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「なんや、ゼンマイが欠けとるだけやん。取り替えたら簡単に直るで。おいウェスト」
「ほい。おんなじゼンマイおんなじゼンマイ……あ、あった。これこれ」
道具箱の中に全身を埋もれさせてウェストが一枚のゼンマイを取り出す。クッキーが壊れたゼンマイを取り外して新しいのを埋め込む。ついでにほかの部品も磨いてあげて、はずしておいたビロード張りの中蓋をはめ込み、やはりはずしておいたネジを取り付ける。
「ははーん、なるほど、こういう仕掛けなんやな」
「なになになに?」
エレーンがオルゴールを覗き込む。
「ま、見てのお楽しみや。ウェスト、いくで」
「おう」
ウェストがその小さな手でねじを掴み何回か巻いた。そしてオルゴールからぽんと飛び降りる。
オルゴールは音楽を奏で始めた。それと同時に中央の窪みがじりじりと上がってきて、左右のビロード張りの台と同じ高さになった。中央でブルーの貴婦人がゆっくりと回りだす。
「すごーい。こんなしくみになってたんだ」
「せや。これ見たとき、なんで両側に出っ張りがあるんやろって思うたんや。オルゴールの機械隠すだけやったら片方だけでええやろ。反対側の出っ張りの中には、この真ん中の台座を押し上げるための機械が詰まっとるんや」
「なるほどねぇ」
「どや、ワイらの仕事」
「おいらたちのこと見直した?」
2匹が胸をはってエレーンの前に立つ。
「すごいすごい、見直した、いい子いい子っ」
エレーンは2匹の頭を代わる代わる撫でてやった。2匹の前で薄いブルーの貴婦人はくるくると回っている。まるでダンスを踊っているみたいだ。
「あのぉ、この曲って国歌、ですよね、この国の」
オレンジがおずおずとそう口にした。
「え? うん、そうみたいね」
毎年、国をあげての建国祭などでよく聴かれるこの音楽は、この国の国民なら誰もが知っているものだ。
「国家をオルゴールにするなんて変わってるね」
ウェストがオルゴールをかわいい手でぽんぽんと叩いた。エレーンも相槌をうつ。
「それにしてもこの貴婦人の像、綺麗よね。まるでダイヤモンドみたい。イミテーションなんでしょうけど」
「何を言うておる。それは本物のブルーダイヤじゃ」
「えぇ!?」
全員がだんごろう博士を見つめる。彼はとことことオルゴールに近づき、毛むくじゃらの手を貴婦人に伸ばした。
「50カラットくらいはあるかの。カットも完璧じゃ。オルゴールの外箱は七宝じゃが、発色といいレイアウトといい、どれもすばらしい。おそらく数億はする品物じゃ」
「す、数億円――!」
ひとりと3匹の声が再び重なる。嘘でしょ、とエレーンの口から声が漏れる。
「嘘よ、だって、ジュリアさんて、普通の女の子だったじゃない! 着てるものもちょっと古びてたし流行遅れだったし。お化粧もしてなかったのよ。あ、それに手がすごく荒れてた。あれは水仕事をし慣れた手よ。どう考えてもお嬢様なんかじゃないって」
「よう見とんなぁ。商売にむいてるで」
「自分にないモノ持ってるのが羨ましかったから、よぉく観察してたんじゃないの?」
「ないモンって?」
「ムネとか、おしとやかそうな性格とか」
「なるほどな」
双子の戯れ事もエレーンの耳を素通りしていた。それよりもだんごろう博士の言った数億という金額が頭の中で点滅している。
その時オルゴールが止まった。惰性で中央の貴婦人をのせた台がするすると沈んでいく。
「あ、止まっちゃった」
再びネジを巻こうとウェストがオルゴールに登りかけた。しかしそれをエレーンが慌てて静止した。
「だめ、だめだめだめーー! これに触るんじゃありません!」
ウェストを払い除け、オルゴールを胸に抱える。
「なんだよ、たった今まで修理してたじゃんか。なんで急に触るの禁止するんだよ」
「だめなものはだめなの。はい、オルゴールの鑑賞会は終わり。終了、おしまーい」
金に目が眩んじゃって、とウェストが舌打ちする。そんな嫌味も無視してエレーンはそれを抱えてカウンターの引き出しにしまい鍵をかけた。数億の品物をテディベアのおもちゃにするなんてとんでもない。それ以上に盗まれたりしたら大変だ。この店の品物にはちょっとした“まじない”がかけてあるそうで、そう簡単に盗まれない仕組みになっているらしいが、それでも用心に越したことはない。
「それにしても綺麗やったなぁ、ブルーダイヤモンド。ブルーバードとかブルーリボンとかあるくらいやから、やっぱブルーは高貴な色なんや。ワイのキュートなボディにもどことなく品があるやろ。」
「しかし、クッキー、そもそも高貴な色というものは、国ごとによって定義が違っておっての。その証拠にワシが以前おった国では白と紫が珍重されておったし、その隣の国では黄色が皇帝の色と定められておった」
「白なら、おいらもその資格あるよね、だんごろう博士」
「あの、オレンジは無理、なんでしょうか・・・・」
のんびりと談笑するベアたちを横目に、エレーンの胸は早鐘のように勢いよく鳴り続けていた。店を継いで第一の客が持ち込んだものが、とてつもない掘り出し物だったのだ。戦争も天災も貴族クラスの結婚式だって一気にやってきてドンガラ響いている状態だ。
(それにしてもジュリアさん、連絡先も教えてくれないなんて……)
慌てて立ち去った彼女が残したのは去り際の名前のみ。彼女が来店するまで後3日。それまでこんな爆弾のような品物を抱えていなくちゃいけないのかと思うと、エレーンの背中がずんと重くなった。
「ほい。おんなじゼンマイおんなじゼンマイ……あ、あった。これこれ」
道具箱の中に全身を埋もれさせてウェストが一枚のゼンマイを取り出す。クッキーが壊れたゼンマイを取り外して新しいのを埋め込む。ついでにほかの部品も磨いてあげて、はずしておいたビロード張りの中蓋をはめ込み、やはりはずしておいたネジを取り付ける。
「ははーん、なるほど、こういう仕掛けなんやな」
「なになになに?」
エレーンがオルゴールを覗き込む。
「ま、見てのお楽しみや。ウェスト、いくで」
「おう」
ウェストがその小さな手でねじを掴み何回か巻いた。そしてオルゴールからぽんと飛び降りる。
オルゴールは音楽を奏で始めた。それと同時に中央の窪みがじりじりと上がってきて、左右のビロード張りの台と同じ高さになった。中央でブルーの貴婦人がゆっくりと回りだす。
「すごーい。こんなしくみになってたんだ」
「せや。これ見たとき、なんで両側に出っ張りがあるんやろって思うたんや。オルゴールの機械隠すだけやったら片方だけでええやろ。反対側の出っ張りの中には、この真ん中の台座を押し上げるための機械が詰まっとるんや」
「なるほどねぇ」
「どや、ワイらの仕事」
「おいらたちのこと見直した?」
2匹が胸をはってエレーンの前に立つ。
「すごいすごい、見直した、いい子いい子っ」
エレーンは2匹の頭を代わる代わる撫でてやった。2匹の前で薄いブルーの貴婦人はくるくると回っている。まるでダンスを踊っているみたいだ。
「あのぉ、この曲って国歌、ですよね、この国の」
オレンジがおずおずとそう口にした。
「え? うん、そうみたいね」
毎年、国をあげての建国祭などでよく聴かれるこの音楽は、この国の国民なら誰もが知っているものだ。
「国家をオルゴールにするなんて変わってるね」
ウェストがオルゴールをかわいい手でぽんぽんと叩いた。エレーンも相槌をうつ。
「それにしてもこの貴婦人の像、綺麗よね。まるでダイヤモンドみたい。イミテーションなんでしょうけど」
「何を言うておる。それは本物のブルーダイヤじゃ」
「えぇ!?」
全員がだんごろう博士を見つめる。彼はとことことオルゴールに近づき、毛むくじゃらの手を貴婦人に伸ばした。
「50カラットくらいはあるかの。カットも完璧じゃ。オルゴールの外箱は七宝じゃが、発色といいレイアウトといい、どれもすばらしい。おそらく数億はする品物じゃ」
「す、数億円――!」
ひとりと3匹の声が再び重なる。嘘でしょ、とエレーンの口から声が漏れる。
「嘘よ、だって、ジュリアさんて、普通の女の子だったじゃない! 着てるものもちょっと古びてたし流行遅れだったし。お化粧もしてなかったのよ。あ、それに手がすごく荒れてた。あれは水仕事をし慣れた手よ。どう考えてもお嬢様なんかじゃないって」
「よう見とんなぁ。商売にむいてるで」
「自分にないモノ持ってるのが羨ましかったから、よぉく観察してたんじゃないの?」
「ないモンって?」
「ムネとか、おしとやかそうな性格とか」
「なるほどな」
双子の戯れ事もエレーンの耳を素通りしていた。それよりもだんごろう博士の言った数億という金額が頭の中で点滅している。
その時オルゴールが止まった。惰性で中央の貴婦人をのせた台がするすると沈んでいく。
「あ、止まっちゃった」
再びネジを巻こうとウェストがオルゴールに登りかけた。しかしそれをエレーンが慌てて静止した。
「だめ、だめだめだめーー! これに触るんじゃありません!」
ウェストを払い除け、オルゴールを胸に抱える。
「なんだよ、たった今まで修理してたじゃんか。なんで急に触るの禁止するんだよ」
「だめなものはだめなの。はい、オルゴールの鑑賞会は終わり。終了、おしまーい」
金に目が眩んじゃって、とウェストが舌打ちする。そんな嫌味も無視してエレーンはそれを抱えてカウンターの引き出しにしまい鍵をかけた。数億の品物をテディベアのおもちゃにするなんてとんでもない。それ以上に盗まれたりしたら大変だ。この店の品物にはちょっとした“まじない”がかけてあるそうで、そう簡単に盗まれない仕組みになっているらしいが、それでも用心に越したことはない。
「それにしても綺麗やったなぁ、ブルーダイヤモンド。ブルーバードとかブルーリボンとかあるくらいやから、やっぱブルーは高貴な色なんや。ワイのキュートなボディにもどことなく品があるやろ。」
「しかし、クッキー、そもそも高貴な色というものは、国ごとによって定義が違っておっての。その証拠にワシが以前おった国では白と紫が珍重されておったし、その隣の国では黄色が皇帝の色と定められておった」
「白なら、おいらもその資格あるよね、だんごろう博士」
「あの、オレンジは無理、なんでしょうか・・・・」
のんびりと談笑するベアたちを横目に、エレーンの胸は早鐘のように勢いよく鳴り続けていた。店を継いで第一の客が持ち込んだものが、とてつもない掘り出し物だったのだ。戦争も天災も貴族クラスの結婚式だって一気にやってきてドンガラ響いている状態だ。
(それにしてもジュリアさん、連絡先も教えてくれないなんて……)
慌てて立ち去った彼女が残したのは去り際の名前のみ。彼女が来店するまで後3日。それまでこんな爆弾のような品物を抱えていなくちゃいけないのかと思うと、エレーンの背中がずんと重くなった。
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