずれにしても手が打てない現実に遭い、彼は妻の要望に応え、後釜も据えられることはないと、民に対して横暴に振る舞ったのかもしれない。それが決して免罪符にはならないとはいえ。
ヴァルトリエ侯爵家がなぜこの不毛の土地を与えられたのかは分からないが、つまり、貧乏くじを引かされたのだ。
周囲の声は静まり返り、いつの間にか理人に視線が集まっている。
爵位を返上してほしいという要望か、いや、それよりも、動向を伺う視線の意味が強い。
理人は今、民に試されている。答えはひとつだった。
「爵位は返上しない。私はこの土地を再生させなければならない。それが私の責任だ」
執事が小さく「エルネスト様」と呼ぶ。
「反逆罪に問われかねます。ご訂正を」
「訂正はしない。王に陳情したい者があれば、私はそれを拒まない。ここで諦めるくらいならば、私は死んだ方がいい」
それは理人ではなく、早く別の誰かに代わった方がよい、というニュアンスであった。
しかし、そうとは感じなかったらしい赤毛の男が、笑みを瞬時に変える。理人は一瞬、その剥き出しの視線を受けて、背に寒気を感じた。真顔になると、親し気な雰囲気が消え失せて、ジムザでさえ赤毛の男に怖気づいている。
誰もが息を呑み、赤毛の男の次の挙動を待たざるを得ない威圧感がある。金色の目は激しい炎を宿し、すぐに消え失せる。
「――酒がまずくなった。後は適当にやれや」
言い捨てて立ち上がる赤毛の男に、理人は困惑の目を向ける。
だが、まぁ、あの男が理人に何の意図をもって近付いたか分からないし、何の関係もないのだから、深く考えても無駄だろう。
旅装を整えて、男はさっとこの場を離れる。後姿は洗練としており、輪から外れた赤毛に、女性たちが何人か声を掛けていた。気前よく答えている赤毛の男を、理人は目で見送って視線を戻す。
「……しかし、立派なことは言うけどよ。結局、どうすんだ、侯爵様は」
場を取りなすようにジムザが毒づくのに、理人は顎に指を掛けた。
「まず、土の再生に対して知識のある、農業か、土地の専門家に知恵を借りるしかない。原因が分からなければ、正しい対策も立てられない」
禁忌というならば、その手の知識人は手を貸してくれない可能性もある。王が押さえている可能性もあるが、とにかく探し始めなければ何も分からない。
そして彼の人物が、この領地にいる可能性は低いだろう。
「問題がございます、旦那様」
執事がそっと口を挟み、理人が振り返ると淡々と説明を続ける。
「この領地は王国の北方に位置しており、南方に他領と繋がる道がございます。ただし、その道は現在、封鎖されております」
「何故だ?」
「魔物が居座ってんだよ」
そんなことも忘れているのかと、呆れを前面に出してジムザが答える。
「突然変異種だ。公道の近くに巣を作って、通りがかった人間を襲ってやがる。それも何度も、俺たちは陳情したんだがな!」
溜息をつきそうになって堪えた。数々の問題を放置しているのは理解しても、これからも次々と問題が出てきそうだ。
「対応が遅くなって要らぬ苦労を掛けた。しかし、土地の件と、魔物の件が聞けただけで十分だ」
理人が立ち上がると、広場にいる人間たちの目が不思議そうに変わる。
「あとは気が済むまで、飲んで食べてくれ。私は魔物の件と、この領地に有識者がいるかをあたらなければならない」
「旦那様」
常に背後に控えていた執事が声を掛ける。
「癒療者には、お会いになりますか?」
理人は執事に投げかけた言葉を思い出した。その者の元へ案内してほしいと願ったのは自分だ。多少問題が増えすぎて、失念していた。
「そうだったな、案内してもらえるか」
「なんだぁ? 癒療者だと?」
不満そうな声を上げたのはジムザで、じとっとした目を理人に向ける。
「そりゃ、俺の妻のことだが、会いたいだと?」
理人はゆっくり瞬きをする。面倒見がいいのだろうとは思っていたが、既婚者であったのか。
「それは都合がいい。是非、奥方にお会いしたいのだが」
「ああ? 何でだ。お前、それは……」
「何か問題があるのだろうか?」
歯切れ悪く答えるジムザにもう一度問えば、ジムザは舌打ちをした。
「セレナ様が気を悪くするだろう」
――セレナ?
一瞬、名と人物が結びつかなかった理人に、執事は素早く、
「奥様は旦那様への愛が深いお方ですから」
絶妙な言い回しで答えた。そうだった、今朝出会った女性の名だ。台風が過ぎ去ったような朝の動揺の中で、完全に覚えることが出来なかった。今度こそ頭に刻み、理人は軽く首を横に振る。
「必要なことを、必要な時に行うだけだ。彼女は関係がない」
言いおいて歩き出し、女将に持っていた金貨を渡しておく。足りなければ届けに来る、と告げ、理人は考えながら人の輪から外れるように歩き出すと、執事とジムザが慌てて後をついてきた。
だんっと大きなジョッキを置いた男が言うのに、周囲からも賛同の声が上がる。
ざっくばらんに繋げたテーブルと、簡素な椅子を持ち寄って、広場には人々が集まり始めていた。
最初は酒場に押し掛けたのだが、徐々に人が増え、収容しきれなくなったのだ。酒場の女将の悲痛な声に、今日だけは特別に、広場に席を作り営業してもらっている。
ひとつのテーブルの椅子に座った理人の隣には執事が控え、何故か隣には後ろ髪を軽く結った件の赤毛の男が座っている。
ナイフを振りかざして理人に襲い掛かってきた男は、名をジムザと名乗った。街では有名な愛妻家で、家庭を持つ前は傭兵として生計を立てていたらしい。跳ねた黒い髪と髭が目立つ、一見して近寄りがたい男だが、面倒見のよさそうな雰囲気を理人は感じていた。
ジムザは最初こそ、理人を警戒していたといえ、酒が入ると途端に赤ら顔になり、よく口が回る。その方が理人にとっては助かるばかりだが。
「挙句の果てに、少し奥様に何か言われりゃ勝手に決まりも変えて、気に入らねぇ奴は放逐して、奥様が欲しがるままに金を湯水のように使いやがる――」
ぐびっと飲んだビールが口の端から零れる。それを勿体なさそうに指で掬うジムザに、理人は本当に申し訳ない気持ちになった。理人の所業ではないが、今、彼らが訴えたい相手は理人しかいない。
「そのことに関しては謝罪する」
「謝罪が腹の足しになんのか!? ああ?」
「その通りだ。口だけの言葉に意味はない」
理人は薄めた酒に口を付けた。水が貴重らしく、また、生水は危険らしい。結果として、大人は酒を飲むことが一番安全らしかった。また、侯爵家はわざわざ水を買い求めているのだと、執事が教えてくれた。故に紅茶が美味しかったらしい。
周囲のテーブルにも次々に心ばかりの料理が並べられていく。芋を焼いたもの、芋を練ったもの――大体、芋だ。
「しかし、何故この土地に実りは少ないのだろう」
理人の疑問には、隣で好き放題、酒を煽っていた赤毛の男が答えた。一見がさつに見えるが、洗練された動きである。男の燃えるような髪が揺れ、視線が動くたびに、その先にいる婦人たちが顔を赤らめている。
「天の怒りだろ? 毒により汚染されたって聞いたことがある」
「それだ。何の毒で、何の汚染が残っている? 手を打つ方法はないのか?」
戦争の後遺症と言われればそれは納得しても、結局の原因が何かが理人には分からない。
純粋な疑問故に何かしら反応があるだろうと思っていたが、周囲の人々は困ったように顔を見合わせるだけであった。
「――誰も、何も知らないのか?」
「お、俺たちはそんなこと気にかけてる暇もなかったんだよ!」
「そうか……」
確かに、ジムザのような市民が原因まで考えるのは難しいのかもしれない。しかし、誰かは疑問に思ってもいいはずだろう。
例えば、此処は侯爵領だが、貴族制であるのならそのトップに立つのは王だ。王がいるということは、王領の人間たちもいるはずで、そこには国の歴史が残っていると考えられる。
戦争の歴史が周知であるならば、何故、戦争によってもたらされた結果を誰も疑問に思い、調査、行動していないのだろう。
エルネストに期待は出来ないとはいえ、何度かは土地を再生する術を、探しているものではないのだろうか。
考え込む理人に、流し目を寄越して、赤毛の男が言った。
「この国の王の名を知っているか?」
分からないことは素直に聞くしかないとはいえ、率直に答えてよいものか、多少迷う。専門外の知識はともかく、日本でも総理大臣を知らないとなれば、あまりにも浅学がすぎるからだ。この男から王の名を出さない辺り、試されているような気もする。
理人の迷いを感じ取ったのか、背後で控えていた執事が答えた。
「不動王ヴォルクレイン。ヴォルクレイン・ド・ヴァルティアス王にございますね」
舌を噛みそうな名前を、理人は一度聞いて頭に叩き込んだ。老執事に目をやれば、澄ました顔で瞼を下ろしている。
本当にエルネストは自らの国の王を知らないと、老練の執事は思っているのかもしれない。こういったフォローが板に付きすぎている。
「その通り。ヴォルクレイン王は不動なんだ。天の怒りについては、天が齎した天災なのだから、人が手を加えてはならないと考えておられる」
一瞬、よく理解できなかった。赤毛の男は理人の視線を受け、にやっとして笑う。
「つまり、禁忌ってことさ。この領地は、国から捨てられている」
――そんな馬鹿なことがあるものか。
理人の眉が剣呑に寄る。国が土地を、その上にある民を見捨てるなど許されてはならない。それが貴族の領地だとしても、元は王の国ではないのか。
理人が見せた怒りの顔に、赤毛の男はいっそ面白そうに笑みを深めた。
「俺に怒ったところでしょうがない。爵位を返上するか? したところで、また別の誰かが、ここの領主として収まるだけだ」
それでようやく理人は、エルネストの行動の背景を少し理解した気がした。
土地に手を加えることは王から許されず、領の収益はどうしても上がらない。いずれにしても手が打てない現実に遭い、彼は妻の要望に応え、後釜も据えられることはないと、民に対して横暴に振る舞ったのかもしれない。それが決して免罪符にはならないとはいえ。
ヴァルトリエ侯爵家がなぜこの不毛の土地を与えられたのかは分からないが、つまり、貧乏くじを引かされたのだ。
周囲の声は静まり返り、いつの間にか理人に視線が集まっている。
爵位を返上してほしいという要望か、いや、それよりも、動向を伺う視線の意味が強い。
理人は今、民に試されている。答えはひとつだった。
「爵位は返上しない。私はこの土地を再生させなければならない。それが私の責任だ」
執事が小さく「エルネスト様」と呼ぶ。
「反逆罪に問われかねます。ご訂正を」
「訂正はしない。王に陳情したい者があれば、私はそれを拒まない。ここで諦めるくらいならば、私は死んだ方がいい」
それは理人ではなく、早く別の誰かに代わった方がよい、というニュアンスであった。
しかし、そうとは感じなかったらしい赤毛の男が、笑みを瞬時に変える。理人は一瞬、その剥き出しの視線を受けて、背に寒気を感じた。真顔になると、親し気な雰囲気が消え失せて、ジムザでさえ赤毛の男に怖気づいている。
誰もが息を呑み、赤毛の男の次の挙動を待たざるを得ない威圧感がある。金色の目は激しい炎を宿し、すぐに消え失せる。
「――酒がまずくなった。後は適当にやれや」
言い捨てて立ち上がる赤毛の男に、理人は困惑の目を向ける。
だが、まぁ、あの男が理人に何の意図をもって近付いたか分からないし、何の関係もないのだから、深く考えても無駄だろう。
旅装を整えて、男はさっとこの場を離れる。後姿は洗練としており、輪から外れた赤毛に、女性たちが何人か声を掛けていた。気前よく答えている赤毛の男を、理人は目で見送って視線を戻す。
「……しかし、立派なことは言うけどよ。結局、どうすんだ、侯爵様は」
場を取りなすようにジムザが毒づくのに、理人は顎に指を掛けた。
「まず、土の再生に対して知識のある、農業か、土地の専門家に知恵を借りるしかない。原因が分からなければ、正しい対策も立てられない」
禁忌というならば、その手の知識人は手を貸してくれない可能性もある。王が押さえている可能性もあるが、とにかく探し始めなければ何も分からない。
そして彼の人物が、この領地にいる可能性は低いだろう。
「問題がございます、旦那様」
執事がそっと口を挟み、理人が振り返ると淡々と説明を続ける。
「この領地は王国の北方に位置しており、南方に他領と繋がる道がございます。ただし、その道は現在、封鎖されております」
「何故だ?」
「魔物が居座ってんだよ」
そんなことも忘れているのかと、呆れを前面に出してジムザが答える。
「突然変異種だ。公道の近くに巣を作って、通りがかった人間を襲ってやがる。それも何度も、俺たちは陳情したんだがな!」
溜息をつきそうになって堪えた。数々の問題を放置しているのは理解しても、これからも次々と問題が出てきそうだ。
「対応が遅くなって要らぬ苦労を掛けた。しかし、土地の件と、魔物の件が聞けただけで十分だ」
理人が立ち上がると、広場にいる人間たちの目が不思議そうに変わる。
「あとは気が済むまで、飲んで食べてくれ。私は魔物の件と、この領地に有識者がいるかをあたらなければならない」
「旦那様」
常に背後に控えていた執事が声を掛ける。
「癒療者には、お会いになりますか?」
理人は執事に投げかけた言葉を思い出した。その者の元へ案内してほしいと願ったのは自分だ。多少問題が増えすぎて、失念していた。
「そうだったな、案内してもらえるか」
「なんだぁ? 癒療者だと?」
不満そうな声を上げたのはジムザで、じとっとした目を理人に向ける。
「そりゃ、俺の妻のことだが、会いたいだと?」
理人はゆっくり瞬きをする。面倒見がいいのだろうとは思っていたが、既婚者であったのか。
「それは都合がいい。是非、奥方にお会いしたいのだが」
「ああ? 何でだ。お前、それは……」
「何か問題があるのだろうか?」
歯切れ悪く答えるジムザにもう一度問えば、ジムザは舌打ちをした。
「セレナ様が気を悪くするだろう」
――セレナ?
一瞬、名と人物が結びつかなかった理人に、執事は素早く、
「奥様は旦那様への愛が深いお方ですから」
絶妙な言い回しで答えた。そうだった、今朝出会った女性の名だ。台風が過ぎ去ったような朝の動揺の中で、完全に覚えることが出来なかった。今度こそ頭に刻み、理人は軽く首を横に振る。
「必要なことを、必要な時に行うだけだ。彼女は関係がない」
言いおいて歩き出し、女将に持っていた金貨を渡しておく。足りなければ届けに来る、と告げ、理人は考えながら人の輪から外れるように歩き出すと、執事とジムザが慌てて後をついてきた。
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