【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@コミカライズ決定

文字の大きさ
43 / 106
本編

43

しおりを挟む
*この世界では新学期は10月はじまりで、6月に卒業です。
___________________________

 季節は4月を迎えていた。春のやわらかな日差しが王都中を包み、芳しい花の香りがどこからともなく漂ってくる。私が王都にきて6回目の春だ。

 学院は後期課程のため、通学は週に1度。行きの馬車の中で殿下は変わらず外を眺め、私は膝に目を落とす。学院に着けば待ち構えていたかのようにカイエン様とメラニア様がやってきて、3人で教室に移動するのを後ろからついていく。幾度となく繰り返された光景を見るのもあとわずかだ。

 殿下の誕生日は6月の頭。その日、私は王太子宮を辞し、マクレガー領へと発つ。

 見るのが辛かった殿下とメラニア様の姿だったが、いつの間にかそれも苦ではなくなっていた。愛する殿下の姿を見られるのもあと2ヶ月だと思うと、恋人とのツーショットだってずっと眺めていたいと思う。我ながら見事なこじらせっぷりだ。

 実家には手紙で、卒業後の進路が決まったことだけを伝えることが許された。検閲が入る手紙で詳細が書けないことは母も承知している。せめて安心させてあげたくて、私の先行きについては心配しないでほしい旨を書き記すと、思わぬ返事が帰ってきた。連絡役のバルト伯爵から私の詳細を伝える手紙が別に届いたのだそうだ。「おめでとう、本当に誇らしく思う、あなたなら大丈夫、どうか幸せに」と娘の巣立ちを喜ぶ言葉が連なっているのを見て、やはり実家に寄生するのでなく自立の方向に舵を切ったことはよかったのだと改めて感じた。

 卒業論文の仕上がりも順調で、私はかつてないほど穏やかな学院生活を送っていた。

 そのまま月日は飛ぶように過ぎ、とうとう殿下の誕生日の前日を迎えた。

 すなわちそれが、私の契約満了日だった。






 その日は登校日ではなく、私はいつも通りの朝を迎えていた。剣術の鍛錬をする殿下の姿を眺め、一緒に朝食をとり、食後は執務にあたる殿下を見送って、自分は控室にこもる。いつもは読書をするか、最近は卒業論文に取りかかっていたが、その論文も先週末、エンゲルス先生に提出していた。あとは合格か不合格かの審議を待つばかりだが、十分に練った卒業論文が落とされることはまずないため、実質卒業認定を受けたことになる。卒業式まで通学も必要ない。

 隣から殿下とカイエン様が何やら会話しているらしい気配があった。内容までは聞き取れない。そんなわずかな息遣いも拾おうと、じっと耳を傾ける。

 明日は殿下の誕生日のため、王宮でちょっとしたパーティが開かれる。国王・王妃陛下とご兄弟が揃い、招かれた上位貴族たちが殿下にお祝いを述べる機会が設けられる。貴族の当主夫妻のみの出席で、子女は参加を許されないから、華やかさはやや欠けるが、今年は王太子殿下の成人ということもあって、いつもの年より大掛かりだ。

 明日は殿下のみならず、王宮中が忙しくなる。その流れに隠れるようにひっそりと退城するようにというのが、バルト伯爵からの指示だった。伯爵が用意してくれた馬車に乗って、私はマクレガー侯爵領を目指すことになる。

 必要な荷物はすでにメラニア様に預かってもらっていた。とはいっても私物などほとんどない。王太子宮の私の部屋にあるものはすべて王家からの下賜品だ。持ち出しが許されるとは思えず、ただ道中の着替えなどは必要なため、悩んだ末、夜に来ていた詰襟デザインのワンピースを数着いただくことにした。私以外に着るものはいないだろうから、お許し願いたい。カイエン様にも報告済みだ。

 私の退職後に与えられるいくつかの特権については、直接実家へ届けられるよう、バルト伯爵が手配してくれるそうだ。本来なら当事者である私も含めて話し合いの機会が設けられてしかるべきだが、なにぶん私の就職が早々と決まってしまい、王宮は殿下の誕生日の準備で忙しく、時間をとることが難しいと、カイエン様を通じて説明があった。王家にはすでに多大なものをいただいている。これ以上望むのは罰当たりとすら思える。だからたとえ身一つで放り出されたとしても何も言うつもりはなかった。それにバルト伯爵は、私が王宮に伺候して以降も何かと実家のことを気にかけてくださった。そんな伯爵が手配してくださるのだから、無能な私が口を挟むよりよっぽど有意義な結果になるだろう。

 可能ならバルト伯爵に直接お礼を述べたかったが、このような状況だ。気にしすぎなくてよいと間に入ってくださったカイエン様もおっしゃっていたので、その言葉に甘え、手紙を残すだけにすることにした。

 本当は国王陛下と王妃様にもご挨拶申し上げたかった。お2人には本当によくしていただいたのだ。私は勝手に殿下の傍を離れることができないので、殿下がお2人に謁見されるときにわずかでも時間をいただけないか相談してみたが、殿下から「何を馬鹿なことを。忙しい両親がおまえのために割ける時間など持てるわけがなかろう」と却下された。それもそうだと自分の浅はかな提案を反省し、こちらも部屋に手紙を残すことにした。きっと侍女の誰かが気づいて、殿下かカイエン様につないでくれるだろう。お2人が必要と思えば両陛下に届くかもしれないし、不要と判断されればそれまでということで構わない。

 長年私についてくれた侍女たちにもすでに私が去ることは通知済みだとカイエン様から聞かされていた。今朝の彼女たちも無駄口ひとつ叩かず、いつも通りに仕事してくれていた。途中で人員の入れ替わりなどはあったが、長い者だと5年に渡り私を支えてくれたわけで、せめてお礼をと思い、今日で契約満了となること、長い間世話になり感謝していることを述べると、笑顔で「とんでもございません」と答えてくれた。私が去ることも、彼女たちにとっては数ある業務のひとつが軽減するだけのことにすぎない。それでも、お礼が伝えられてよかった。

 殿下とカイエン様は明日の準備もあってかなり多忙のようだった。昼食は執務をしながら済ませるそうで、私はひとりでテーブルにつくことになった。お茶の時間もスキップ。このままでは最後に殿下にご挨拶することも叶わないかもしれない。殿下には手紙を残していないのだけれど、と心配になっていると、夕食は一緒に過ごせると連絡があった。

 私が明日マクレガー領に向かうことはすでにカイエン様から伝えられている。だからこれが最後の殿下との晩餐だ。夕食にはカイエン様も同席されると聞いた。明日も忙しい1日になるので、カイエン様は王太子宮に一泊されるそうだ。殿下と2人きりになれなかったことをとても残念に思ったが、高望みをしてはいけないと思い直す。

「私にとっては最後の晩餐でも、殿下にとってはこの先何千回と繰り返す夕食のひとつに過ぎないのだから」

 これがメラニア様との食事だったら、殿下はずっと記憶しておくのだろうか。初めて彼女と過ごした晩餐、記念日の晩餐、家族との晩餐、すべてがきらきらした思い出として、あの美しい人の中に積み上がっていく。その隙間に、落ちぶれた子爵家の無能な女の姿など、入り込む余地はない。

 殿下の中に残れないなら、代わりに私の中を殿下との思い出でいっぱいにしよう。そう思いながら、晩餐の席に着いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ
恋愛
「その医療は、本当に正しいと言えますか?」 医療体制への疑問を口にしたことで、 公爵令嬢ミーシャ・ゲートは、 医会の頂点に立つ婚約者ウッド・マウント公爵から 一方的に婚約を破棄される。 ――素人の戯言。 ――体制批判は不敬。 そう断じられ、 “医療を否定した危険な令嬢”として社交界からも排斥されたミーシャは、 それでも引かなかった。 ならば私は、正しい医療を制度として作る。 一方その頃、国営薬局に現れた謎の新人薬師・ギ・メイ。 彼女は転生者であり、前世の知識を持つ薬師だった。 画一的な万能薬が当然とされる現場で、 彼女は処方箋に書かれたわずかな情報から、 最適な調剤を次々と生み出していく。 「決められた万能薬を使わず、  問題が起きたら、どうするつもりだ?」 そう問われても、彼女は即答する。 「私、失敗しませんから」 (……一度言ってみたかったのよね。このドラマの台詞) 結果は明らかだった。 患者は回復し、評判は広がる。 だが―― 制度は、個人の“正 制度を変えようとする令嬢。 現場で結果を出し続ける薬師。 医師、薬局、医会、王宮。 それぞれの立場と正義が衝突する中、 医療改革はやがて「裁き」の局面へと進んでいく。 これは、 転生者の知識で無双するだけでは終わらない医療改革ファンタジー。 正しさとは何か。 責任は誰が負うべきか。 最後に裁かれるのは―― 人か、制度か。

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...