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夏の断章 -Romance-
夏の断章①-1
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体育祭が終わってから、あっという間に時は流れていった。
気づけば梅雨の時期も過ぎて、本格的な夏が始まろうとしている。
二〇〇七年、七月。初夏の頃。
遠く過ぎ去った夏の扉の前に、俺はもう一度立とうとしている。
報道される事件も事故も、テレビでやっているドラマも流行りの曲も、何一つこの時代は俺の知っているものと変わりはなかった。
学生としての生活にはいつの間にか慣れ切ってしまったが、過ぎ去った季節を再び体験するという感覚にはどうも慣れなかった。
両親たちの別離騒動の結果、俺は父親と共に元の家に住むことになった。
母は妹、つまり俺の叔母にあたる人物の家に滞在している。
別居の原因は別に片方が不倫したとか、親父の隠し子が見つかったとか、そんな大層な理由があるわけではないらしい。
一言で言えば、互いの気持ちがすれ違った。
それが理由だと言う。
まるで平日昼間にやっているドラマみたいな理由だと思ったが、当人たちにとってはさぞかし真剣な問題なのだろう。
夫婦生活も十五年が経って、交わす会話がぎこちないものに感じられるようになった。
飲み会の参加連絡を怠ったとか、残業続きで帰宅早々寝てしまうとか、そんな親父の小さな不義理が蓄積されていった。
それらが絡み合って、母はこの先何十年も父と一緒に暮らしていくのが不安になってしまった。
彼らの多弁を要約してしまえば、そういうことになる。
両親が別居しても、俺の中学生活にさしたる変化はない。
家事をこなす時間が増えたのと、食卓に並ぶのがレトルトや市販の弁当になったぐらいのものだ。
たまに俺が何か料理を作ることもあったが、大抵週の五日は簡素な夕飯が並んだ。
いかんせん自炊は手間と時間がかかるし、それにあれこれ考える頭も必要だ。
お前は受験が控えているんだから無理はいい。
親父は気を遣う振りをしていたが、簡単に了解するわけにはいかないだろう。
完全に自炊をしていたわけではないが、フリーター時代に手間のかからないメニューなら一通り作れるようになっている。
帰宅した親父の前に俺が作った夕飯を差し出したら、呆けた顔をして「お前、料理できたんだな」と感嘆していた。
あの時の親父の間抜け面は傑作で、今でも忘れることができない。
学校の方もさしたる変化はない。
幸福な世界は、未だに健在だった。
あと二週間ほどで夏休みに入るということで、どこか生徒たちは浮き足立っているように見えた。
そんな青春という舞台の上に自分が立っている。
その事実が信じられなくなる時もたまにある。
自分は夢を見ているんじゃないかと思い、衝動的に頭を振って頬を抓ってみる。
その痛みだけが、目の前の確固たる現実を規定してくれた。
頻度は減ったが、その癖が抜け切ることはないだろう。
気づけば梅雨の時期も過ぎて、本格的な夏が始まろうとしている。
二〇〇七年、七月。初夏の頃。
遠く過ぎ去った夏の扉の前に、俺はもう一度立とうとしている。
報道される事件も事故も、テレビでやっているドラマも流行りの曲も、何一つこの時代は俺の知っているものと変わりはなかった。
学生としての生活にはいつの間にか慣れ切ってしまったが、過ぎ去った季節を再び体験するという感覚にはどうも慣れなかった。
両親たちの別離騒動の結果、俺は父親と共に元の家に住むことになった。
母は妹、つまり俺の叔母にあたる人物の家に滞在している。
別居の原因は別に片方が不倫したとか、親父の隠し子が見つかったとか、そんな大層な理由があるわけではないらしい。
一言で言えば、互いの気持ちがすれ違った。
それが理由だと言う。
まるで平日昼間にやっているドラマみたいな理由だと思ったが、当人たちにとってはさぞかし真剣な問題なのだろう。
夫婦生活も十五年が経って、交わす会話がぎこちないものに感じられるようになった。
飲み会の参加連絡を怠ったとか、残業続きで帰宅早々寝てしまうとか、そんな親父の小さな不義理が蓄積されていった。
それらが絡み合って、母はこの先何十年も父と一緒に暮らしていくのが不安になってしまった。
彼らの多弁を要約してしまえば、そういうことになる。
両親が別居しても、俺の中学生活にさしたる変化はない。
家事をこなす時間が増えたのと、食卓に並ぶのがレトルトや市販の弁当になったぐらいのものだ。
たまに俺が何か料理を作ることもあったが、大抵週の五日は簡素な夕飯が並んだ。
いかんせん自炊は手間と時間がかかるし、それにあれこれ考える頭も必要だ。
お前は受験が控えているんだから無理はいい。
親父は気を遣う振りをしていたが、簡単に了解するわけにはいかないだろう。
完全に自炊をしていたわけではないが、フリーター時代に手間のかからないメニューなら一通り作れるようになっている。
帰宅した親父の前に俺が作った夕飯を差し出したら、呆けた顔をして「お前、料理できたんだな」と感嘆していた。
あの時の親父の間抜け面は傑作で、今でも忘れることができない。
学校の方もさしたる変化はない。
幸福な世界は、未だに健在だった。
あと二週間ほどで夏休みに入るということで、どこか生徒たちは浮き足立っているように見えた。
そんな青春という舞台の上に自分が立っている。
その事実が信じられなくなる時もたまにある。
自分は夢を見ているんじゃないかと思い、衝動的に頭を振って頬を抓ってみる。
その痛みだけが、目の前の確固たる現実を規定してくれた。
頻度は減ったが、その癖が抜け切ることはないだろう。
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