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第2章 《蜘蛛の意図決戦》
第2章5『一つ目の依頼』
しおりを挟む「そうなんだよ、あのドヤさんが“おまけ”だ、って言ってくれたんだよ、その手紙。ドヤさん史上“おまけ”なんて出たことも無いワードだったから、すっかり聞き間違いって処理してたんだ」
「ま、まさか、あの守銭奴にドケチのダブルコンボドヤが、おまけ!?」
「プライベートでは一切“まける”なんて言葉すらも口にしない、あのドヤさんが………信じられないよね、うん。僕もまだ、現実を受け止めきれないよ」
「ゆっくりで良いんですよ。我らがドヤ先輩も、こうしてゆっくり成長するんですから」
「そうだね」
「……なあ、そろそろ“ドヤさん”について聞いてもいいか」
さっきから茶番にすらついていけてない主人公のボクが悲しい。一つも分かる名前がないことに、この学園ではまだまだひよっこなんだということを思い知らされたようで、うだつが上がらなかった。二人は目を丸くして、
「………レイ君、知らなかったんですか」
ほら、これだもの。
「良いんだよ、レイ君。委員長の名前なんて覚えて無くてもどうにかなるさ。きっとミナモ先輩の名前をちゃんと覚えてる生徒だって、全校でも両手に納まるくらいしか居ないと思うよ」
「そうですよ。この学校かなり生徒数が多いんですから。ゆっくり覚えていけば良いんですよ」
「は、はるかぁ、つくしぃ………」
今回ばかりは少し、あの一角獣先輩が気の毒だが、仕方あるまい。これもボクのための必要な犠牲だ。
「また脱線する前に……“ドヤさん”について詳しく! 一体その人は何者なんだ」
「ドヤさんは」
「“購買委員会の影のドン”。その姿を見て手ぶらで生還できた者は居ないという逸話を残した生ける伝説。彼女が歩けば、道に咲く花、塵や砂。果てには道さえも売れてしまうというのです。購買だけでこの学園を建て直し、五年連続で購買委員長を務めるお方」
「それが、五年F組の土家先輩。凄い人なんだよ」
女子かーいっ!
訛り、とか言ってたからごりっごりのゴリラの擬人化みたいな女子だろう、多分。あー、気の強い女の子苦手だな。ツクシ、苦手だなぁ。
「名指ししないでくれます!? というか、ドヤ先輩ってば超可愛いんですから」
「ちなみに言っておくと、つくしちゃん所属の放送委員会委員長もけっこう、その……気が強」
「──鯔生先輩の悪口は許しませんからね」
「ご、ごめんなさい……」
「その、鯔生先輩ってやつも、こんな感じか」
「うん、そっくり」
大体、なんとなくだが想像は出来た。うん。委員長ってやっぱり皆さんかわってらっしゃるんだ。これじゃあ我らがミナモ先輩、いや、委員長男子たちがキャラ負けしそうである。
「整美委員の、あーっと、安楽先輩だっけか」
「うん、安楽先輩だね」
「なんか、弱そうだな」
「うん。弱いね」
少なくとも、委員長女子軍の持つ権力には遠く及ばないらしい。男子の中でもその“安楽先輩”の地位は低く、つくし曰く、影の薄い優男だそうだ。
なぜ、ボクがドヤさんより安楽先輩に食いついたのかと言うと、
「ボクって確か、整美委員会に入れられてたよな」
「はい、確か。表向きにはそうなってたと思います」
「裏向きにもボクは整美委員会だ!」
「私は放送委員会なんですよ。きちんと希望した所に行けました」
「五月蝿いから選ばれたんだな」
「違いますけどぉっ!?」
「僕はHR委員長だから委員会には無所属なんだよね」
「……」
「まあ、良いじゃないか。HR委員長なんだし」
「そうですよ、はるかさんはHR委員長なんですから」
それに比べて主人公のボク。立場弱すぎないか。生徒会でもなく、ドヤ委員会でもなく生徒会でもなく“安楽委員会”なんだぜ。
「まあ、ドヤ委員会は購買委員会ですし、安楽委員会も整美委員会ですけどね」
「安楽委員会。……いかにも立場の弱そうな委員会じゃないか。いや、たとえ整美委員会であったとしても風紀委員や放送委員の勢いに押し負けている! ボク的には整美の“び”が“備”じゃなくて“美”なのがいささか納得いかない。何故そこにだけオリジナリティを求めた!? それなら委員会名をなんとかしろよ」
「レイ君のつまらない愚痴はさておき。お手紙、早く見ましょうよ」
手の中にはまだ握り締めたままの紙片。ツクシの言葉にボクは一指ずつ指を開けていった。
呪いのラブレター、とかじゃないと良いな。今日を避けても、いつかそんなパワーワードに再会する気がする。
気のせいか。
小さく斜めに書かれた無数の文字を読む。内容からして、ラブレターでは無かった。薄汚れたそれは、
「なあ、はるか。これ渡されるとき、ドヤさん何か言ってなかったか」
彼に目を向ける。今日もぴょこんと立った寝癖が、可愛さに拍車をかけている。なかなか可愛い。そんな常識めいたことは言わずにおこう。はるかの可愛さなんて、全人類が黙認済みだ。内容からしてこれは。この、手紙に書いてあることは、
「──これは不思議部への、依頼の手紙だよ。ドヤさんは多分、依頼人の仲介人。第三者ってところじゃないか」
“不思議部さんへ”。そんな宛名から始められた文章は、まさに不思議部へ来た初の依頼であったのだ。思い出したように、
「“よろしく頼むわ”って。そう言ってた。ドヤさん、そう言ってたような気がするよ。レイ君」
はるかが声を上げて。この日、ボクらにとって初めての“依頼”が春風と共に舞い込んできたのだった。
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