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秋の断章 -Tragedy-

秋の断章⑥-1

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 それからの日々を、俺は目の前の物事だけに集中することに専念した。



 文化祭の劇を成功させるために必死に練習に励み、志望する高校に入学するための勉強も欠かさなかった。



 本来は二十五歳であるなどという傲慢は捨てて、十五歳の中学生として生きることに努めた。



 そして週に一回ほど、燎火の見舞いに行った。



 一人で行く時もあれば、康太や日聖が一緒の時もあり、面子は流動的だった。



 康太と燎火は、意外にもそれなりに意気が合っているようで、当初よりも互いの評価は大分上がっているらしい。



 一見、水と油のような二人と、それから日聖。



 てんでばらばらで、似ても似つかない個性の集まりだ。



 しかし、だからこそ価値があった。



 彼らのやり取りを眺めている時ほど、俺の心が落ち着く時はなかった。





 もちろん、そんな喜ばしいことばかりで世界が満ちていた訳ではない。



 日聖との関係は、あれから大分様変わりした。



 燎火のいなくなった学校で、何かの枷が外れたみたいに、あの日から彼女とのスキンシップが増えた。



 ふとしたタイミングで、日聖は俺に唇を寄せるようになった。



 近くに誰もいない下校路で、当たり前のように手を繋いでくるようになった。



 人気のない屋上の隅で、長い間抱きしめてくるようになった。



 こっそりと互いの部屋を訪れて、逢瀬を重ねるようになった。





 行為をしかけてくるのは、いつも日聖の方からだった。



 俺はなすがままに、全てを受け入れた。



 仮に誰かに見られたら大変な事になるのに、俺には燎火という心に決めた相手がいるのに、つい日聖を許してしまっている。



 彼女を拒否することが、俺にはできなかった。



 心の奥では、俺だって誰かの温もりを求めていたのだ。

 

 覚悟を受け入れたとしても、やがて訪れる未来が怖くて、怖くて、堪らなかった。

 

 燎火を喪う恐怖から、必死に目を背けようとしていたのだ。



 実際、日聖との触れ合いはどうしょうもない悦楽と、安心感をもたらしてくれた。



 若い情熱の赴くままに振る舞い、共に墜落していく感覚に酔っていたのだ。



 ああ、分かっている。



 精神の均衡を保つための道具として、俺は日聖を都合良く利用している。



 あれだけ大切に思っていた、初恋の相手を慰み者にしている。 



 申し開きの余地はない。許されない不義を重ねていることは分かっていた。



 彼女の肌に直接触れる度に、心は満たされ摩耗していった。



 日聖はいまだ、以前のような愛の告白を直接投げ渡してはこない。



 どんな場面であってもあの言葉を口にすることはなかった。



 あくまで俺と燎火の行方を、その時が来るまで見守ってくれているらしい。



 その優しさに何も返せないのが、何よりも辛く惨めで堪らなかった。





 文化祭でステージの上に二人で立った後、俺たちはどうなるのだろうか。



 日聖との関係に、ちゃんとけじめをつけることができるのか。 



 そんなことを考えながら、いつもの練習終わり、彼女に誘われて家に通される。



 手を引かれて玄関から一直線で、小綺麗に整頓された二階の自室へと迎え入れられた。



 部屋の扉を閉じた瞬間、性急に唇を奪われる。



 指を絡め合わせながら、決まって日聖にベッドへ押し倒される。



 幼い頃からずっと憧れていた彼女の吐息を間近で感じ、なけなしの理性が攫われる。



 「永輔くん」と俺の名前を切なげに何度も呼び、上目遣いで眉を寄せてしきりにキスをしながら身体を絡めてきた。 



 まるで何かに追い立てられるみたいに、俺たちは貪り合い、互いを慰め合った。

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