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夏の断章 -Romance-
夏の断章⑤-2
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近くの公園の水飲み場で得物に水を補給してから、屋台が連なる祭り会場へと繰り出した。
祭りは昼からやっているが、やはり夜になると人の密度が段違いに高くなる。
ターゲットの女子たちを探しながら、それまでは人並みに夏祭りを楽しむことにした。
俺はりんご飴、日聖は綿飴、康太はかき氷を各々片手に持ちながら、金魚すくいやヨーヨー釣り、射的や型抜きを楽しんだ。
その道中で、いつか使うことになるだろうお面を購入した。
丁度カンナが被っているような狐のお面を俺は選び、日聖と康太はそれぞれ対照的な、渋いひょっとこのお面と猫の人気キャラクターをそれぞれ選んだ。
意外だったのは、その単価の高さだった。
おそらくお面というのは、玩具などを抜きにすれば、縁日で一番高価な商品なのではないか。
思うところはあったが、仕方がないので文句を言わず店主に紙幣を手渡した。
身近な三人組で祭りに来るのは、考えてみればこれが初めてだった。
康太とは小学生の頃まで毎年、他の友人と連れ立って祭りに行っていた。
しかし二人だけで参加するのは、案外小学生の低学年以来かもしれない。
もちろん、日聖と一緒に祭りに行ったことはなかった。
そんなことをすれば間違いなく噂になって周囲に要らぬ勘違いさせるし、何より俺と彼女の関係は本来なら一年ぐらいしか続かなかったのだ。
個人の記憶としては限りなく深く長いようでいながら、俺たちが互いに交わした時間はあまりに浅く短かった。
だから、こうして三人で仲良く夏祭りを渡り歩いているという事実は、奇跡という二文字では片づけられないほど感慨深いものがあった。
今日この時だけは、自分が本来二十五歳であることなど忘れて、素直に楽しもうと心の中で誓っていた。
だというのに、心の奥で絶えず鈍い声が聞こえていた。
お前はこの幸福を捨てて、さらなる幸せを望もうとしている。
今ここにあるかけがえのないものを打ち壊して、勝ち目の薄い賭けに興じようとしている。
なんて間抜けで、不遜な奴なのだ。
それは紛れもない事実だ。
フリーターの俺がそのことを聞いたら、果たして何を思うだろう。
きっと逆上して、その場で殴り殺されたって文句は言えないだろう。
それを承知した上で、今はその事実から目を背けて進み続けるしかなかった。
そういえば、三人で祭りを巡っていて、初めて気がついたことがある。
金魚すくいやヨーヨー釣りといった類が、日聖は存外苦手らしいのだ。
大抵のことは涼しい顔で器用にこなす彼女にしては、珍しい一面だった。
渡された紙製のポイやこよりをことごとく駄目にして、軽く癇癪を起こしていた。
「中々難しいですね」「今度こそは」とか言いながら何度も小遣いを注ぎ込んで、その度に失敗した。
店主から渡されたおまけの一匹と一つだけが、悪戯に数を増やしていった。
「……あいつ、ああ見えて結構可愛いところあるんだな。最初は気に食わない優等生だと思っていたけど、そうでもないらしい」
二人で彼女の悪戦苦闘をそっと見守っていると、康太が耳打ちしてきた。
「俺も知ったよ。正直、意外だった」
康太は「大事にしろよ」と意味深に呟いた。
「お前に言われるとはな」と皮肉で返したいのを抑えて、「分かってるよ」とだけ返した。
手に入れたヨーヨーを胸に抱えながら、日聖は俯き加減で歩いていた。
金魚も同じくらいの数を手に入れていたが、大量の生き物を抱えながらでは邪魔になる。
同じように悪戦苦闘していた子どもたちに全部譲ってきたのだ。
「結局、一つも自力で取れませんでした。何が悪かったんでしょう?」
「ああいうのは店によっても、当たり外れがあるからな。気にすることはないさ」
「甘やかすなよ、永輔。店に罪はない。単にお前が下手くそなだけだ」
康太が日聖を一瞥して、あけすけに言った。
彼も金魚すくいに挑戦していたが、なるほど、彼女とは対照的に妙に上手いプレイングを見せていた。
天性の勘か、はたまたスポーツマン特有の感覚の鋭敏さが働いたのか、一回のプレイで数匹の金魚を難なく捕まえて見せていた。
日聖からしたらその風景は理解から程遠い、さぞかし不条理で腹立たしいものに映っただろう。
すると日聖が無言で、隣を歩いていた康太のサンダルをおもむろに踏みつけた。
彼は足を押さえてオーバーな反応で、「いてぇな。なにすんだよ」と恨めしそうに突っかかっていたが、表面的なポーズだとすぐに分かった。
微笑ましい風景を眺めながら歩いていると、突然日聖が俺たちを静止するように手を伸ばした。
「見つけました。目的のグループです」
真面目な顔をして、彼女は小声で俺たちに声をかけた。
日聖が指差した方向を見やる。
いつか見たことのある遠藤という少女が、仲間を引き連れて歩いていた。
俺たちから二十メートルぐらい離れている。
まったくこちらには気づいていない様子だった。
「やっと本番か」
康太が不敵に口元を歪めて、気合いを入れるように息を吐いた。
俺たちは急いで引き返して、出店同士の隙間から建物裏の路地に入った。
先んじて購入していたお面を被って、鞄から水鉄砲を取り出す。
俺は取り回しが良さそうな、小型のピストル型の銃を選んだ。
俺と康太が直接的な襲撃を仕掛けて、日聖はその様子をカメラで撮影する。
仮にこの作戦がバレても、日聖が直接的な加害に手を染めなければ、お咎めは最小限で済むはずだ。
俺たちは目配せをしあって、彼女たちがこちらに接近するタイミングを眈々と見計らった。
この作戦の成否は、一連の行動をいかに早く遂げられるかにかかっている。
とにかく目的を早くこなして、後はただ逃げるだけだ。一撃離脱。
それだけ意識すれば、決して難しい作戦ではないはずだ。
遠藤のグループは、五メートルほど近くの距離まで近づいてきていた。
途端に、心臓が体験したことのない速さで脈を刻み始めた。
その激しいテンポに、俺はかつて日聖に別れを告げたあの暑過ぎた夏の日を思い出す。
これまでの人生で、こんな博打のような悪事に手を染めることは一度もなかった。
逃げ出したい誘惑に駆られながら、何倍にも引き伸ばされた一秒を一つずつ丁寧に数える。
俺たちは息を殺して、今か今かと絶好のタイミングを待った。
「……行くぞ」
閃光が弾けた。
康太の掛け声が合図だった。
俺たちは一目散に路地裏を飛び出して、彼女たちの前に躍り出た。
目を丸くしながら立ち尽くしている、遠藤の顔を真っ直ぐに狙う。
がむしゃらに水鉄砲のトリガーを何度も強く引いた。
俺と康太が放った水は放射線を描いて遠藤と、その隣にいた女子の顔や服に命中した。甲高い悲鳴が辺りに響く。
周りを歩いていた人々の何事だという視線が突き刺さる。
その時、フラッシュの眩しさが瞳孔を刺した。
すぐ後ろでシャッター音が鳴って、俺はようやく我に返った。
やり切った。
真っ白になった頭で、咄嗟に判断する。
彼女たちに背を向けて、全速力で来た道の方向へ駆け出した。
康太と日聖も、それに追随した。
一抹の達成感を感じながら、意識の全てをひたすら足を動かすことに集中させた。
体育の時間やマラソン大会なんて目じゃない。
今までの人生で一番走るという行為に集中する
俺たちは通行人を避けながら、とにかく走った。走りまくった。
平和な祭り会場で、突如起きた銃撃テロ。
いまだに遠くからは、困惑の響めきのようなものが聞こえてくる。
正体を隠すお面がずれないように注意し、浴衣姿の日聖が転ばないかをしきりに確認しながら、往来のど真ん中をひたすら駆けた。
幸いなことに、後ろから追いかけてくる人影はなかった。
このまま進み続ければ無事に作戦を果たして、満足してそれぞれの家に帰ることができる。
そう、誰もが思っていたに違いない。
だがまあ、イレギュラーはいつだって予期せぬタイミングで起こるものだ。
逃走の最中だった。
俺はある人物を発見してしまった。
とっくに卒業していて、この先の人生で関わり合うことはないと思っていた男だった。
あまりの間の悪さに、俺は己の度が過ぎた不運を嘲笑った。
同時、身体中の血液が瞬時に沸騰した。
それが怒りというプリミティブな感情だと、頭が冷えてからようやく気づく。
そいつは紛れもなく、本来の世界で康太の傀儡となり、日聖を奪い、俺から全てを取り上げていった長嶋とその取り巻きたちだった。
無視しろ、冷静になれと理性が囁いた。
行け、反抗しろと俺の全てが叫んだ。
迷うことなく、俺は後者の声に従った。
彼らの前にいきなり飛び出していき、衝動のままに水鉄砲のトリガーを押した。
およそ五発の水流が、その胸を差し貫いた。
彼は突然打ち込まれた凶弾に、驚きを含んだ小さな悲鳴を上げた。
「……お前、何やってんだ」
背後から、康太の血気迫る声が聞こえてくる。
日聖も俺の乱心に取り乱した様子で、そのまま歩みを止めてしまった。
俺は全てが終わった後で、衝動的としか言いようのない自らの判断と行動を呪った。
途端に遠藤の時とはまるで違う、獣のような唸り声が爆ぜたように拡散した。
なんだ、お前ら。ふざけんじゃねぇぞ。
舐めてんじゃねぇぞ、こら。
彼らは、口々に怨嗟の言葉を吐いた。
いきなり降ってきた災難に対して、戸惑いよりも先に目の前の不埒者に対する怒りが先行したらしい。
今にも飛びかかってきそうな勢いだった。
その憤然とした態度に気を呑まれて、つい反応が遅れてしまった。
「早く、逃げましょう」
日聖が勢い良く、俺の手を掴む。
俺はその手に導かれて、呆然としながら駆け出す。
彼女は胸に抱えた水の入ったヨーヨーを何個か、躊躇いなく彼らに投げつけた。
直接確認することはできなかったが、どうやらそれらは命中したらしい。
俺の攻撃よりもさらに大きな悲鳴が鳴り渡り、堰を切ったように卑俗な怒号が撒き散らされた。
ああ、なんて滅茶苦茶な夜だ。
自分で蒔いた種ながら、嘆かずにはいられなかった。
祭りは昼からやっているが、やはり夜になると人の密度が段違いに高くなる。
ターゲットの女子たちを探しながら、それまでは人並みに夏祭りを楽しむことにした。
俺はりんご飴、日聖は綿飴、康太はかき氷を各々片手に持ちながら、金魚すくいやヨーヨー釣り、射的や型抜きを楽しんだ。
その道中で、いつか使うことになるだろうお面を購入した。
丁度カンナが被っているような狐のお面を俺は選び、日聖と康太はそれぞれ対照的な、渋いひょっとこのお面と猫の人気キャラクターをそれぞれ選んだ。
意外だったのは、その単価の高さだった。
おそらくお面というのは、玩具などを抜きにすれば、縁日で一番高価な商品なのではないか。
思うところはあったが、仕方がないので文句を言わず店主に紙幣を手渡した。
身近な三人組で祭りに来るのは、考えてみればこれが初めてだった。
康太とは小学生の頃まで毎年、他の友人と連れ立って祭りに行っていた。
しかし二人だけで参加するのは、案外小学生の低学年以来かもしれない。
もちろん、日聖と一緒に祭りに行ったことはなかった。
そんなことをすれば間違いなく噂になって周囲に要らぬ勘違いさせるし、何より俺と彼女の関係は本来なら一年ぐらいしか続かなかったのだ。
個人の記憶としては限りなく深く長いようでいながら、俺たちが互いに交わした時間はあまりに浅く短かった。
だから、こうして三人で仲良く夏祭りを渡り歩いているという事実は、奇跡という二文字では片づけられないほど感慨深いものがあった。
今日この時だけは、自分が本来二十五歳であることなど忘れて、素直に楽しもうと心の中で誓っていた。
だというのに、心の奥で絶えず鈍い声が聞こえていた。
お前はこの幸福を捨てて、さらなる幸せを望もうとしている。
今ここにあるかけがえのないものを打ち壊して、勝ち目の薄い賭けに興じようとしている。
なんて間抜けで、不遜な奴なのだ。
それは紛れもない事実だ。
フリーターの俺がそのことを聞いたら、果たして何を思うだろう。
きっと逆上して、その場で殴り殺されたって文句は言えないだろう。
それを承知した上で、今はその事実から目を背けて進み続けるしかなかった。
そういえば、三人で祭りを巡っていて、初めて気がついたことがある。
金魚すくいやヨーヨー釣りといった類が、日聖は存外苦手らしいのだ。
大抵のことは涼しい顔で器用にこなす彼女にしては、珍しい一面だった。
渡された紙製のポイやこよりをことごとく駄目にして、軽く癇癪を起こしていた。
「中々難しいですね」「今度こそは」とか言いながら何度も小遣いを注ぎ込んで、その度に失敗した。
店主から渡されたおまけの一匹と一つだけが、悪戯に数を増やしていった。
「……あいつ、ああ見えて結構可愛いところあるんだな。最初は気に食わない優等生だと思っていたけど、そうでもないらしい」
二人で彼女の悪戦苦闘をそっと見守っていると、康太が耳打ちしてきた。
「俺も知ったよ。正直、意外だった」
康太は「大事にしろよ」と意味深に呟いた。
「お前に言われるとはな」と皮肉で返したいのを抑えて、「分かってるよ」とだけ返した。
手に入れたヨーヨーを胸に抱えながら、日聖は俯き加減で歩いていた。
金魚も同じくらいの数を手に入れていたが、大量の生き物を抱えながらでは邪魔になる。
同じように悪戦苦闘していた子どもたちに全部譲ってきたのだ。
「結局、一つも自力で取れませんでした。何が悪かったんでしょう?」
「ああいうのは店によっても、当たり外れがあるからな。気にすることはないさ」
「甘やかすなよ、永輔。店に罪はない。単にお前が下手くそなだけだ」
康太が日聖を一瞥して、あけすけに言った。
彼も金魚すくいに挑戦していたが、なるほど、彼女とは対照的に妙に上手いプレイングを見せていた。
天性の勘か、はたまたスポーツマン特有の感覚の鋭敏さが働いたのか、一回のプレイで数匹の金魚を難なく捕まえて見せていた。
日聖からしたらその風景は理解から程遠い、さぞかし不条理で腹立たしいものに映っただろう。
すると日聖が無言で、隣を歩いていた康太のサンダルをおもむろに踏みつけた。
彼は足を押さえてオーバーな反応で、「いてぇな。なにすんだよ」と恨めしそうに突っかかっていたが、表面的なポーズだとすぐに分かった。
微笑ましい風景を眺めながら歩いていると、突然日聖が俺たちを静止するように手を伸ばした。
「見つけました。目的のグループです」
真面目な顔をして、彼女は小声で俺たちに声をかけた。
日聖が指差した方向を見やる。
いつか見たことのある遠藤という少女が、仲間を引き連れて歩いていた。
俺たちから二十メートルぐらい離れている。
まったくこちらには気づいていない様子だった。
「やっと本番か」
康太が不敵に口元を歪めて、気合いを入れるように息を吐いた。
俺たちは急いで引き返して、出店同士の隙間から建物裏の路地に入った。
先んじて購入していたお面を被って、鞄から水鉄砲を取り出す。
俺は取り回しが良さそうな、小型のピストル型の銃を選んだ。
俺と康太が直接的な襲撃を仕掛けて、日聖はその様子をカメラで撮影する。
仮にこの作戦がバレても、日聖が直接的な加害に手を染めなければ、お咎めは最小限で済むはずだ。
俺たちは目配せをしあって、彼女たちがこちらに接近するタイミングを眈々と見計らった。
この作戦の成否は、一連の行動をいかに早く遂げられるかにかかっている。
とにかく目的を早くこなして、後はただ逃げるだけだ。一撃離脱。
それだけ意識すれば、決して難しい作戦ではないはずだ。
遠藤のグループは、五メートルほど近くの距離まで近づいてきていた。
途端に、心臓が体験したことのない速さで脈を刻み始めた。
その激しいテンポに、俺はかつて日聖に別れを告げたあの暑過ぎた夏の日を思い出す。
これまでの人生で、こんな博打のような悪事に手を染めることは一度もなかった。
逃げ出したい誘惑に駆られながら、何倍にも引き伸ばされた一秒を一つずつ丁寧に数える。
俺たちは息を殺して、今か今かと絶好のタイミングを待った。
「……行くぞ」
閃光が弾けた。
康太の掛け声が合図だった。
俺たちは一目散に路地裏を飛び出して、彼女たちの前に躍り出た。
目を丸くしながら立ち尽くしている、遠藤の顔を真っ直ぐに狙う。
がむしゃらに水鉄砲のトリガーを何度も強く引いた。
俺と康太が放った水は放射線を描いて遠藤と、その隣にいた女子の顔や服に命中した。甲高い悲鳴が辺りに響く。
周りを歩いていた人々の何事だという視線が突き刺さる。
その時、フラッシュの眩しさが瞳孔を刺した。
すぐ後ろでシャッター音が鳴って、俺はようやく我に返った。
やり切った。
真っ白になった頭で、咄嗟に判断する。
彼女たちに背を向けて、全速力で来た道の方向へ駆け出した。
康太と日聖も、それに追随した。
一抹の達成感を感じながら、意識の全てをひたすら足を動かすことに集中させた。
体育の時間やマラソン大会なんて目じゃない。
今までの人生で一番走るという行為に集中する
俺たちは通行人を避けながら、とにかく走った。走りまくった。
平和な祭り会場で、突如起きた銃撃テロ。
いまだに遠くからは、困惑の響めきのようなものが聞こえてくる。
正体を隠すお面がずれないように注意し、浴衣姿の日聖が転ばないかをしきりに確認しながら、往来のど真ん中をひたすら駆けた。
幸いなことに、後ろから追いかけてくる人影はなかった。
このまま進み続ければ無事に作戦を果たして、満足してそれぞれの家に帰ることができる。
そう、誰もが思っていたに違いない。
だがまあ、イレギュラーはいつだって予期せぬタイミングで起こるものだ。
逃走の最中だった。
俺はある人物を発見してしまった。
とっくに卒業していて、この先の人生で関わり合うことはないと思っていた男だった。
あまりの間の悪さに、俺は己の度が過ぎた不運を嘲笑った。
同時、身体中の血液が瞬時に沸騰した。
それが怒りというプリミティブな感情だと、頭が冷えてからようやく気づく。
そいつは紛れもなく、本来の世界で康太の傀儡となり、日聖を奪い、俺から全てを取り上げていった長嶋とその取り巻きたちだった。
無視しろ、冷静になれと理性が囁いた。
行け、反抗しろと俺の全てが叫んだ。
迷うことなく、俺は後者の声に従った。
彼らの前にいきなり飛び出していき、衝動のままに水鉄砲のトリガーを押した。
およそ五発の水流が、その胸を差し貫いた。
彼は突然打ち込まれた凶弾に、驚きを含んだ小さな悲鳴を上げた。
「……お前、何やってんだ」
背後から、康太の血気迫る声が聞こえてくる。
日聖も俺の乱心に取り乱した様子で、そのまま歩みを止めてしまった。
俺は全てが終わった後で、衝動的としか言いようのない自らの判断と行動を呪った。
途端に遠藤の時とはまるで違う、獣のような唸り声が爆ぜたように拡散した。
なんだ、お前ら。ふざけんじゃねぇぞ。
舐めてんじゃねぇぞ、こら。
彼らは、口々に怨嗟の言葉を吐いた。
いきなり降ってきた災難に対して、戸惑いよりも先に目の前の不埒者に対する怒りが先行したらしい。
今にも飛びかかってきそうな勢いだった。
その憤然とした態度に気を呑まれて、つい反応が遅れてしまった。
「早く、逃げましょう」
日聖が勢い良く、俺の手を掴む。
俺はその手に導かれて、呆然としながら駆け出す。
彼女は胸に抱えた水の入ったヨーヨーを何個か、躊躇いなく彼らに投げつけた。
直接確認することはできなかったが、どうやらそれらは命中したらしい。
俺の攻撃よりもさらに大きな悲鳴が鳴り渡り、堰を切ったように卑俗な怒号が撒き散らされた。
ああ、なんて滅茶苦茶な夜だ。
自分で蒔いた種ながら、嘆かずにはいられなかった。
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