1 / 1
無常な羊と12月
しおりを挟む
拝啓
昔の約束を覚えていますか?
美しい夜空の下にいます。星は煌めき、吹雪く風も暖かいような、そんな気がいたします。
先程、レストランに行ってきました。大変愉快な所でして、スタッフの方でしょうか、料理を待つ間、私に手品を見せて下さったのです。
トランプの番号を当てるとか、容器の中を透視するとか...様々なマジックがございました。その中で、手紙に文字を浮かび上がらせるものが、特に驚かされました。
実は、その紙をプレゼントして頂きまして、是非貴方にも見て頂きたいと思いましたので、こちらに貼り付けておきました。
羊が鳴いている。羊が鳴いている。
外では羊が鳴いている。外では羊が鳴いている。
羊が鳴いている。羊が鳴いている。
裸の羊が鳴いている。裸の羊が鳴いている。
羊が鳴いている。羊が鳴いている。
貴方と羊が鳴いている。貴方と羊が鳴いている。
羊が鳴いている。羊が鳴いている。
いかがでしょう?とても好い言葉ではありませんか。
是非、また改めて訪れたいと思います。来年もそうしたいですし、良ければその先も、そのまた先も、どうか。
ところで
昔の約束を覚えていますか?
「おめでとうございます」
その一言で、私はおめでたいのだろうと感じた。周りも悲痛な感情を示している様子はないし、強いて言えば、幾人かが目を赤らんでいた程度だった。
黒い服を羽織った語り手の声は、昔に聞いたことがあった。3年前のことで、正直何を語っていたか、定かではない。当時の言葉も、喜ばしいことだったのかもしれない。
「ありがとうございます」
響く声は1人。前の成人は静かに頭を下げた。適切な表現かはともかく、律儀な人だった。明るいとは言えない照明の下、貴方を視てるかは分からないだろうに、とは思う。
しかし、街並みには慣れない。立つ鳥肌と足取りを知らないように、ポップな音楽が流れていった。
夢を見たのは、その日だった。
時計は5時半を指している。いつも病床に看護師が来るのは、6時とか、6時半とか。そんな想起を弄びつつ、乱雑な机に目を通す。
ToDoリストが映る。チェックは入っていない。項目さえも、そこにはない。
羊が消したのだ。
試験用紙に書き漏らした、解答番号が耳に鳴る。幾月の備えも無に化して、土に鼓動を垂れ流す。
音の響かないドアを、叩く。
テレビで眺めたような、雪景色が広がっている訳ではない。リボンに囲われた白箱は、ちょっとはあったかもしれない。
ふと、羊が映る。羊はその大柄の羽毛を抱え、のそのそと近づいてくる。
「言いたいことが、あります」
「は、はぃ...何でしょう?」
「その、おめでとうございます」
羊は見つめる。羊には分からないことだ。
それでも、羊には伝える義理がある。
「ありがとうございます」
羊は答える。羊は自分を理解している。
言葉を著すのが、羊の定めである。
「素敵な夜は、過ごせましたか?」
「うーん...そうでもない」
「そうですか。それでも、おめでとうございます」
穏やかに、羊は告げる。上がることのない顔が映ると、まるで噛みつく狼のようだった。
棘と〆縄の間に過ごす日々は、始まり、終わり、始まっていく。目にするか分からぬ朝に向け、夜はこの後も続く。
風はガラスに吹き付け、震う。
原稿用紙は冷たい。
左手の空白は、筆跡の力不足を訴える。埋め尽くしたかと思えば、更なる穴がひたすらに待つ。たとえ行先のない旅であっても、一様な砂利道を眺めるばかりなどということがあるだろうか?
思うに、書くこと程に苦痛を覚えるものはない。多くの生物に言葉が開かれた現代、文字の表出は誰にも手を差し伸べている。しかし、未発見の原子を捉えよとか、五輪で金メダルを掲げよとかに類するように、記入は実に途方もない営みとなった。
キーボードから離れた指先がテーブルをなぞる。薔薇の棘には、熱の籠った息には、呪縛に塗れた罵声には、この触覚が知らない悦びがあり、豪勢故にその首を引き千切るのだろうか。脳の掛軸は、未だに「自立せよ」なんて論理矛盾を宣う。文字は汚い。結局悪筆の方が、冷たく、しかし凍結することのない用紙には相応しいのではないか?
原稿用紙は冷たくなった。
最早、それすらも出来ない。悴みすらしない手を、書くことは見放した。
だとしたら、文字を待つなど馬鹿げた話であって、素敵な食事に浸って、美味しいとか不味いとか謳って、その感傷に痛んで、堕ちて、妬んで、完成しない手品の果てを、ひたすらに自嘲していればいい。
横たわる白い毛を撫でる。羊は応えない。言葉のないことさえ、言葉で著す自分の昏さを恥じた。
同時に、羊はその肢体を翻し、日記には、あの陽気な曲の歌詞でも写せば良いだろうと述べるのだった。今になって、一体誰が耳にしているのかも分からない。誰が知ってるかも分からない。しかし、それでも羊が反復し得るのは、事柄と示す手段が在るからであって、1年が過ぎて1年が来るのも、そこに1年が存在し、それを1年と呼ぶからだと話した。すぐに「ただし...」と加えると、羊も正しい歌詞を覚えている訳ではないと語った。自分は言葉を操る者ではなく、言葉に操られるものに過ぎなくて、強いて言うならば、手品を楽しむコツは、軽く、楽しむ備えをすることだと口にした。
牧師は次のように語った。
牧師はある日、急に視界が眩むのを感じた。土埃に塗れ、日々打ち込んできたラグビーの中で、網膜が傷つけられていた。急遽入院することとなり、幾度かの手術を含め4ヶ月、色のない部屋で過ごすこととなった。
健康が取り柄だった牧師にとって、何も果たせない病床はとても苦しいことであった。どうしてこのような苦難を与えるのか、問い続けるばかりだった。そんな折、ある者がお見舞いに訪れた。
共に公園に通い、同じ学校で学ぶ相手。決して、何か悦ばしい言葉を語った訳でも、特別な贈り物があった訳でもない。そもそも、誰も、私も呼んではいない。
しかし、そこに来て、そこに在った。不安に沈む牧師にとって、とても勇気付けられる出来事だった。
降誕祭なるものは、非情なイベントだと思う。羊の都合などつゆ知らず、勝手に今年も訪れる。飾り付けを終えようと、終える暇がなかろうと、変わりなく到来する。
しかし、仮にもクリスマスギフトがあるとしたら。結局、クリスマスが一様に押し付けられることにこそ、意味が在るのではないか。
オルガンの音は、きっと荘厳と評した方が近しい。あの手紙はまだ第1版であって、来年には新たな文言となっているかもしれない。最も、書くものが在ればの話だが、それはそれであって、送り手が強いられる訳でもないと感じる。
昔の約束を覚えていますか?
美しい夜空の下にいます。星は煌めき、吹雪く風も暖かいような、そんな気がいたします。
先程、レストランに行ってきました。大変愉快な所でして、スタッフの方でしょうか、料理を待つ間、私に手品を見せて下さったのです。
トランプの番号を当てるとか、容器の中を透視するとか...様々なマジックがございました。その中で、手紙に文字を浮かび上がらせるものが、特に驚かされました。
実は、その紙をプレゼントして頂きまして、是非貴方にも見て頂きたいと思いましたので、こちらに貼り付けておきました。
羊が鳴いている。羊が鳴いている。
外では羊が鳴いている。外では羊が鳴いている。
羊が鳴いている。羊が鳴いている。
裸の羊が鳴いている。裸の羊が鳴いている。
羊が鳴いている。羊が鳴いている。
貴方と羊が鳴いている。貴方と羊が鳴いている。
羊が鳴いている。羊が鳴いている。
いかがでしょう?とても好い言葉ではありませんか。
是非、また改めて訪れたいと思います。来年もそうしたいですし、良ければその先も、そのまた先も、どうか。
ところで
昔の約束を覚えていますか?
「おめでとうございます」
その一言で、私はおめでたいのだろうと感じた。周りも悲痛な感情を示している様子はないし、強いて言えば、幾人かが目を赤らんでいた程度だった。
黒い服を羽織った語り手の声は、昔に聞いたことがあった。3年前のことで、正直何を語っていたか、定かではない。当時の言葉も、喜ばしいことだったのかもしれない。
「ありがとうございます」
響く声は1人。前の成人は静かに頭を下げた。適切な表現かはともかく、律儀な人だった。明るいとは言えない照明の下、貴方を視てるかは分からないだろうに、とは思う。
しかし、街並みには慣れない。立つ鳥肌と足取りを知らないように、ポップな音楽が流れていった。
夢を見たのは、その日だった。
時計は5時半を指している。いつも病床に看護師が来るのは、6時とか、6時半とか。そんな想起を弄びつつ、乱雑な机に目を通す。
ToDoリストが映る。チェックは入っていない。項目さえも、そこにはない。
羊が消したのだ。
試験用紙に書き漏らした、解答番号が耳に鳴る。幾月の備えも無に化して、土に鼓動を垂れ流す。
音の響かないドアを、叩く。
テレビで眺めたような、雪景色が広がっている訳ではない。リボンに囲われた白箱は、ちょっとはあったかもしれない。
ふと、羊が映る。羊はその大柄の羽毛を抱え、のそのそと近づいてくる。
「言いたいことが、あります」
「は、はぃ...何でしょう?」
「その、おめでとうございます」
羊は見つめる。羊には分からないことだ。
それでも、羊には伝える義理がある。
「ありがとうございます」
羊は答える。羊は自分を理解している。
言葉を著すのが、羊の定めである。
「素敵な夜は、過ごせましたか?」
「うーん...そうでもない」
「そうですか。それでも、おめでとうございます」
穏やかに、羊は告げる。上がることのない顔が映ると、まるで噛みつく狼のようだった。
棘と〆縄の間に過ごす日々は、始まり、終わり、始まっていく。目にするか分からぬ朝に向け、夜はこの後も続く。
風はガラスに吹き付け、震う。
原稿用紙は冷たい。
左手の空白は、筆跡の力不足を訴える。埋め尽くしたかと思えば、更なる穴がひたすらに待つ。たとえ行先のない旅であっても、一様な砂利道を眺めるばかりなどということがあるだろうか?
思うに、書くこと程に苦痛を覚えるものはない。多くの生物に言葉が開かれた現代、文字の表出は誰にも手を差し伸べている。しかし、未発見の原子を捉えよとか、五輪で金メダルを掲げよとかに類するように、記入は実に途方もない営みとなった。
キーボードから離れた指先がテーブルをなぞる。薔薇の棘には、熱の籠った息には、呪縛に塗れた罵声には、この触覚が知らない悦びがあり、豪勢故にその首を引き千切るのだろうか。脳の掛軸は、未だに「自立せよ」なんて論理矛盾を宣う。文字は汚い。結局悪筆の方が、冷たく、しかし凍結することのない用紙には相応しいのではないか?
原稿用紙は冷たくなった。
最早、それすらも出来ない。悴みすらしない手を、書くことは見放した。
だとしたら、文字を待つなど馬鹿げた話であって、素敵な食事に浸って、美味しいとか不味いとか謳って、その感傷に痛んで、堕ちて、妬んで、完成しない手品の果てを、ひたすらに自嘲していればいい。
横たわる白い毛を撫でる。羊は応えない。言葉のないことさえ、言葉で著す自分の昏さを恥じた。
同時に、羊はその肢体を翻し、日記には、あの陽気な曲の歌詞でも写せば良いだろうと述べるのだった。今になって、一体誰が耳にしているのかも分からない。誰が知ってるかも分からない。しかし、それでも羊が反復し得るのは、事柄と示す手段が在るからであって、1年が過ぎて1年が来るのも、そこに1年が存在し、それを1年と呼ぶからだと話した。すぐに「ただし...」と加えると、羊も正しい歌詞を覚えている訳ではないと語った。自分は言葉を操る者ではなく、言葉に操られるものに過ぎなくて、強いて言うならば、手品を楽しむコツは、軽く、楽しむ備えをすることだと口にした。
牧師は次のように語った。
牧師はある日、急に視界が眩むのを感じた。土埃に塗れ、日々打ち込んできたラグビーの中で、網膜が傷つけられていた。急遽入院することとなり、幾度かの手術を含め4ヶ月、色のない部屋で過ごすこととなった。
健康が取り柄だった牧師にとって、何も果たせない病床はとても苦しいことであった。どうしてこのような苦難を与えるのか、問い続けるばかりだった。そんな折、ある者がお見舞いに訪れた。
共に公園に通い、同じ学校で学ぶ相手。決して、何か悦ばしい言葉を語った訳でも、特別な贈り物があった訳でもない。そもそも、誰も、私も呼んではいない。
しかし、そこに来て、そこに在った。不安に沈む牧師にとって、とても勇気付けられる出来事だった。
降誕祭なるものは、非情なイベントだと思う。羊の都合などつゆ知らず、勝手に今年も訪れる。飾り付けを終えようと、終える暇がなかろうと、変わりなく到来する。
しかし、仮にもクリスマスギフトがあるとしたら。結局、クリスマスが一様に押し付けられることにこそ、意味が在るのではないか。
オルガンの音は、きっと荘厳と評した方が近しい。あの手紙はまだ第1版であって、来年には新たな文言となっているかもしれない。最も、書くものが在ればの話だが、それはそれであって、送り手が強いられる訳でもないと感じる。
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる