優しいおこりんぼう

蔵間 遊美

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7.墜落

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「少佐。カルヴァナリアス星が見えてきました」
 キムの腹心の部下が、キムに目的地が近いことを告げる。
「そうか。カルヴァナリアス星の中枢機関は判別出来るか?」
「はい」
 キム以下10人程を乗せた艦は2週間かけ、ようやくカルヴァナリアス星へと到着した。
「ふーん…では中枢機関を破壊すれば、こんな星、簡単に掌握出来そうだな…」
 キムは顔色一つ変えずに恐ろしい事を言ってのける。
「よし。中枢機関を破壊せよ」
「了解」
 オペレーターがそう応え、攻撃目標を設定した途端に画面が真っ赤になり、警告音が流れだした。
「なっ! なんだ?!」
 艦内に動揺が走る。ブッとモニタが勝手に切り替わる。
『警告、警告。貴艦はカルヴァナリアス星の領域内に無断で侵入しています。直ちに立ち去りなさい。立ち去らない場合は害意が有ると判断し攻撃します。繰り返します…』
 地球連邦標準言語だけではない。あらゆる言語でこの言葉が繰り替えされる。
「おい! 一体コレはなんだ?!」
 キムの焦りの声に、部下達も焦りの色を隠せない。
「わ、わかりません!」
「くそっ!」
 キムはモニタを睨む。そしてはっとある一点に目を止めると、目を見開いた。
「あ、あれはっ?!」
 慌ててキムは手元のコントロールパネルを操作してその場所を拡大する。
 その画像を見て、艦内が凍り付く。拡大された画像に映っている物はその名の由来となった大きな砲口を光り輝かせながら、ゆっくりとこちらを向きはじめていた。
「なっ! なんで『キュクプロス』の『ブロンテース』がっ?!」
 それは地球連邦軍の一つ目の巨人から名をとった軍事衛星『キュクプロス』の三つのうちの一つ『ブロンテース』だった。地球連邦でも本部のある地球や、重要な軍事施設に数える程しかない最高性能のステルス性軍事衛星だ。
『警告、警告。害意があると判断し攻撃します。繰り返します。害意が有ると…』
 艦内は完全にパニックに陥る。だがキムの立ち直りは早かった。はっと我に返ると部下を怒鳴り付ける。
「早く攻撃回避行動を取れ!」
「はっ! はい!」
 慌てて部下達はコントロールパネルに飛びつく。同時に『ブロンテース』から対艦用ビーム砲が発射されたが、なんとか躱す。
「くそっ!『ブロンテース』を…」
 キムがそう言いかけた所へ、衝撃が襲い、艦内の人間は全て床へと投げ出される。
「?! なっ! なんだ?!」
 キムはなんとか起き上がると叫ぶ。『キュクプロス』はどのタイプも対艦用ビーム砲を1度発射すると次に発射するのに時間がかかる。その為『ブロンテース』『ステロペース』『アルゲース』と3機セットで配置されていた。
 そこまで思い出し、キムはハッと気付くと慌ててコントロールパネルを操作して、『ブロンテース』がある反対側を拡大する。
 そこには。
「『ステロペース』っ…?!」
 そこには今、対艦用ビーム砲を発射した名残の光をその砲口に残す『ステロペース』の姿があった。
「どうして…! どうしてこんな星にっ…!」
 キムは驚きに眼を見開いたまま。だが、状況はそんな彼の状態を考慮してはくれない。
「た、大変です! 動力部が破損!」
「カルヴァナリアス星の重力に掴まったようです!」
「こ、このままでは墜落してしまいます!」
 部下達の悲鳴まじりの報告にも、キムは呆然とモニタを見つめるしかできなかった。

 静かな部屋にビーッ!ビーッ!と警告音が鳴り響く。
 議長は片眉を上げて、手元のモニタをつけた。ざっと内容を確認し、何かを打ち込む。そしてモニタを見ながら電話を手に取る。
「カーロス」
『…どうしはりました?』
 電話のモニタには20代半ば頃、細長い目、小さな黒い瞳が冷めた色をしたスキンヘッドの青年が映し出された。
「あんまり歓迎したない客が来たみたいや。巨人さんが退治してくれたみたいやけどな」
 議長が指で空を指し示しながらそう告げるが、カーロスは眉一つ動かさない。
『そうですか…艦のタイプは?』
「う~んと…地球連邦の偵察艦みたいやな」
『わかりました。どこへ落ちそうです?』
「待てや。今、計算させるさかい…」
 そう言いいながら、またもや何かを打ち込む。そうしてモニタに出て来た座標をカーロスに告げた。
『それならムナス村の外れぐらいですね』
 カーロスは素早く場所を特定する。
「ほんなら悪いけど、ムナス村の人間避難さすさかい、カーロスはちゃんと装備させた人間連れて、お客さんのお出迎えに行ってくれるか?」
『はい。あぁ、議長』
 カーロスはモニタを切ろうとした議長の手をとめさせた。
「ん? なんや?」
『髪を黒にしたのはいいですが、地が緑、そして黄色の水玉の肌に赤のコンタクトの組合わせは毛虫みたいです。それでは』
 無表情に言いたい事だけ言うと、カーロスはブツッと通信を切った。
「…違う色にすりゃあいいんだろ」
 議長はブスッと切れた電話に向かって文句を垂れた。

「ありゃ? また船や」
 畑で一人がそう言って空を仰ぐ。つられてソラとシイラも空を見上げた。
「おいおい。派手に煙り吹いてるでー?」
「大丈夫かなぁ~」
 一人が心配そうに言う。さすがにあんなに派手に落ちてくる艦は少ない。
「ま、大丈夫、大丈夫。今まで墜落して死んだ人おらへんやーん」
 ところが一人がこう言うと、皆でそれもそっか~と和やかな雰囲気に戻ってしまった。
「……ウチはたまにここらへんの呑気さがイヤになるのや…」
 ソラに付き合って農作業を手伝っているために、大分日焼けしたシイラはぐったりと鍬にもたれかかった。
 だが、ソラは無表情に空を見つめている。
「ソラさん?」
 シイラの訝しげな声にはっとしたようにソラは振り返る。
「……いえ、中の人が無事だといいなと」
「……ふ~ん」
 シイラは何気なく相づちを打つ。実はついこの間、夜中に目を醒ますとソラがどこかへと急いでいるのを目にしてしまったのだ。シイラが慌てて追いかけると、墜落した船へと入って行く。どうするつもりなのだろう、中へ踏み込むべきかと迷っているうちにソラが出て来た。
 そして、無表情に船を暫く見上げていた。
 シイラにはその時のソラの様子がとても頼りなげに映ったのだ。無表情なのに親とはぐれた子供のような雰囲気が漂っていた。それからも毎晩ソラは、同じ時刻に船へと通っている。ただ船が動く様子もなく、シイラは議長に報告すべきかどうか悩んでいた。
 だが、続いてまた船が落ちて来た。そんな偶然があるのだろうか。しかしシイラは、ソラの態度から、彼がこの星に害をなすとはとても思えなかった。

「カーロスさん。来ましたで」
 一方、ムナス村の外れではカーロスが、武装したモイスト達救助隊の面々と艦が墜落してくるのを待ち構えていた。カーロスは細い目を目をさらに細めて空を見上げると、軽く頷く。
「大体計算通りの位置に落ちてきそうやな。ほな、打ち合わせ通りに。マスク忘れたらあかんで。それから無茶をせんこと。皆、怪我なく無事が一番やからな」
「はい」
 そう返事をすると、全員が一斉に手慣れた様子でガスマスクを装着する。同時にドーン!と地響きを立てながら艦が墜落した。
「ほな、行くで」
「はい」
 カーロスの合図で、全員のエアバイクが浮き上がった。

「うっ…」
 なんとか最悪な事態は免れたものの、無傷では済まなかった。
「くそっ…鎖骨と脇腹がイッたか…」
 キムはそう呟いて、なんとか顔を上げる。部下達があちこちで床に倒れ伏し、呻いている。なんとか脱出しなくては…そう思うが、体が思うように動かない。なんとか気力を奮い立たせて立ち上がろうとした時だった。
 カタン。
 キムは反射的にその音の方へと振り返る。そこに何やらブシューと音がする物が転がっていた。え?と思う間もなく頭が霞がかってくる。
「…?! …催眠…弾?!」
 薄れて行く意識に、最後まで抵抗したのは自分が戦闘のプロであるというプライドだけだった。だがそれも重傷を負っている身では無駄な抵抗だった。
『ガンコなお人もおるもんやな』
 暫くしてそう呟きながらコックピットに入って来たのは、ガスマスクを付けたカーロスだった。全員が意識を失っている事を確認すると、外の人間に運び出すように命じた。

 ふぅっと意識が浮上する。
「お? 気が付いたみたいやの」
 キムは緩慢に声のした方へと、顔を向けて硬直した。
「あ? なんや?」
 だが、自分を見て固まったままのキムを見て、ソレは首を傾げている。するとその隣にいるスキンヘッドの青年が無表情に、淡々とソレに突っ込みを入れた。
「……せやからその色合いも駄目や言うたやないですか」
「なんでやねん。お前が髪の黒はかまへんけど、緑と黄色の水玉に赤のコンタクトの組合わせは毛虫みたいや言うから、地肌を紫にして金赤の水玉にしたんやんか」
「……貴方の色彩感覚は視覚の阿鼻叫喚です」
「! お前ひどい!」
 ソレはがーん!と頭の上に擬音が付きそうなくらい仰け反る。
「ひどないです。手早くお話始めませんと先に進みしませんやろ。早う」
「…憶えとけよ」
「些末な事は忘れるようにしてますねん」
「………」
 その漫才のようなやりとりの後、わざとらしくコホンと咳をしてソレがキムへと向き直る。
「あー、俺が一応この星の代表の議長や」

 ………。

「は?」
 キムは口から間抜けな声が出るのを止められなかった。
「せやから。俺が。この星の代表」
 キムは暫く考え込んだ後、隣の青年へと視線を移す。
「……こっちの方が代表なんじゃないのか?」
 その質問に青年は淡々と無表情に答える。
「精神的に大変お気の毒や思いますけど、ホンマにこの人が総責任者で、私はその下に付いてるカーロス言いますねん」
「なんやねん。その精神的につーのは?」
 議長がギロリと睨んでもカーロスは表情を一切変えない。
「……」
 呆然としているキムに議長が話しかける。
「んで? お前らの用件はなんやねん? うちの星が『永世中立星』やって知ってるやろ? せやのにビーム砲ぶっぱなそうとしやがって…」
 キムは不機嫌そうな議長のその言葉に自分を取り戻す。
「……さぁな」
 口元に薄く笑いを張り付けて議長を見る。議長は肩を竦めた。
「まぁ、なんとなくわかってるけどな。地球連邦軍アテネ所属、トライア将軍下のキム少佐殿…当たりやろ?」
「?!」
 いきなり自分の所属と名前を言われてキムは驚愕に目を見開く。
「貴様っ…! 何故…!」
 すると議長はニヤリと笑う。…今の色合いだけに無気味さが増す。
「秘密や」
 だが、ふと墜落する瞬間の事を思い出す。
「…何故…何故こんな辺境の星に『キュクプロス』がある?」
「あぁ? 『キュクプロス』? なんじゃそりゃ?」
 本当に分からない様子の議長に、キムは怒鳴りつけそうになるのを堪えて言い直す。
「あの軍事衛星だ」
 すると議長は、ふふんと言わんばかりに胸をはった。

「あぁ、アレな。拾得物」

「………は?」
 キムは痛みも忘れて目が点になる。
「せやからアレは拾得物やねん」
「しゅ、しゅうとくぶつって…」
 するとカーロスが続ける。
「このバミューダ宙域は中立地帯でもあり、事故が多い為に航行ルートから外れてます。せやけど、ソレが反対にいいという場合もありますさかい…」
 そこでキムは思い当たる。
「極秘実験の為の輸送ルートかっ…!」
「あったり~♪ んで、その最中落下して来たと言うわけや。当然『永世中立星』に落ちて来たわけやから、拾得者であるこの星の物になるんやね、これが♪」
「貴様! アレがどれ程重要な物かっ…!」
 キムが怒りに震えながら言葉を発しても、議長はただ肩を竦めるだけだった。
「そんなん知らん。落とす方が悪い」
「何だとっ…?! 低文明の星の癖にっ…!」
 だが、キムがそう吠えた途端、議長の纏う空気が一変する。

 顔に浮かべていたおどけたような面白がっていた笑みは、獲物を追いつめたような残酷なものへと変わり、それまで呑気そうな雰囲気を漂わせていたのが、見つめらるだけでも恐怖に体が震える程の威圧感へと変わる。

「あ…ぅ…」
 その雰囲気にキムは、カタカタと体が震えだすのを止められない。
「低文明だと…? この星の良さも知らん奴に言われたないなぁ…」
 ただ静かに話しているだけなのに、それが余計に議長の怒りを感じる。
 今までどんな敵と対峙してきてもこんな恐怖を感じた事はなかった。
 キムが恐怖の為に言葉が出てこないのを見て取ると、カーロスは無表情のまま議長を拳骨で殴る。
「いでぇっ! カーロスなにすんねん!」
 途端に議長からの威圧感が消え去る。キムは知らず詰めていた息を大きく吐き出した。
「むやみやたらとよそ様を威嚇したらあきませんやろ」
「俺は犬か!」
 議長がそうやって噛み付いても、カーロスは無表情のままだった。
「犬やったらそないにヘンテコリンな配色してませんで。それに知ってる人だけ知ってればえぇんです」
「……」
 議長がジトーッと睨んでもカーロスの表情は変わらない。結局議長が根負けしたような形となる。
「わかったよ。お前命拾いしたな。今日はここまでにしといたるわ」
 議長はチラリと横目でキムをねめつけた。その鋭い視線には先程の残酷さが僅かに含まれており、キムは先ほど感じた恐怖が甦ってきてまた体が震える。だが、懐の違和感に気付くと慌てて、部屋を出ていきかけた議長とカーロスに向かって怒鳴る。
「俺の銃をどこへやった?!」
 焦った様子のキムに、議長が驚いたように振り返り、しばらく考えた後、あぁと呟いて懐からあの銃を取り出した。
「これのことか?」
「返せ!」
「いやプー」
 議長はそう言うなり、アッカンベーと舌を出す。
「議長…」
 カーロスはあきれたような声を出したが、キムがベッドから降りようとするのを見て、慌てて駆け寄る。
「そないなけがで何をする気ですのや」
「うるさい! どけ!」
 痛みに顔を顰めながらも、キムは必死の形相で議長に向かって手を伸ばそうとする。
「ちょっ…」
 カーロスがなんとか落着かせようとした時だった。後ろに誰かが急速に近付く気配がするのを感じた途端、ヒュッと耳の横を風がきる音がする。疑問に思う間もなく、目の前のキムに誰かの拳が見事に決まっていた。
「ぐあっ!」
 その拳は議長のもので、なんと議長はキムを容赦なく殴り倒したのだ。さすがのカーロスも顔色を変える。
「ちょっ…何してはりますのん」
 そう言いながらキムを見ると、見事にのびており、ざっと見たところでは怪我が悪化した様子はない。念のためにナースコールを押すカーロスをしり目に、議長は全く悪びれる気配がなく、殴った方の手をヒラヒラとさせていた。
「大げさやなぁ。これぐらいで死なへんわ」
 その議長の発言にカーロスは微かに眉を寄せると、額に手を当てる。
「そういう問題やあらしませんやろ?」
「そういう問題や。大丈夫、大丈夫」
 議長はつまらなさそうにそう言うと、病室の外に声をかける。ヒョイと顔を覗かせたのは、モイストだった。モイストはニヤリと笑う。
「えっらい鈍い音しましたねぇ?」
「ほぅかぁ?」
 議長は空とぼける。カーロスは腰に手を当てた。
「議長」
「なんや。なんか文句あるんか?」
 議長は全く反省している様子はない。カーロスはやれやれといった感じに頭を振ると、いきなり拳骨で議長の頭をガツンと殴る。その様子にモイストは口を慌てて押さえる。
 思いっきり吹き出しそうだったので。
「イタッ?! 何すんねん!」
「そんな子供じみた真似して、えぇ大人がどないしますのん。さっきもちゃんと言いましたやろ? 判る人だけ判ればえぇんやと」
 平静に諭すカーロスに議長は、目を逸らして頬を膨らます。
「……」
「全くもう…」
 目を逸らしたまま無言の議長をもう一度無表情のまま拳骨で殴ると、カーロスはさっさと部屋を出ていった。
「ブッ…! ブハッ! ブハハハハハ!」
 まるで幼い子の兄弟喧嘩のようなその様に、たまらずモイストは吹き出してしまう。
「…モイスト笑い過ぎや」
「すんませんねぇ…いやもう…ブハハハ!」
「るっせぇ!」
 とうとう腹を抱えて笑い出すモイストを、今度は議長が殴る。
「アイテテテ…」
「お前のことやから心配してへんけど、ぬかりのぅ見張っとけよ!」
「アイアイッサー」
 まだ不機嫌そうな議長に向かって、モイストは笑いの残る顔のまま、敬礼をした。
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