前世の趣味のままにBL小説を書いたら、サイン会にきた護衛騎士様の婚約者になりました

ayame@コミカライズ決定

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婚約をもって尊しとなす3

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 緊迫していた部屋に、夫人の声が朗々と響いた。

「そこまでです。室内で大の男2人が剣を振り回すなど、狂気の沙汰。旦那様、そんなにジェストちゃんと遊びたいなら外でおやりくださいませ。我が家の庭は広うございますわ」
「う、うむ、そうだな」
「ちなみに旦那様。キースとヘルマン、それにイヴリンは3人がかりで10分と抑えられませんでしたわよ。ジェストちゃんは相当腕を上げたようですから、お気をつけくださいましね」
「……ほう。あいつら纏めてかかってそのザマか。まったく、だらしがないな。まぁいい。それならそれで十分楽しめそうだなぁ、ジェストよ」
「お断りします。私は婚約の挨拶に伺ったまで。それも済みましたのでこれで失礼します」
「あら、そんな我儘、許しませんわよ? 待ちに待ったかわいい系の嫁を私から奪うつもり? もう着せ替えごっこ用のドレスも靴も宝石もたくさん準備してあるのよ?」
「グレースはまだ嫁ではありません。それにあなたのおもちゃでもありません」

 割り込んだ夫人に対してすげなく言い返せば、夫人は唇をへの字に曲げた。

「まぁなんてひどい。継母だからって、そんなにつれないことを言うなんて。ジェストちゃん、あなたやっぱりうちに引き取られたときに開いた“ジェストちゃんウェルカムパーティ”の席で、私が5段重ねのチョコレートケーキを準備していたこと、未だに怒っているのね。だって私、知らなかったのよ。あなたがチョコレートケーキよりもバターケーキの方が好きだったなんて。あ、それともあれかしら。あなたが離宮で暮らすことになってしまって、寂しいだろうからとプレゼントした添い寝用のテディベアの色が、あなたの好きな緑じゃなくて青だったこと、やっぱり恨んでいるのかしら。でも緑は入荷待ちで、すぐには手に入らなかったから……」
「そんなこと今も昔もまったく関係ないでしょう!? 私でも憶えてないことを蒸し返さないでください!」

 間髪入れずに反論するジェスト様の頬と耳が赤く染まっている。これは確か、怒っているわけではなくて、もしかしなくても……。

「ジェスト様って、バターケーキがお好きだったんですか? あと、緑?」
「おまえもいちいち反応しなくていい! その厄介な記憶力と観察力の使い所はここじゃない!」

 あれぇ、なんか怒られたぞ。やっぱり怒っているのかな?

「とにかく、私たちは帰ります。そろそろ10分経ちますので」

 ジェスト様が再び私の肩を抱こうとしたそのとき。

「そうはさせませんよ!」

 またしても上から声と人が降ってきた。くり返すけど、なんで上? どうやって上!?

「キース義兄上あにうえっ! バカな、さっきの峰打ちから復活したのかっ」
「キースだけではないぞ、ジェスト」
「イヴリン殿まで……っ。肩の関節を外してやったはずが!」

 先ほど玄関でドンパチやっていたはずの3人のうち、長男のキース様とその奥方・イヴリン様がジェスト様を両脇から固めて押さえ込んでしまった。

「ふっ。確かに一度気は失いましたが、イヴリンが張り手を連発して蘇らせてくれました」
「その蘇った夫に関節を入れ直してもらって、元通りだ」

 言われてみればキース様の頬が若干どころかまぁまぁ腫れていた。そしてイヴリン様の左肩にあるはずの飾り尾が引きちぎられている。

「あの、キースお義兄様、イヴリンお義姉様、ヘルマン様はどうなりましたの?」
「あいつはまだ伸びている。キースを昏倒させた流れで、ジェストがへルマンの頭を狙って剣の柄を叩き込んだからな。あいつの石頭のことだから問題ないだろうが、ルナ、ちょっと見に行ってやってくれ」
「まぁ、仕方のないヘルマン様ですこと。イヴリンお義姉様、ありがとうございます。ちょっと行ってきますわね」

 女豹のごときお色気のルナ様はしゃなりとした優雅な腰つきで部屋を出ていった。……っていうか頭を殴り飛ばすなんて、生死を彷徨う大怪我をさせたことになるんじゃないだろうか。

「問題ない。ヘルマン義兄上は素手で虎を倒すような規格外だ。あれくらいでは簡単に死なん」

 もう色々ツッコミどころがわからない。婚約の挨拶に来ただけなのに、あまりにも言葉が見つからない。

「さてジェストよ。覚悟はいいな。キースにイヴリン、そのままソレを庭に連行しろ。最後は私の番だ」
「承知しました、父上」
「御意」

 長男夫婦が抜群の連携でジェスト様の上半身の動きを封じつつ、部屋から引き摺り出していく。

「離せ! 私の用事はもう済んだんだ。グレースを連れて帰る……!」
「せっかくかわいい末っ子が帰ってきたというのに、父上がそうやすやすとおまえを逃すわけがないでしょう。諦めなさい」
「そうだぞ、ジェスト。おまえが来ると知ってから義父上は実にそわそわと落ち着きがなく、ウェイトトレーニングを倍に増やして腕に磨きをかけておいでだった。私もキースもヘルマンも巻き込まれて、この数週間でまた一段と強くなれたのだ。おまえには感謝している」
「感謝しているというなら、今すぐ帰らせてください。そもそもあなた方3人を相手にしたあとで義父上とやりあうなど、釣り合いがとれていないでしょう!」
「大丈夫だ、義父上はそんな些細なこと気にされまい」
「私が気にするんです!」

 なおも激しく抵抗するジェスト様に、長兄のキース様がふっと口を寄せた。

「ときにジェスト。取引をしませんか」
「取引、だと?」
「えぇ。私の希望を叶えてくれるなら、おまえの帰宅の手助けをしてあげましょう。おまえはかわいい婚約者を連れて、さっさとこの家を後にできます。残った時間でデートでもしてくればいい。年頃のお嬢さんがお好きな店の情報もつけてあげますよ。何せ私は諜報部員。女性の心を射止めるための準備に抜かりはありません。ときにおまえ、婚約者にはまだドレス一式と万年筆、それに露店のリボンしかプレゼントしていないそうですね」
「な、なぜそのことを……!」
「先ほども言ったでしょう。諜報部の情報を舐めないでいただきたい。その贈り物のセレクトは悪くありませんが、圧倒的に質と量が足りません。そんなんでは愛想を尽かされますよ」
「しかし……っ、グレースはあまり物欲がなくて、普通の令嬢の好みそうなものは喜ばないのです」
「そこをどうにかしてこその男でしょう。私だって一般的な令嬢とは一味も二味も違うイヴリンを口説き落とせたのですよ。如何様にもやり方はあるのです。知りたいですか?」

 キース様の心地よい囁きにジェスト様の喉がごくりと鳴った。

「おまえは知りたいはずです、ジェスト。婚約者を永遠に繋ぎ止めるための秘策を。こちらの希望を聞いてくれさえすれば、その秘策はおまえのものです」
「あ、義兄上の希望とはいったい……」
「何、簡単なことですよ。おまえはただ呼べばいいだけです。私のことを———おにいちゃん、とね」
「———断る!!」

 流されかけたかに見えたジェスト様が息を吹き返し、キース様の腕を振り払った。

「ふざけるな! この年になってそんな気色悪い呼び方なぞできるか!」
「……ちっ。王宮騎士団諜報部きっての手練れのこの私の誘いに堕ちぬとは。さすがは私のかわいくて愛らしい義弟おとうとですね」

 待って、今の超くだらないたらし込みのテクニックが王国屈指の諜報機関の常套手段なの? え、この国本気で大丈夫? そして自分よりデカい図体の義弟おとうとを捕まえて「かわいくて愛らしい」って形容詞の使い方、おもいっきり外していませんか??

「キース兄上よ! 俺がいない間に抜け駆けしようとしたな! ジェストに“おにいちゃん”と呼ばれるのは私の役目だ!!」

 部屋の入り口から大音声を振り撒きながら駆け込んできたのは、次男のヘルマン様だった。よかった、生きてた……!

「ふん! そんなかわいくない図体で“おにいちゃん”と呼ばれたいなど、図々しいにもほどがあるでしょう。愚弟のくせに生意気な」
「なんだと! 小賢しい愚兄めっ。こうなったら俺と勝負だ! 勝った方がジェストに“おにいちゃん”と呼ばれるのだ!」
「貴様は他人行儀に一生義兄上あにうえと呼ばれればいいのです。”おにいちゃん”の呼び名は私のものです」

 今にも長男に飛びかかりそうな次男という喜劇、じゃなかった、寸劇……でもなかった、惨劇が繰り広げられている隙に、ジェスト様が突然私を抱き上げた。

「ふぇっ! ジェスト様!?」
「まったく、埒があかぬ! だから帰ってきたくなかったんだっ。10分の滞在で済ませるはずが……もういい、グレース、このまま逃げるぞ!」
「ええぇぇぇっ!?」

 勢いのまま扉でなく、開け放たれていたテラスへ向かって駆け出そうとすれば———私たちの前に、音もなく巨大な壁が立ちはだかった。

「逃さんぞ、ジェスト。どうしてもここから立ち去るというなら、私を“おとうさん”と呼んでからにしろっ!!」

 聳え立つ山の如きアーノルド・クインザート王宮騎士団団長が、末息子に対して言い放った、まさに同じタイミングでのことだった。

 くるっくー!! くるっくー!!くるっくー!!くるっくー!!くるっくー!!くるっくー!!くるっくー!!くるっくー!!くるっくー!!くるっくー!!くるっくー!!くるっくー!!!

 壁に備え付けられた鳩時計が、呑気な鳴き声で正午の時を告げた。

 私たちが屋敷を訪れて、ちょうど10分が経過したところだった。




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