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奈落へ
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「必ず殺してやる……殺してやる……!」
叫んだ声は空へ溶け、僕の身体は崖の奥底へと落ちていった。
誰にも知られず、誰にも救われない、暗い奈落の底へ -。
ー8年前ー
大魔法帝国カシウス。
その名の通り、“魔法”が当たり前のように息づく国だ。街並みを彩る建物も、日常で使う食器も、そのほとんどが魔法によって作られている。
魔法を生み出すための気体 -魔力。
これを扱える者は“魔法使い”と呼ばれ、カシウスの国民は誰もが魔法使いだ。
とはいえ、魔法使いが生み出せるのは、自分の想像を形にした“個体”のみ。これらは総称して“イグス”と呼ばれ、建物や生活用品もすべてイグスで作られている。
だが、この国を支えている本当の力は別にある。
“魔術師”。
魔法使いとは比べものにならない魔力を持ち、攻撃・防御・創造――三属性すべての魔法を扱う超越者。
言ってしまえば、魔術師は魔法使いの上位互換だ。
カシウスには、この魔術師を育てるための魔法学園がいくつも存在する。
中でも最も名が知られているのが -キース学園。
「実力こそすべて」を掲げるキースでは、平民でも貴族でも入学はできるが、学園内での価値は“強さのみ”で決まる。厳しい競争と実戦主義によって、キースは数多の優秀な魔術師を世に送り出してきた。
人々は言う。
「キースの卒業生こそ、未来の希望だ」と。
-だが、この国には、その“希望”すら遥か下に見る存在がいる。
クロス家。
国中の者が“最強の貴族”と恐れた家系。現当主、十八代目グレイ・クロスは第八級魔術師。
魔術師の階級は一級から始まり、一~二級は在校生、三~四級は卒業生、五級は教師か名誉ある魔術師に与えられる称号だ。
そして -五級より上は、人の領域を超えた怪物たち。
六級となれば、五級の魔術師五十人が束になっても勝てないと言われるほど。
そのさらに上、七級、八級……。
歴代の当主たちそして現当主,グレイ・クロスが第八級であるという事実こそが、クロス家を“最強”とたらしめていた。
そして第十九代目の候補者、グレイ・クロスの息子の名は、アーク・クロスである。
ーそして現在ー
こんな夜中に、小さな黒髪の男の子が走っている。
泣きながら走っているように見えた。いや、走っているというより“逃げている”と言ったほうが正しいだろう。
逃げているのはアーク・クロス。
クロス家の現当主、グレイ・クロスの息子の一人だ。
こんな夜中に、誰から逃げているのか──追ってくる相手はフードを深くかぶっていて、顔はよく見えない。
そしてアークは、気づけば崖の近くまで追い詰められてしまっていた。
「来るな!」
たぶんもう捕まる。いや、もしかしたらもう終わりかもしれない。
どうしてこんな場所に逃げてきてしまったんだろう。そんなことを考えている間にも、フードの人物はゆっくりと近づいてくる。
戦わなければ、と頭では思うのに、なぜか体が動かない。
この人が怖いのだ。理由も分からないまま、心が本能で怯えている。
動けないアークを見て、フードの人物は笑い始めた。
「こんなみっともない奴が、あのグレイ・クロスの息子の一人だって? 弱すぎて笑えるな」
初めて会ったはずの相手なのに、どこか聞き覚えのある声。
それが余計に不気味だった。
やがて、フードの人物はさらに言葉を続けた。
「なあアーク。どうせもう逃げられないんだし、教えてやるよ。
お前の母を殺したのは──俺だ。お前の弟、グリス・アークだよ、おバカな兄貴」
そう言うと、フードを外し、顔を見せつけてきた。
これが夢であればよかった。
まさか自分を追い詰めていたのが、家族の一人だったなんて。
アークはとっさに言い返した。
「嘘だよ。そんなこと、あるわけない。だって……なんでお前が、あんな優しい母さんを……」
アークが涙をこらえきれず怯える姿を見て、グリスはゲラゲラと笑った。
「言うと思った。だからさ──ほら、お前の大事な母親の“もの”を持ってきたぜ」
グリスの言葉に合わせ、後ろの男がひざまずき何かを差し出した。
グリスはそれを受け取り、そのままアークに向かって投げつけた。
そこには母さんの顔が、いや生首があった。
僕は思わず息をのんだ。
目の前にあるもの──それは、母さんを連想させる遺品だった。
見ただけで吐きそうになる自分を、グリスは愉快そうに見て笑った。
「さっきまで“大事だ”とか言ってたくせに、これを見たら吐きそうになってるじゃねえかw」
その通りだった。
僕はこれまで、死や血に直面することがほとんどなかった。
戦うこともできず、逃げてばかりの自分。
クロス家の他の誰とも違う、弱い存在だと自覚していた。
そんなことを考えている間に、グリスはゆっくりと僕の目の前までやってきた。
「アーク、もう……ここで終わってもいいよなw」
言葉の端々に、冷たい笑いが混じる。
怖い。怖くて、怖くて、怖くて -。
死にたくない。
必死に体を動かそうとしたが、手遅れだった。
グリスはすでに、魔法を放てる状態になっていた。
「じゃあな、アークw」
放たれた魔法が僕の体に直撃し、僕は崖の間へと吹き飛ばされた。
宙を舞い、岩にぶつかり、体は崖の底へと落ちていく。
止まることなく、奈落の奥へと吸い込まれていく感覚に、全身が震えた。
それを見下ろして、グリスはさらに口を開いた。
「最後に教えてやるよ。
母さんだけじゃない。お前が一番大切にしていたあの子も……俺がやったんだぜw」
体の奥底から、怒りと恐怖が込み上げる。
「……殺してやる!」
全身の力が叫びに変わった。
でも、もうグリスには届かない。僕はすでに、崖のかなり深い底に落ちている。
それでも声に出して、何度も繰り返した。
「必ず……殺してやる……殺してやる……!」
赤い瞳が輝いているがその叫びは空へと溶け、体は暗い奈落の奥へと沈んでいった。
誰にも知られず、誰にも救われず、ただ暗闇だけが広がる底へ──。
叫んだ声は空へ溶け、僕の身体は崖の奥底へと落ちていった。
誰にも知られず、誰にも救われない、暗い奈落の底へ -。
ー8年前ー
大魔法帝国カシウス。
その名の通り、“魔法”が当たり前のように息づく国だ。街並みを彩る建物も、日常で使う食器も、そのほとんどが魔法によって作られている。
魔法を生み出すための気体 -魔力。
これを扱える者は“魔法使い”と呼ばれ、カシウスの国民は誰もが魔法使いだ。
とはいえ、魔法使いが生み出せるのは、自分の想像を形にした“個体”のみ。これらは総称して“イグス”と呼ばれ、建物や生活用品もすべてイグスで作られている。
だが、この国を支えている本当の力は別にある。
“魔術師”。
魔法使いとは比べものにならない魔力を持ち、攻撃・防御・創造――三属性すべての魔法を扱う超越者。
言ってしまえば、魔術師は魔法使いの上位互換だ。
カシウスには、この魔術師を育てるための魔法学園がいくつも存在する。
中でも最も名が知られているのが -キース学園。
「実力こそすべて」を掲げるキースでは、平民でも貴族でも入学はできるが、学園内での価値は“強さのみ”で決まる。厳しい競争と実戦主義によって、キースは数多の優秀な魔術師を世に送り出してきた。
人々は言う。
「キースの卒業生こそ、未来の希望だ」と。
-だが、この国には、その“希望”すら遥か下に見る存在がいる。
クロス家。
国中の者が“最強の貴族”と恐れた家系。現当主、十八代目グレイ・クロスは第八級魔術師。
魔術師の階級は一級から始まり、一~二級は在校生、三~四級は卒業生、五級は教師か名誉ある魔術師に与えられる称号だ。
そして -五級より上は、人の領域を超えた怪物たち。
六級となれば、五級の魔術師五十人が束になっても勝てないと言われるほど。
そのさらに上、七級、八級……。
歴代の当主たちそして現当主,グレイ・クロスが第八級であるという事実こそが、クロス家を“最強”とたらしめていた。
そして第十九代目の候補者、グレイ・クロスの息子の名は、アーク・クロスである。
ーそして現在ー
こんな夜中に、小さな黒髪の男の子が走っている。
泣きながら走っているように見えた。いや、走っているというより“逃げている”と言ったほうが正しいだろう。
逃げているのはアーク・クロス。
クロス家の現当主、グレイ・クロスの息子の一人だ。
こんな夜中に、誰から逃げているのか──追ってくる相手はフードを深くかぶっていて、顔はよく見えない。
そしてアークは、気づけば崖の近くまで追い詰められてしまっていた。
「来るな!」
たぶんもう捕まる。いや、もしかしたらもう終わりかもしれない。
どうしてこんな場所に逃げてきてしまったんだろう。そんなことを考えている間にも、フードの人物はゆっくりと近づいてくる。
戦わなければ、と頭では思うのに、なぜか体が動かない。
この人が怖いのだ。理由も分からないまま、心が本能で怯えている。
動けないアークを見て、フードの人物は笑い始めた。
「こんなみっともない奴が、あのグレイ・クロスの息子の一人だって? 弱すぎて笑えるな」
初めて会ったはずの相手なのに、どこか聞き覚えのある声。
それが余計に不気味だった。
やがて、フードの人物はさらに言葉を続けた。
「なあアーク。どうせもう逃げられないんだし、教えてやるよ。
お前の母を殺したのは──俺だ。お前の弟、グリス・アークだよ、おバカな兄貴」
そう言うと、フードを外し、顔を見せつけてきた。
これが夢であればよかった。
まさか自分を追い詰めていたのが、家族の一人だったなんて。
アークはとっさに言い返した。
「嘘だよ。そんなこと、あるわけない。だって……なんでお前が、あんな優しい母さんを……」
アークが涙をこらえきれず怯える姿を見て、グリスはゲラゲラと笑った。
「言うと思った。だからさ──ほら、お前の大事な母親の“もの”を持ってきたぜ」
グリスの言葉に合わせ、後ろの男がひざまずき何かを差し出した。
グリスはそれを受け取り、そのままアークに向かって投げつけた。
そこには母さんの顔が、いや生首があった。
僕は思わず息をのんだ。
目の前にあるもの──それは、母さんを連想させる遺品だった。
見ただけで吐きそうになる自分を、グリスは愉快そうに見て笑った。
「さっきまで“大事だ”とか言ってたくせに、これを見たら吐きそうになってるじゃねえかw」
その通りだった。
僕はこれまで、死や血に直面することがほとんどなかった。
戦うこともできず、逃げてばかりの自分。
クロス家の他の誰とも違う、弱い存在だと自覚していた。
そんなことを考えている間に、グリスはゆっくりと僕の目の前までやってきた。
「アーク、もう……ここで終わってもいいよなw」
言葉の端々に、冷たい笑いが混じる。
怖い。怖くて、怖くて、怖くて -。
死にたくない。
必死に体を動かそうとしたが、手遅れだった。
グリスはすでに、魔法を放てる状態になっていた。
「じゃあな、アークw」
放たれた魔法が僕の体に直撃し、僕は崖の間へと吹き飛ばされた。
宙を舞い、岩にぶつかり、体は崖の底へと落ちていく。
止まることなく、奈落の奥へと吸い込まれていく感覚に、全身が震えた。
それを見下ろして、グリスはさらに口を開いた。
「最後に教えてやるよ。
母さんだけじゃない。お前が一番大切にしていたあの子も……俺がやったんだぜw」
体の奥底から、怒りと恐怖が込み上げる。
「……殺してやる!」
全身の力が叫びに変わった。
でも、もうグリスには届かない。僕はすでに、崖のかなり深い底に落ちている。
それでも声に出して、何度も繰り返した。
「必ず……殺してやる……殺してやる……!」
赤い瞳が輝いているがその叫びは空へと溶け、体は暗い奈落の奥へと沈んでいった。
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