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第5章 鈴音の過去

69 二百年前の追憶七(鈴音視点)

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男の気が大きく膨らむ。それに呼応するように、肩にかついだ剣が巨大化し、間合いが大幅に広がった……いや、魔力の残滓は感じ無いないので、本当に巨大化したわけではない。そう感じられただけだ。
 
(だが恐ろしいことに、間合いだけは確実に伸びておる。……これだから剣士というのは厄介だ。極めた者のわざは時に魔法を越えてくる)
 
 男の目が異様なほどつり上がっていった。目は窪み落ち、まるで悪鬼羅刹がそこに乗り移ったようだ。
 
 男がコォォ、と小さく息を吐く。刹那、全身が粟立つ程の寒気が走り、本能的に一歩後退する。
 
 男は少し意外そうに片方の目を見開き、次に口もとをグニャリと歪めた。
――嗤っているのだ。殺りがいのある獲物を見つけた事に対する狂喜。男の気がますます膨れ上がってゆく。背筋に嫌な汗が流れ落ちた。

 一つ間違いなく言えることは、今下がらなかったならば、次の瞬間には首が飛んでいたと言うことだ。先ほどの後退で、ワシが間合いを見切っいると勘違いしてくれれば良いが、それも一時の時間稼ぎにしか過ぎない。

(次の一合で決まる。それも、ワシの死という決着で)
 
 ワシは内心の動揺を隠し、平静を装いながら、男の弱点(スキ)を探るべく視線を向ける――
 男は業も得物も、ワシより一枚上手――しかし、大きな得物はどうしても懐に隙きが出来る。
 ならば勝ちを得るにはどうすればよいか……?
 簡単な事だ。何とか彼ヤツ(あやつ)の懐に潜り込ばいい。
 接近戦に持ち込めば、体躯の小さいワシの方にがある。問題はどうすれば懐に入れるか、ということだ。
 が、どうすればよいかなど、とうに答えは出ていた。
 
 ――わざと隙を作り、不意討ちを狙う。そうすれば万に一つ、勝ちが見える。死ねばそれまで。が、死なねば……もし、死なねばそれは……。
 
(天命か。今一度国を建て直せとの。――死んでる所悪いがの…………今一度力を貸せ、阿呆大和!)
 
 ワシは意を決し、剣先をゆっくりと下げていく。
 
 男はその行動をどう捉えただろうか。初めは思いがけぬ行動に戸惑いを見せていたが、やがて意を決したように気が膨れがり――

 瞬間、正に地が縮んだ――

 世のことわりを超越した悪鬼が眼前に迫る。
 降り下ろされる大剣。大剣の鈍く、だが確実に命を刈り取る重みを乗せた切っ先が網膜に焼き付く。そして、勝利を確信する一つの眼――――
 
 ――逃れられん……普通ならば。
 
 ワシは下げた剣を止めるどころか、更に力を込めて地面へ差し込み、そこへ魔力を込めていく。

 その魔力に呼応して地面から鉄が#生え上がり_、迫り来る男の首元へと伸びる。
 
 ――錬成剣術『竹林』
 
 東国初代国王、最初にして最強の錬成者。奴が得意としたのは、錬成術と剣術をミックスし、昇華させた錬成剣術。その中でも、良く好んで使われた業がこの竹林だ。
 
 迫る男の大剣。延び上がる錬成剣。差は紙一重だが、僅かにワシの剣が速い。錬成された剣が男の皮膚を突き破り――――――

 ……男が一歩踏み込み、ワシは一歩下がった。

(…………?)
 
 違和感だ。同じことが過去にもあったような。
 
(ふん、こんなときに何を考えておる。随分と錆び付いたな、ワシも)
 
 ワシは違和感を振り払い、戦いに集中していく。……それが振り払ってはいけない疑念であったことなど、ついぞ気づくことは無かった。
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