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本編
思いがけない誤解
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「ヘルマン様は……クレア様と結婚したかったのですか?」
「は……?」
トリシャの質問は、才気活発なクレアさえ一瞬押し黙らせる威力があった。数拍ののち、先に反応したのはヘルマンの方だった。
「トリシャ嬢、その、何をおっしゃっているのでしょう。私とクレアは兄妹ですよ?」
「えぇ、存じています。でも、“青の方と結婚したかった”と、ヘルマン様がおっしゃっていらしたかと」
「私がですか!? そんな馬鹿な……やめろ、クレア。そんなゴミを見るような目でこっちを見るなっ。私だっておまえとけっ、結婚なんて、たとえ命を盾に取られてもするものか」
ヘルマンの本気の怒りを見て、彼が心のうちに秘めていた大切な気持ちに触れてしまったのだと気づき、青くなった。
「ごめんなさい、わたくしったら、ヘルマン様のお気持ちも考えず……」
「待ってください、トリシャ嬢。いや、カミラもミーナもなんで目を背けるんだ。違う、断じて違うぞ。トリシャ嬢、いつ私がそんな奇想天外なことを言ったんです?」
「以前、領地を案内していただいたときです。あの日、遅く戻られたヘルマン様が、食事中にカミラと会話しているのを聞きました。ヘルマン様は、その、“自分はこんな結婚をするはずじゃなかった、青の方の方がよかった”と」
西地区で風車が故障するトラブルがあり、対応に追われて遅くなったヘルマンは、ひとり食堂で夕食をとっていた。カミラとの会話の最後に、確かにそう言ったはずだ。
トリシャの説明を受けてヘルマンとカミラが顔を見合わせる。二人して記憶を辿っている中、クレアが剣呑な目を兄に向けた。
「ふぅん。この私が見つけてあげた三国一の花嫁を前にして、“こんな結婚をするはずじゃなかった”って、そう言ったの? 兄さんの分際で? いくら妹の私が理想だからといって、それはないんじゃないの?」
「待て、待て待て待て! 誤解だ! あれはそういう意味じゃないっ。カミラ!」
「もちろんですとも! そんなつもりで言ったわけじゃありませんよ」
必死に首を振るカミラの擁護を受けて、ヘルマンが呻くように呟いた。
「あれは、私よりもクレアの方が領主に向いていると、そう言いたかっただけなんだ」
額を抑えて目を伏せる彼に、クレアがまたしても呆れた視線を投げた。
「何よ、兄さん。まだそんなこと言ってたの?」
「今はもうそんなこと思ってないさ。おまえは王子妃だ。だが、もともとおまえの方が領主の適正があった。頭の回転も早いし、度胸もある。借金取り相手の交渉力も見事なものだ。領民からも慕われているし……リドル家を建て直すためには、私よりもおまえが領主になった方がよかったのは事実だろう」
「しょうがないじゃない。女は当主になれないんだもの」
クレアの言う通り、今の法律では女性に襲爵の権利はない。女性しか後継がいない場合は婿を取り、夫が爵位を持つことになる。
「もちろん、今となっては無理な話だとわかっているさ。私もさすがに腹を括っている。でも、もしおまえが王子妃にならなければ、私は結婚せずにおまえの補佐に回って、おまえの子どもに跡を継がせるのもいいんじゃないかと、ずっと思っていたんだ。カミラとの会話は、そういう意味だよ」
つまりヘルマンが言った、“こんな結婚をするつもりはなかった”というのは、トリシャが相手で不満という意味ではなく、そもそも結婚するつもりがなかったということ。爵位は男性しか継げないため一度はヘルマンが持つが、クレアが誰かと結婚すればその相手に譲り、自分は妹の補佐に回りたいと、そう考えていた。
それに対しカミラが、“青の方の方がよかったんですよね”と返したのは、“青の方”=クレアが跡を継ぐ方がよかったんですよね、という意味だった。だが彼女が第三王子に見染められ、王子妃となったがために、“もう無理な話”となった。
見事なまでに空回りした誤解だったことが判明し、恥ずかしさといたたまれなさでめまいがしそうだった。そんな自分を見てヘルマンが申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「確かに、話の流れはトリシャ嬢に誤解を与えるものでした。心からお詫びします」
「いいえ、どう考えてもわたくしの勘違いのせいです。ヘルマン様は何も悪くは……」
ひたすら恐縮して小さくなる自分の前で、クレアが畳んだままの扇をとんとんと打ち鳴らした。
「“青の方”の存在と、兄さんがその人と結婚したがっていた、っていうのが誤解だったのはわかったわ。でもまだ不可解なことが残ってるのよね。どうしてトリシャさんは、兄さんの愛人もどきが妊娠しているなんて思ったの?」
「それは……あの、さっきのヘルマン様とカミラの会話の前に、別のやりとりがあったんです。ヘルマン様が声を荒げて、“まだ居座っているのか”とか、“子どもが生まれる前になんとしても追い出したい”とかおっしゃっていらしたので……。てっきり愛する方が妊娠されていて、出産までにわたくしを追い出したいのだとばかり」
「あの話まで聞いていらしたのですか!?」
今度はヘルマンが青くなる番だった。すかさずクレアが扇をずいっと差し出し、「説明してくれるわよね」と詰め寄る。だがヘルマンは目を泳がせたまま、狼狽えるばかりだった。
「いや、あれは、その……。もう解決している話なので。それに誓ってトリシャ嬢に対していったわけではなく」
「そんな聞き苦しい言い訳でなかったことにできるなら、ここに王子妃はいらないわ」
ぴしゃりと言い放つクレアは、自身の権力の使い所をよくわかっているようだった。観念したように項垂れたヘルマンは、ぼそぼそと告白をし始めた。
「そもそもまさか、こんなことになるとは思っていなかったんです。うちのダイニングに……ネズミが出るなんて」
「「……は?」」
自分とクレアの声が見事に重なる。
「ネズミくらい出るでしょう。この家の年季の入り具合を忘れたの? 兄さん、もうボケた?」
「ボケるわけあるか!」
クレアのツッコミに即座に反応したヘルマンは、そのまま捲し立てるように話し始めた。
「王都での結婚式を終えて戻ってきたら、カミラが青い顔して”食堂にネズミが発生した”って報告してきたんだ。二日連続で食堂の隅を走り抜けていったから、きっと今夜も出るだろうと。トリシャ嬢をお迎えした初日だぞ。まさか伯爵令嬢にネズミが走り回る部屋で食事をさせるわけにはいかないだろう。それで全員に緘口令をしいて、急ぎネズミを退治するよう指示したんだ」
だがヘルマンの願いや使用人たちの奮闘むなしく、数日たってもネズミを捕まえることはできなかった。人の手には負えないと判断したリドル家の面々は、奥の手を投入することにした。
「ハリーの家で子猫が何匹が生まれたばかりだったから、ネズミ捕り要員として一匹譲ってもらったんだ。ところがあの猫、タダ飯を食らうばかりで、ちっとも仕事をしやしなくて。しかも、だ。一匹だと思っていたネズミが実は二匹いたことが判明して……。もしつがいだったらどんどん繁殖して、ネズミ算式に子どもが増えてしまう。だから、ネズミが子どもを産む前になんとしてでも追い出したいと、そういうつもりで言ったんだ」
「なるほど。それでネズミ」
ふぅん、と納得して頷くクレアとは対照的に、トリシャは呼吸も忘れたかのように喉をひくつかせた。
「それじゃ、食堂が改修中だっておっしゃったのは……」
「ネズミ捕りが完了するまで、とてもじゃないがあなたをお誘いすることができなくて」
「ろくに仕事もせず、お貴族様のようだというのは」
「貰ってきた猫のことです。以前あなたが見かけたといっていた、黒い子猫ですね」
“居座っているのか”と言った対象はネズミ、“食事を減らせ”という指示は、ネズミを捕らない子猫に対しての発言。
「待って、じゃあ、わたくしの部屋の前とベランダにネズミの死骸が置いてあったのは……」
「やはりご覧になっていたのですね。様子がおかしいからそうじゃないかと疑っていたんです。あの猫があなたのことを気に入ったのか、狩った獲物を捧げたのでしょう。私たちが先に発見して回収できればよかったのですが、気持ちの悪い物をお見せしてしまって申し訳ありません」
子猫がトリシャのことを気に入ったのだとしたら、それは間違いなく自分のせいだ。猫かわいさと食事を残すことへの気後れから、自分の皿から食べ物をわけてやった。ヘルマンの指示で質素な食事にされていた猫からすれば、自分はおいしい食事をわけてくれる好ましい主人だ。
猫は捕ってきた獲物を主人に捧げる本能がある。あの死骸は使用人の嫌がらせではなく、猫が狩の成果を報告しにきた結果だったということだ。
「なるほど。それをトリシャさんが嫌がらせと受け止めた、と。話が見えてきたわ」
「も、申し訳ありません! わたくしったら変な勘違いばっかり。使用人の方たちにも領民たちにも嫌われているものとばかり思っていたので、てっきり……」
「それなんだけど、どうして嫌われてるって思ったの?」
「それは……」
使用人や領民たちが、“青の方”を慕っているという勘違いはすでに解決した。だとすればその他のこと——たとえばトリシャが書いたメッセージが彼らを困らせていたことなども、誤解だった可能性がある。
これ以上しゃべって墓穴を掘るのは勘弁したい。
「いえ、きっとまたわたくしの勘違いです。皆様にお聞かせするほどのことでは」
「勘違いかどうかは話を聞いてから判断しましょう。それに、すでに山のように勘違いが積もってるのよ。今更ひとつやふたつ増えたところでどうってことないわ」
ケラケラと笑うクレアに、珍しくヘルマンも賛同した。
「トリシャ嬢、妹の言う通りです。もしほかにご懸念のことがあるなら、ぜひおっしゃってください」
「ヘルマン様……」
顔を上げれば、見慣れた琥珀色の優しげな瞳とぶつかった。久々にまっすぐ彼の顔を見た気がして、トリシャの胸がとくり、と音を立てた。
「は……?」
トリシャの質問は、才気活発なクレアさえ一瞬押し黙らせる威力があった。数拍ののち、先に反応したのはヘルマンの方だった。
「トリシャ嬢、その、何をおっしゃっているのでしょう。私とクレアは兄妹ですよ?」
「えぇ、存じています。でも、“青の方と結婚したかった”と、ヘルマン様がおっしゃっていらしたかと」
「私がですか!? そんな馬鹿な……やめろ、クレア。そんなゴミを見るような目でこっちを見るなっ。私だっておまえとけっ、結婚なんて、たとえ命を盾に取られてもするものか」
ヘルマンの本気の怒りを見て、彼が心のうちに秘めていた大切な気持ちに触れてしまったのだと気づき、青くなった。
「ごめんなさい、わたくしったら、ヘルマン様のお気持ちも考えず……」
「待ってください、トリシャ嬢。いや、カミラもミーナもなんで目を背けるんだ。違う、断じて違うぞ。トリシャ嬢、いつ私がそんな奇想天外なことを言ったんです?」
「以前、領地を案内していただいたときです。あの日、遅く戻られたヘルマン様が、食事中にカミラと会話しているのを聞きました。ヘルマン様は、その、“自分はこんな結婚をするはずじゃなかった、青の方の方がよかった”と」
西地区で風車が故障するトラブルがあり、対応に追われて遅くなったヘルマンは、ひとり食堂で夕食をとっていた。カミラとの会話の最後に、確かにそう言ったはずだ。
トリシャの説明を受けてヘルマンとカミラが顔を見合わせる。二人して記憶を辿っている中、クレアが剣呑な目を兄に向けた。
「ふぅん。この私が見つけてあげた三国一の花嫁を前にして、“こんな結婚をするはずじゃなかった”って、そう言ったの? 兄さんの分際で? いくら妹の私が理想だからといって、それはないんじゃないの?」
「待て、待て待て待て! 誤解だ! あれはそういう意味じゃないっ。カミラ!」
「もちろんですとも! そんなつもりで言ったわけじゃありませんよ」
必死に首を振るカミラの擁護を受けて、ヘルマンが呻くように呟いた。
「あれは、私よりもクレアの方が領主に向いていると、そう言いたかっただけなんだ」
額を抑えて目を伏せる彼に、クレアがまたしても呆れた視線を投げた。
「何よ、兄さん。まだそんなこと言ってたの?」
「今はもうそんなこと思ってないさ。おまえは王子妃だ。だが、もともとおまえの方が領主の適正があった。頭の回転も早いし、度胸もある。借金取り相手の交渉力も見事なものだ。領民からも慕われているし……リドル家を建て直すためには、私よりもおまえが領主になった方がよかったのは事実だろう」
「しょうがないじゃない。女は当主になれないんだもの」
クレアの言う通り、今の法律では女性に襲爵の権利はない。女性しか後継がいない場合は婿を取り、夫が爵位を持つことになる。
「もちろん、今となっては無理な話だとわかっているさ。私もさすがに腹を括っている。でも、もしおまえが王子妃にならなければ、私は結婚せずにおまえの補佐に回って、おまえの子どもに跡を継がせるのもいいんじゃないかと、ずっと思っていたんだ。カミラとの会話は、そういう意味だよ」
つまりヘルマンが言った、“こんな結婚をするつもりはなかった”というのは、トリシャが相手で不満という意味ではなく、そもそも結婚するつもりがなかったということ。爵位は男性しか継げないため一度はヘルマンが持つが、クレアが誰かと結婚すればその相手に譲り、自分は妹の補佐に回りたいと、そう考えていた。
それに対しカミラが、“青の方の方がよかったんですよね”と返したのは、“青の方”=クレアが跡を継ぐ方がよかったんですよね、という意味だった。だが彼女が第三王子に見染められ、王子妃となったがために、“もう無理な話”となった。
見事なまでに空回りした誤解だったことが判明し、恥ずかしさといたたまれなさでめまいがしそうだった。そんな自分を見てヘルマンが申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「確かに、話の流れはトリシャ嬢に誤解を与えるものでした。心からお詫びします」
「いいえ、どう考えてもわたくしの勘違いのせいです。ヘルマン様は何も悪くは……」
ひたすら恐縮して小さくなる自分の前で、クレアが畳んだままの扇をとんとんと打ち鳴らした。
「“青の方”の存在と、兄さんがその人と結婚したがっていた、っていうのが誤解だったのはわかったわ。でもまだ不可解なことが残ってるのよね。どうしてトリシャさんは、兄さんの愛人もどきが妊娠しているなんて思ったの?」
「それは……あの、さっきのヘルマン様とカミラの会話の前に、別のやりとりがあったんです。ヘルマン様が声を荒げて、“まだ居座っているのか”とか、“子どもが生まれる前になんとしても追い出したい”とかおっしゃっていらしたので……。てっきり愛する方が妊娠されていて、出産までにわたくしを追い出したいのだとばかり」
「あの話まで聞いていらしたのですか!?」
今度はヘルマンが青くなる番だった。すかさずクレアが扇をずいっと差し出し、「説明してくれるわよね」と詰め寄る。だがヘルマンは目を泳がせたまま、狼狽えるばかりだった。
「いや、あれは、その……。もう解決している話なので。それに誓ってトリシャ嬢に対していったわけではなく」
「そんな聞き苦しい言い訳でなかったことにできるなら、ここに王子妃はいらないわ」
ぴしゃりと言い放つクレアは、自身の権力の使い所をよくわかっているようだった。観念したように項垂れたヘルマンは、ぼそぼそと告白をし始めた。
「そもそもまさか、こんなことになるとは思っていなかったんです。うちのダイニングに……ネズミが出るなんて」
「「……は?」」
自分とクレアの声が見事に重なる。
「ネズミくらい出るでしょう。この家の年季の入り具合を忘れたの? 兄さん、もうボケた?」
「ボケるわけあるか!」
クレアのツッコミに即座に反応したヘルマンは、そのまま捲し立てるように話し始めた。
「王都での結婚式を終えて戻ってきたら、カミラが青い顔して”食堂にネズミが発生した”って報告してきたんだ。二日連続で食堂の隅を走り抜けていったから、きっと今夜も出るだろうと。トリシャ嬢をお迎えした初日だぞ。まさか伯爵令嬢にネズミが走り回る部屋で食事をさせるわけにはいかないだろう。それで全員に緘口令をしいて、急ぎネズミを退治するよう指示したんだ」
だがヘルマンの願いや使用人たちの奮闘むなしく、数日たってもネズミを捕まえることはできなかった。人の手には負えないと判断したリドル家の面々は、奥の手を投入することにした。
「ハリーの家で子猫が何匹が生まれたばかりだったから、ネズミ捕り要員として一匹譲ってもらったんだ。ところがあの猫、タダ飯を食らうばかりで、ちっとも仕事をしやしなくて。しかも、だ。一匹だと思っていたネズミが実は二匹いたことが判明して……。もしつがいだったらどんどん繁殖して、ネズミ算式に子どもが増えてしまう。だから、ネズミが子どもを産む前になんとしてでも追い出したいと、そういうつもりで言ったんだ」
「なるほど。それでネズミ」
ふぅん、と納得して頷くクレアとは対照的に、トリシャは呼吸も忘れたかのように喉をひくつかせた。
「それじゃ、食堂が改修中だっておっしゃったのは……」
「ネズミ捕りが完了するまで、とてもじゃないがあなたをお誘いすることができなくて」
「ろくに仕事もせず、お貴族様のようだというのは」
「貰ってきた猫のことです。以前あなたが見かけたといっていた、黒い子猫ですね」
“居座っているのか”と言った対象はネズミ、“食事を減らせ”という指示は、ネズミを捕らない子猫に対しての発言。
「待って、じゃあ、わたくしの部屋の前とベランダにネズミの死骸が置いてあったのは……」
「やはりご覧になっていたのですね。様子がおかしいからそうじゃないかと疑っていたんです。あの猫があなたのことを気に入ったのか、狩った獲物を捧げたのでしょう。私たちが先に発見して回収できればよかったのですが、気持ちの悪い物をお見せしてしまって申し訳ありません」
子猫がトリシャのことを気に入ったのだとしたら、それは間違いなく自分のせいだ。猫かわいさと食事を残すことへの気後れから、自分の皿から食べ物をわけてやった。ヘルマンの指示で質素な食事にされていた猫からすれば、自分はおいしい食事をわけてくれる好ましい主人だ。
猫は捕ってきた獲物を主人に捧げる本能がある。あの死骸は使用人の嫌がらせではなく、猫が狩の成果を報告しにきた結果だったということだ。
「なるほど。それをトリシャさんが嫌がらせと受け止めた、と。話が見えてきたわ」
「も、申し訳ありません! わたくしったら変な勘違いばっかり。使用人の方たちにも領民たちにも嫌われているものとばかり思っていたので、てっきり……」
「それなんだけど、どうして嫌われてるって思ったの?」
「それは……」
使用人や領民たちが、“青の方”を慕っているという勘違いはすでに解決した。だとすればその他のこと——たとえばトリシャが書いたメッセージが彼らを困らせていたことなども、誤解だった可能性がある。
これ以上しゃべって墓穴を掘るのは勘弁したい。
「いえ、きっとまたわたくしの勘違いです。皆様にお聞かせするほどのことでは」
「勘違いかどうかは話を聞いてから判断しましょう。それに、すでに山のように勘違いが積もってるのよ。今更ひとつやふたつ増えたところでどうってことないわ」
ケラケラと笑うクレアに、珍しくヘルマンも賛同した。
「トリシャ嬢、妹の言う通りです。もしほかにご懸念のことがあるなら、ぜひおっしゃってください」
「ヘルマン様……」
顔を上げれば、見慣れた琥珀色の優しげな瞳とぶつかった。久々にまっすぐ彼の顔を見た気がして、トリシャの胸がとくり、と音を立てた。
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