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第■■章《片羽の無い天使》
第■■章4『君は誰だ』
しおりを挟む"香々彩羽"。
「イロハちゃんっすね。カカイロハちゃん」
「はぁ、そう読むのか。変わってんなぁ」
ところ変わって不思議部部室。部室といっても、物置を改造してできたハリボテのようなものだが。“カカ”って聞いたら、“ロット”しか出てこないボクにそう教えてくれたのは、
「───そう! 世界で四人しか居ないとされる在仏という苗字の男! 敬愛すべきレイ先輩率いる不思議部の名助手にして、ワトソン役! この在仏タツクのことですかっ!」
同整美委員会所属の、二年生にして野球部のエース。そう、彼こそがウッザいボクの後輩、アリボトケ少年だった。ちなみに、全国に在仏姓が四人しか居ないというものは、アリボトケ調べである。
「はいはいうるさいうるさい。お前のことは十分に理解しすぎたから、もう帰っていいぜ」
「俺、自己紹介のためだけに呼ばれたんすかっ!?」
辛いな。こいつと二人きり、同じ空間だなんて。あいにく、タオ先生は当直の仕事で消えたばかり。蝙蝠しか友達の居ないこの陰キャに、語尾に高確率で“!”が付くような野球部エースの相手はキツい。
正直、同じ委員会にしたって、何故ここまでコイツがボクに懐いているのかは不明である。用が無くたって、ボク一人しか居なくなった今でも、アリボトケは毎日のようにここに来ているのだ。不思議部の一員でもないくせに。にかにかと日焼けした黒い肌の中、白い歯が輝いている。何が楽しいんだか。尾を振る子犬のように。
「……はぁ。なんか、お前と居ると疲れる」
「まだ、そんなに話してないっすよねえっ! てゆーか、イロハちゃんのことを聞きたいんでしょ、先輩?」
「ん、あー? そーだっけなあ」
適当に返事をすれば、アリボトケはムスッと頬を膨れさせた。こんな奴がバカみたいにモテる、というのだからおかしな世の中だ。
さておき。そういえば、告白してきた女の子、香々 彩羽ちゃんについて聞くために呼んだんだっけ。というか、呼んでもないのに、勝手にきたんだろ。なにを隠そう、こいつはイロハちゃんと同じ、二年E組なのだ。そうでもなければ、こんな奴を頼るまい。
「ええー。俺、この前《頼りたい男ランキング》で第一位とったんすよぉ」
「あぁ、そういえばやってたな、壁新聞」
放送委員と広報委員の合作だと言っていたっけ。たしか、全校アンケートを実施して。他にも街頭インタビューを行ったらしい。五学年六クラスずつもあるこの学校で、一位をとってしまう2年生と知り合いなのかボクは。恐ろしいな。先輩の面潰しに来てるだろ。
「レイ先輩は、何位だったんすか?」
天然なのか、何なんだコイツは。ボクが先輩後輩分け隔てなくモテないなんてことは、分かりきっているくせに。悪びれもしないその少年にボクは、
「何位だと思う?」
と、意地悪な質問をしてやった。すると彼はその目をまん丸くして、
「え、俺ん中じゃレイ先輩は1番っすよ」
息を吐くように即答した。
「はっ?」
「世間一般市民には分からない良さがあるんすよねー。だから、イロハちゃんの求愛にも、なんとはなしに頷けちゃうんすよ。ええっと待ってくださいよ。俺が注目してたのは、レイ先輩が一匹狼時代のころからで。まぁ、いわゆる無名のときからで」
歯の浮くような、ボクが浮いてしまうようなことを並べていくのだ。
「うっ……お、おい! もういい! 恥ずかしっ! もー、ボクを褒めないでくれぇっ!」
人慣れしてないボクのHPはゼロだ! そんな純真な目でボクを見るなぁああっ。ほんのジョークだったんだあああぁ。ボクは思わず赤面してしまった。
今ボクは、頼りたい男No.1(ド天然)に脅されているんじゃないかっ!? いかんいかん、脱線しすぎだ。
「冗談……、そういえばアリボトケ。イロハちゃんって、冗談言ったり、嫌がらせとか普通にしちゃったりするタイプの女子?」
ボクはすぐさま尋問に移った。
「いーえ、全然。明るいし成績も優秀で、好感度バツグン! 絵もうまいし料理もうまい!」
想像していたものとは、まるで違う回答だった。このアリボトケがつまらん嘘をつくようにも思えないし。絵がうまいのは認めるが、気になるのはそれ以外。
「イロハちゃんて、根暗?」
「いえいえ。根まで明るいっすよ」
「じゃあ、呪いとか、オカルトに興味があるような女子だっ!」
「いえいえいえ、それどころか、占いだって信じませんよ。自分の未来は自分で切り開くものだって」
「あ! じゃ、部活の先輩にパシられてるとか!」
「何言ってんすか、美術部の先輩は皆穏やかで、反戦主義っすよ」
「じゃあ委員会の先輩に」
「先輩が期待するようなことは起きてませんよ。購買委員会の天使って言われてるくらいっすから」
「じゃあおい! なんなんだこのラブレターは?! 初々しさとか通り越してるじゃねぇかっ!」
長かった問答は、ボクの怒号により終幕した。
同じ名前の別人。もしくは、ボクへのラブレターをイロハちゃんに渡させたのは、第三者ということも有り得る。非常に悪い癖だ。いや、職業病といっても過言ではないだろう。
勝手に頭は回りだし、心なしか体もうずいていた。なんでも不思議につなげたがってしまう禁断症状。久しぶりに大物の手ごたえ。これは、つくしたちに良い土産話ができるかもしれないぞ。
「あ!」
「どうした、歯磨きするの忘れたのか? アリボトケ」
彼は、声を上げ、ボクの方を向いた。
「思い出しました! イロハちゃんって男子のみんなからアホみたいにモテるんですよ。現に俺のダチの岸田も告ってましたし」
「へぇ、てことは」
「まぁ皆、ことごとく撃沈っすよ。ま、本人に辿り着けただけでもキシは幸せな方なんすけど……」
「なんだよ、それ。イロハちゃんに、御抱えの人でもいるってことか」
会えただけでも幸せだなんて。と、ボクは冗談交じりにそう聞いた。高貴なお姫様でもあるまいし。なのに、アリボトケは、珍しくため息なんかをついてみせたのだ。しかも肩までがっくしと落として。
「いるんすよ、それが」
と。
「御抱えなんかよりもずっと強力なセコムが。イロハちゃんをしっかりガードしてるんす」
アリボトケは、無駄に男前な顔で続けた。
「シスコンの兄貴が二人。《ツインズプリンス》と呼ばれる、双子で三年生のお兄ちゃんたちが、イロハちゃんにはいるんです。図らずともいつか、彼女に告白されたレイ先輩なら、会うことになると思うんすよねぇ……」
お兄さんたちのおかげで、イロハちゃんは孤独なんすけどね。
アリボトケは、犬のように遠い目をしていた。似合わない顔だ。いつもの猿のようなアホ面の方が、まだモテるんじゃないか。いや、何にもしなくてもモテるのか、コイツは。
シスコン、というのだから。セコム、とまで恐れられるのだから。余程のものなんだろう。過度な愛なのだろう。今まで、幾多の男子を屠ってきたように。いずれ、ボクのところにもやってくる。あぁ、なんとなくだけど想像はつくなぁ。あの妹にして、兄が常識人だったら逆におかしい。双子ってことは二倍の厄介。
まったくボクは、恋愛事情まで奇譚にされてしまうのか。長いすの背もたれを存分に軋ませた、そのとき、
「────レイ君、変態だっ!」
突如、一人の大人が勢い良く、そして容易く、その扉を蹴破ったのだった。
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