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第1部 完結後
SS-3 第二調査局事件簿 Case.X ――鬼のヴァルグレイたる所以―― 前編
「確かに……こりゃ面倒っスね」
「ああ、そうだろう? お前が近くにいてくれて良かったよ、レルガ」
北街の商店街の外れ。
中流店が並ぶ通りの老舗の一つ――「メリダ古着店」で刺傷事件があった。
突然、客の一人が何者かに刺されて倒れたのだ。
「店主の悲鳴を聞いた衛兵が駆け付け、迅速に現場にいた者を確保できた」
「容疑者……それがこの”四名”って事っスね」
石壁に囲まれた詰め所の小広間。
部屋の中央には大きなテーブルと、粗末な椅子が並んでいる。
守衛長とレルガ、二人の視線の先、テーブルの向かいには、半拘束されている容疑者たち。
「なぁ、悲鳴を上げて助けを呼んだのは店主のアタイなんだから、アタイが犯人なワケないだろう?」
と、メリダ古着店の女店主。
「たまたま店にいただけのワシを拘束するとはいい度胸だ! ワシを誰だと思っている!」
と、白髪で偉そうな中年男性。
「あ、あのぅ、ぼ、僕は、誰かを刺すなんて、とても…………は、早く帰してください……」
と、長身だが気弱な青年。
「他の目撃者はいたんスか? 被害者本人は?」
「被害者は「背中から刺されたため、誰が自分を刺したかは分からない」と言っている。 犯行の瞬間を見た者もいない。 何しろ店内での出来事だ」
「ふむふむ、なるほどっスね。 そして……」
そして、この事件を多分にややこしく、複雑にしているのが……
「お父様はまだいらっしゃらないの!? ローゼンディア伯爵家も随分と侮られたものですわね!」
この、四人目の容疑者にして最大の厄介事、ローゼンディア伯爵家のご令嬢さまの存在だった。
……………
「アタイの店は、先月も荒くれ共のケンカに巻き込まれて店をメチャクチャにされたばっかりなんだよ……」
「そうだったんスか~、本当に大変ッスね……オレでよければグチでも何でも聞きやスんで。 ……ところで古着店の方は、まだ本格的な捜索はされてないんスよね?」
「あ、ああ。 また、店をメチャクチャにされるのもイヤだからね! アタイの店を家探ししたいんだったら、もっとお偉いさんの許可をもってきな!」
まずは女店主から。
レルガは持ち前の空気の軽さで、各容疑者から情報を聞き出そうと会話を試みていた。
本来は衛兵の仕事だが、知り合いの守衛長からの頼みとあらばと二つ返事で了解した。
レルガの顔の広さは、こういう気安い性格の賜物もあるのだが、
この時の彼は、守衛長とは異なる視座を持っていた。
「へぇー! 北街の商会ギルドの班長さんっスか! どおりで貫録がお有りで! もう長い事やられてるんスか?」
「キミは分かっておるな! そうなのだよ、もう随分と務めて長いが、最近の若いモンは敬う事を知らん。 ギルドに聞けばワシが犯人などとあり得ないと即座に答えてくれるだろう!」
「なるほどなるほど! じゃあ早速あとでギルドの方にも伺いやスね! ……ところで、被害者の方とお知り合いだったりしやスか?」
「……ま、まぁ、知り合いというのに吝かでは無いかもしれぬという所も……ゴニョゴニョ……」
「? 歯切れが悪いっスね? 別にそこは安心していいッスよ」
「そ、そうか。 いや、知り合いと言うか、ヤツにはちょっとその……金を、借りていてな?」
白髪の中年男性は、まるで秘密を共有するかの様に、あっさりと応える。
レルガは人を警戒させない空気をもっていた。
「ぼ、僕はやってない!」
「あ~、落ち着いてくだせえ。 いくら倒れた被害者の一番近くにいたとはいえ、アンタが一番アヤシイってワケじゃないッスよ」
「……ぼ、僕だって、び、ビックリしたんだ! 急に、人が倒れて、メリダさんに悲鳴を上げられて……」
「うん、大丈夫ッスよ、落ち着いて。 ……被害者が倒れた時、アンタ一人だけが、近くにいたんスか?」
「い、いや、本当に分からないんだ。 近くにいたのは確かだけど、あの、白髪の男性もこちらを見ていた気がする…………な、何しろ、混乱してて……」
この気弱な青年が、被害者の一番近くにいたのは間違いないようだ。
だが、近くにいた――ただそれだけで犯人とは断定できない。
「ふん! お父様はまだかしら? 当然、ローゼンディア伯爵家へ使いには出したのですわよね? まったく……遅すぎますわ!」
「ええ、まったくその通りッスよね! お嬢様を待たせるなんて! オレの方からも急ぐように言っておきやスんで…………ところでお嬢さんは、なんであの古着店に?」
「…………平民に話すことなどありませんわ! わたくしは何もしゃべりませんことよ!」
お嬢様に関しては、にべも無かった。
……………
「守衛長。 凶器はまだ見つかってないんスよね?」
「ああ、店内の捜査は女店主が許可しないと言ったのでな。 今、第一の方へ本格的な捜査の依頼を出している所だ」
こういった傷害事件は、通常は第一調査局の管轄だ。
レルガも当初はそのつもりでいたが、容疑者の話を聞いてみて、ある懸念が増した。
「それ、オレの方で預からせてもらっていいッスか?」
凶器は女店主、動機は中年男性、一番近くにいたのが気弱な青年。
各々が疑うに足る要素を持っている。
だがしかし、やはりレルガが気になったのは……
彼は懐から通信の魔術符を取り出し、紋に魔力を通しながら、これから話す相手にどう伝えたものかを思案し始めた。
―――――――
「おい! 随分待たせるじゃないか! 責任者は誰だ!」
守衛長とレルガが見張る中、大人しく椅子に座っていた中年男性が騒ぎ始めた。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。 もう少しだけお待ちを……」
「そんな事を言ってどれくらい経つ! 早く帰らせてくれ! 仕事があるんだ!」
「そうだよ! アタイだって店が散らかったままなんだから! 早く帰しとくれよ!」
「……あ、あの、僕も、親方に、し、叱られてしまうので……」
守衛長の窘めも通じず、堰を切ったようにギャーギャーと騒ぎだす容疑者たち。
「…………ふん!」
その様子を、部屋の隅で、壁にもたれながら遠巻きに見つめるローゼンディア伯爵令嬢。
平民に混じるのはごめんだとばかりに。
「(……おいレルガ! いつまで待たせればいいんだ! もうそろそろ限界だぞ!)」
「(すいやせん、そろそろだと思うんスけど……)」
小声で相談する二人の様子も癇に障ったのか。
最初にキレたのは、またしても中年男性だった。
「もういい! ワシは何もしていないんだ! 帰るぞ!」
「あっ! ちょっと!」
痺れを切らした中年男性が席を立った。 だが……
――ガチャっ
ふいに外へと繋がる扉の音が響く。
全員の視線がそこへと集まる。
扉を開け、姿を現したのは……
青を基調に黒を差した、一目見て格調高い制服。
灰銀の髪に長身痩躯。
顔に刻まれた皺が重厚な経験を思わせる……
第二調査局副局長、ヴァルグレイ・ゼオファルドがそこにいた。
「…………」
誰も何も喋らない。
さきほどまで威勢の良かった容疑者たちも息を飲んでいた。
一目見て、逆らってはいけない雰囲気が、否応なしに、肌へと伝わってくる。
普段は軽薄なレルガですら、その緊張感に背筋を伸ばす。
ゴクリ、と誰かの唾を飲む音が辺りに響く。
それほどの静けさ。
何をせずとも、彼は場を支配していた。
「…………」
ヴァルグレイは、眼帯をしていなかった。
その二つの琥珀色の瞳で、容疑者四人を一瞥したかと思うと……
すぐさまに、その手に持っていた眼帯を左眼に着け直す。
その動作が緊張を一瞬散らしたのか、中年男性が再び騒ぎ始めた。
「お、お前が責任者か! 我々もヒマでは無いんだ! とっとと……ぉヒュっ!!」
無謀にもヴァルグレイに詰め寄った中年男性。
ヴァルグレイはその男の顎をおもむろに掴んだ。
それほど力を入れているようにも見えないのに、中年男性の身体はビクとも動かない。
「…………」
「…………」
ヴァルグレイは、男性の顎を掴んだまま動かない。 そして何も喋らない。
中年男性は顎を掴まれたまま、上背のあるヴァルグレイにじっと見下ろされていた。
沈黙が場を支配する。
顎を掴んだまま、全く動かず、一言も発しないヴァルグレイが、怖ろしくてたまらなかった。
それはその場にいる全員の総意だった。
――無限の時間とも思えた数秒が過ぎた後、
ヴァルグレイは、男性の顎を掴んだまま、おもむろに耳元に顔を近づけたと思うと……
「……黙れ」
底冷えのするような声で、そう囁いた。
たしかに囁き声だったハズだが、その声は部屋にハッキリと響いた。
「…………っ」
中年男性は、力を失ったように席に崩れ落ちる。
その表情を見れば全てを理解できた。
男性は、蒼褪めた顔で歯を鳴らし、唇を震わせていた。
誰一人、声すら出せなかった。
―― 後編へ続く ――
「ああ、そうだろう? お前が近くにいてくれて良かったよ、レルガ」
北街の商店街の外れ。
中流店が並ぶ通りの老舗の一つ――「メリダ古着店」で刺傷事件があった。
突然、客の一人が何者かに刺されて倒れたのだ。
「店主の悲鳴を聞いた衛兵が駆け付け、迅速に現場にいた者を確保できた」
「容疑者……それがこの”四名”って事っスね」
石壁に囲まれた詰め所の小広間。
部屋の中央には大きなテーブルと、粗末な椅子が並んでいる。
守衛長とレルガ、二人の視線の先、テーブルの向かいには、半拘束されている容疑者たち。
「なぁ、悲鳴を上げて助けを呼んだのは店主のアタイなんだから、アタイが犯人なワケないだろう?」
と、メリダ古着店の女店主。
「たまたま店にいただけのワシを拘束するとはいい度胸だ! ワシを誰だと思っている!」
と、白髪で偉そうな中年男性。
「あ、あのぅ、ぼ、僕は、誰かを刺すなんて、とても…………は、早く帰してください……」
と、長身だが気弱な青年。
「他の目撃者はいたんスか? 被害者本人は?」
「被害者は「背中から刺されたため、誰が自分を刺したかは分からない」と言っている。 犯行の瞬間を見た者もいない。 何しろ店内での出来事だ」
「ふむふむ、なるほどっスね。 そして……」
そして、この事件を多分にややこしく、複雑にしているのが……
「お父様はまだいらっしゃらないの!? ローゼンディア伯爵家も随分と侮られたものですわね!」
この、四人目の容疑者にして最大の厄介事、ローゼンディア伯爵家のご令嬢さまの存在だった。
……………
「アタイの店は、先月も荒くれ共のケンカに巻き込まれて店をメチャクチャにされたばっかりなんだよ……」
「そうだったんスか~、本当に大変ッスね……オレでよければグチでも何でも聞きやスんで。 ……ところで古着店の方は、まだ本格的な捜索はされてないんスよね?」
「あ、ああ。 また、店をメチャクチャにされるのもイヤだからね! アタイの店を家探ししたいんだったら、もっとお偉いさんの許可をもってきな!」
まずは女店主から。
レルガは持ち前の空気の軽さで、各容疑者から情報を聞き出そうと会話を試みていた。
本来は衛兵の仕事だが、知り合いの守衛長からの頼みとあらばと二つ返事で了解した。
レルガの顔の広さは、こういう気安い性格の賜物もあるのだが、
この時の彼は、守衛長とは異なる視座を持っていた。
「へぇー! 北街の商会ギルドの班長さんっスか! どおりで貫録がお有りで! もう長い事やられてるんスか?」
「キミは分かっておるな! そうなのだよ、もう随分と務めて長いが、最近の若いモンは敬う事を知らん。 ギルドに聞けばワシが犯人などとあり得ないと即座に答えてくれるだろう!」
「なるほどなるほど! じゃあ早速あとでギルドの方にも伺いやスね! ……ところで、被害者の方とお知り合いだったりしやスか?」
「……ま、まぁ、知り合いというのに吝かでは無いかもしれぬという所も……ゴニョゴニョ……」
「? 歯切れが悪いっスね? 別にそこは安心していいッスよ」
「そ、そうか。 いや、知り合いと言うか、ヤツにはちょっとその……金を、借りていてな?」
白髪の中年男性は、まるで秘密を共有するかの様に、あっさりと応える。
レルガは人を警戒させない空気をもっていた。
「ぼ、僕はやってない!」
「あ~、落ち着いてくだせえ。 いくら倒れた被害者の一番近くにいたとはいえ、アンタが一番アヤシイってワケじゃないッスよ」
「……ぼ、僕だって、び、ビックリしたんだ! 急に、人が倒れて、メリダさんに悲鳴を上げられて……」
「うん、大丈夫ッスよ、落ち着いて。 ……被害者が倒れた時、アンタ一人だけが、近くにいたんスか?」
「い、いや、本当に分からないんだ。 近くにいたのは確かだけど、あの、白髪の男性もこちらを見ていた気がする…………な、何しろ、混乱してて……」
この気弱な青年が、被害者の一番近くにいたのは間違いないようだ。
だが、近くにいた――ただそれだけで犯人とは断定できない。
「ふん! お父様はまだかしら? 当然、ローゼンディア伯爵家へ使いには出したのですわよね? まったく……遅すぎますわ!」
「ええ、まったくその通りッスよね! お嬢様を待たせるなんて! オレの方からも急ぐように言っておきやスんで…………ところでお嬢さんは、なんであの古着店に?」
「…………平民に話すことなどありませんわ! わたくしは何もしゃべりませんことよ!」
お嬢様に関しては、にべも無かった。
……………
「守衛長。 凶器はまだ見つかってないんスよね?」
「ああ、店内の捜査は女店主が許可しないと言ったのでな。 今、第一の方へ本格的な捜査の依頼を出している所だ」
こういった傷害事件は、通常は第一調査局の管轄だ。
レルガも当初はそのつもりでいたが、容疑者の話を聞いてみて、ある懸念が増した。
「それ、オレの方で預からせてもらっていいッスか?」
凶器は女店主、動機は中年男性、一番近くにいたのが気弱な青年。
各々が疑うに足る要素を持っている。
だがしかし、やはりレルガが気になったのは……
彼は懐から通信の魔術符を取り出し、紋に魔力を通しながら、これから話す相手にどう伝えたものかを思案し始めた。
―――――――
「おい! 随分待たせるじゃないか! 責任者は誰だ!」
守衛長とレルガが見張る中、大人しく椅子に座っていた中年男性が騒ぎ始めた。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。 もう少しだけお待ちを……」
「そんな事を言ってどれくらい経つ! 早く帰らせてくれ! 仕事があるんだ!」
「そうだよ! アタイだって店が散らかったままなんだから! 早く帰しとくれよ!」
「……あ、あの、僕も、親方に、し、叱られてしまうので……」
守衛長の窘めも通じず、堰を切ったようにギャーギャーと騒ぎだす容疑者たち。
「…………ふん!」
その様子を、部屋の隅で、壁にもたれながら遠巻きに見つめるローゼンディア伯爵令嬢。
平民に混じるのはごめんだとばかりに。
「(……おいレルガ! いつまで待たせればいいんだ! もうそろそろ限界だぞ!)」
「(すいやせん、そろそろだと思うんスけど……)」
小声で相談する二人の様子も癇に障ったのか。
最初にキレたのは、またしても中年男性だった。
「もういい! ワシは何もしていないんだ! 帰るぞ!」
「あっ! ちょっと!」
痺れを切らした中年男性が席を立った。 だが……
――ガチャっ
ふいに外へと繋がる扉の音が響く。
全員の視線がそこへと集まる。
扉を開け、姿を現したのは……
青を基調に黒を差した、一目見て格調高い制服。
灰銀の髪に長身痩躯。
顔に刻まれた皺が重厚な経験を思わせる……
第二調査局副局長、ヴァルグレイ・ゼオファルドがそこにいた。
「…………」
誰も何も喋らない。
さきほどまで威勢の良かった容疑者たちも息を飲んでいた。
一目見て、逆らってはいけない雰囲気が、否応なしに、肌へと伝わってくる。
普段は軽薄なレルガですら、その緊張感に背筋を伸ばす。
ゴクリ、と誰かの唾を飲む音が辺りに響く。
それほどの静けさ。
何をせずとも、彼は場を支配していた。
「…………」
ヴァルグレイは、眼帯をしていなかった。
その二つの琥珀色の瞳で、容疑者四人を一瞥したかと思うと……
すぐさまに、その手に持っていた眼帯を左眼に着け直す。
その動作が緊張を一瞬散らしたのか、中年男性が再び騒ぎ始めた。
「お、お前が責任者か! 我々もヒマでは無いんだ! とっとと……ぉヒュっ!!」
無謀にもヴァルグレイに詰め寄った中年男性。
ヴァルグレイはその男の顎をおもむろに掴んだ。
それほど力を入れているようにも見えないのに、中年男性の身体はビクとも動かない。
「…………」
「…………」
ヴァルグレイは、男性の顎を掴んだまま動かない。 そして何も喋らない。
中年男性は顎を掴まれたまま、上背のあるヴァルグレイにじっと見下ろされていた。
沈黙が場を支配する。
顎を掴んだまま、全く動かず、一言も発しないヴァルグレイが、怖ろしくてたまらなかった。
それはその場にいる全員の総意だった。
――無限の時間とも思えた数秒が過ぎた後、
ヴァルグレイは、男性の顎を掴んだまま、おもむろに耳元に顔を近づけたと思うと……
「……黙れ」
底冷えのするような声で、そう囁いた。
たしかに囁き声だったハズだが、その声は部屋にハッキリと響いた。
「…………っ」
中年男性は、力を失ったように席に崩れ落ちる。
その表情を見れば全てを理解できた。
男性は、蒼褪めた顔で歯を鳴らし、唇を震わせていた。
誰一人、声すら出せなかった。
―― 後編へ続く ――
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