無常な羊と12月

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無常な羊と12月

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 拝啓
 昔の約束を覚えていますか?
 美しい夜空の下にいます。星は煌めき、吹雪く風も暖かいような、そんな気がいたします。
 先程、レストランに行ってきました。大変愉快な所でして、スタッフの方でしょうか、料理を待つ間、私に手品を見せて下さったのです。
 トランプの番号を当てるとか、容器の中を透視するとか...様々なマジックがございました。その中で、手紙に文字を浮かび上がらせるものが、特に驚かされました。
 実は、その紙をプレゼントして頂きまして、是非貴方にも見て頂きたいと思いましたので、こちらに貼り付けておきました。
 
 羊が鳴いている。羊が鳴いている。
 外では羊が鳴いている。外では羊が鳴いている。
 羊が鳴いている。羊が鳴いている。
 裸の羊が鳴いている。裸の羊が鳴いている。
 羊が鳴いている。羊が鳴いている。
 貴方と羊が鳴いている。貴方と羊が鳴いている。
 羊が鳴いている。羊が鳴いている。

 いかがでしょう?とても好い言葉ではありませんか。
 是非、また改めて訪れたいと思います。来年もそうしたいですし、良ければその先も、そのまた先も、どうか。
 ところで
 昔の約束を覚えていますか?




 「おめでとうございます」
 その一言で、私はおめでたいのだろうと感じた。周りも悲痛な感情を示している様子はないし、強いて言えば、幾人かが目を赤らんでいた程度だった。
 黒い服を羽織った語り手の声は、昔に聞いたことがあった。3年前のことで、正直何を語っていたか、定かではない。当時の言葉も、喜ばしいことだったのかもしれない。
 「ありがとうございます」
 響く声は1人。前の成人は静かに頭を下げた。適切な表現かはともかく、律儀な人だった。明るいとは言えない照明の下、貴方を視てるかは分からないだろうに、とは思う。
 しかし、街並みには慣れない。立つ鳥肌と足取りを知らないように、ポップな音楽が流れていった。


 夢を見たのは、その日だった。
 時計は5時半を指している。いつも病床に看護師が来るのは、6時とか、6時半とか。そんな想起を弄びつつ、乱雑な机に目を通す。
 ToDoリストが映る。チェックは入っていない。項目さえも、そこにはない。
 羊が消したのだ。
 試験用紙に書き漏らした、解答番号が耳に鳴る。幾月の備えも無に化して、土に鼓動を垂れ流す。


 音の響かないドアを、叩く。
 テレビで眺めたような、雪景色が広がっている訳ではない。リボンに囲われた白箱は、ちょっとはあったかもしれない。
 ふと、羊が映る。羊はその大柄の羽毛を抱え、のそのそと近づいてくる。
 「言いたいことが、あります」
 「は、はぃ...何でしょう?」
 「その、おめでとうございます」
 羊は見つめる。羊には分からないことだ。
 それでも、羊には伝える義理がある。
 「ありがとうございます」
 羊は答える。羊は自分を理解している。
 言葉を著すのが、羊の定めである。
 「素敵な夜は、過ごせましたか?」
 「うーん...そうでもない」
 「そうですか。それでも、おめでとうございます」
 穏やかに、羊は告げる。上がることのない顔が映ると、まるで噛みつく狼のようだった。
 棘と〆縄の間に過ごす日々は、始まり、終わり、始まっていく。目にするか分からぬ朝に向け、夜はこの後も続く。
 風はガラスに吹き付け、震う。



 原稿用紙は冷たい。
 左手の空白は、筆跡の力不足を訴える。埋め尽くしたかと思えば、更なる穴がひたすらに待つ。たとえ行先のない旅であっても、一様な砂利道を眺めるばかりなどということがあるだろうか?
 思うに、書くこと程に苦痛を覚えるものはない。多くの生物に言葉が開かれた現代、文字の表出は誰にも手を差し伸べている。しかし、未発見の原子を捉えよとか、五輪で金メダルを掲げよとかに類するように、記入は実に途方もない営みとなった。
 キーボードから離れた指先がテーブルをなぞる。薔薇の棘には、熱の籠った息には、呪縛に塗れた罵声には、この触覚が知らない悦びがあり、豪勢故にその首を引き千切るのだろうか。脳の掛軸は、未だに「自立せよ」なんて論理矛盾を宣う。文字は汚い。結局悪筆の方が、冷たく、しかし凍結することのない用紙には相応しいのではないか?
 原稿用紙は冷たくなった。
 最早、それすらも出来ない。悴みすらしない手を、書くことは見放した。
 だとしたら、文字を待つなど馬鹿げた話であって、素敵な食事に浸って、美味しいとか不味いとか謳って、その感傷に痛んで、堕ちて、妬んで、完成しない手品の果てを、ひたすらに自嘲していればいい。
 横たわる白い毛を撫でる。羊は応えない。言葉のないことさえ、言葉で著す自分の昏さを恥じた。
 同時に、羊はその肢体を翻し、日記には、あの陽気な曲の歌詞でも写せば良いだろうと述べるのだった。今になって、一体誰が耳にしているのかも分からない。誰が知ってるかも分からない。しかし、それでも羊が反復し得るのは、事柄と示す手段が在るからであって、1年が過ぎて1年が来るのも、そこに1年が存在し、それを1年と呼ぶからだと話した。すぐに「ただし...」と加えると、羊も正しい歌詞を覚えている訳ではないと語った。自分は言葉を操る者ではなく、言葉に操られるものに過ぎなくて、強いて言うならば、手品を楽しむコツは、軽く、楽しむ備えをすることだと口にした。



 牧師は次のように語った。
 牧師はある日、急に視界が眩むのを感じた。土埃に塗れ、日々打ち込んできたラグビーの中で、網膜が傷つけられていた。急遽入院することとなり、幾度かの手術を含め4ヶ月、色のない部屋で過ごすこととなった。
 健康が取り柄だった牧師にとって、何も果たせない病床はとても苦しいことであった。どうしてこのような苦難を与えるのか、問い続けるばかりだった。そんな折、ある者がお見舞いに訪れた。
 共に公園に通い、同じ学校で学ぶ相手。決して、何か悦ばしい言葉を語った訳でも、特別な贈り物があった訳でもない。そもそも、誰も、私も呼んではいない。
 しかし、そこに来て、そこに在った。不安に沈む牧師にとって、とても勇気付けられる出来事だった。
 降誕祭なるものは、非情なイベントだと思う。羊の都合などつゆ知らず、勝手に今年も訪れる。飾り付けを終えようと、終える暇がなかろうと、変わりなく到来する。
 しかし、仮にもクリスマスギフトがあるとしたら。結局、クリスマスが一様に押し付けられることにこそ、意味が在るのではないか。
 オルガンの音は、きっと荘厳と評した方が近しい。あの手紙はまだ第1版であって、来年には新たな文言となっているかもしれない。最も、書くものが在ればの話だが、それはそれであって、送り手が強いられる訳でもないと感じる。
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