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秋の断章 -Tragedy-

秋の断章④-2

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「……止めましょう。このまま続けても、意味ないです」



 読むべき台詞の番に詰まるのは、今日で三度目だった。



 台本を丸めて俺に向けながら、日聖は溜息混じりにきつい口調で言った。



「練習に集中してくれないと、いくらやっても時間の無駄です。永輔くん、ずっと上の空で練習しているでしょう?」



「ああ、ごめん。悪かった」



 おざなりな謝罪をしながら、俺は溢れ出た欠伸を噛み殺した。



「受験が近いのに授業中に居眠りしているし、何をしているのかは知らないけど、疲れ切っているんでしょう?」



 無言を貫く。



 俺が今やっていること。



 それは彼女に話したところで、とても理解されるような行為じゃない。



「千賀さんが、そんなに心配ですか?」



 顔を間近まで近づけて、こちらを覗き込みながら日聖は尋ねてきた。



 何かの間違いで、唇同士が触れ合いそうな近さだった。



 いつになく凄みを感じさせる生真面目な仮面を張り付かせて、彼女は俺をじっと見つめてきた。



 自分よりもずっと歳下の女の子の圧に押されて、俺は力なく頷いた。



「……不安なんだ。燎火がこのままいなくなってしまうんじゃないかって考えたら、居ても立っても居られなくなる。怖くて、怖くて、消えてしまいたくなる」



 正直な気持ちを吐露すると、途端に日聖がふっと優しげに頬を緩めた。



 そして、子どもにそうするみたいに、俺の頭をしきりに撫でながら言った。



「今度、みんなでお見舞いに行きましょう。先生から、彼女が入院している病院について訊いておきます。こんな言葉は無責任かもしれませんが、きっとなんとかなるはずです」



 その優しい声が無性に胸に響き渡り、つい目頭が熱くなってしまう。



 穏やかに細まった日聖の瞳を見つめながら、俺はもう一度頷いた。



「心配かけてすまなかった。俺も、ちゃんとお前と一緒に舞台に立ちたい。だから、頑張るよ」



 日聖が「ありがとう、永輔くん」と笑み、左手に持った台本をもう一度広げた。



「それじゃあ、また始めましょうか」



 その台詞を合図として、再び台本の読み合わせが開始された。

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