行き場のないヒーロー

うすしお

文字の大きさ
3 / 4
第一章 君はこれから少年ヒーローだ‼︎

第二話 百万人⁉︎

しおりを挟む
「おいちょっと!」

 クワの声が、屋上の出口へと走る僕の背中に投げかけられる。そんなこと言われたって、眠っていたら知らない学校の屋上にいて、急に超巨大なハエトリグサが出てきて、目の前の同い年くらいの少年に共闘をせがまれて、うんと快く頷くやつがいるのかよ⁉

 僕はドアをこじ開けて中に入る。とにかくどこかへ逃げさせてほしい。

「いやいやいやいや! なにこの急展開! もうちょっと心の整理させてほしいんですけど!」

 そんなことを叫び、僕は暗い踊り場を何回も曲がって階段をダッシュで降りる。二階まで降りて、僕は目玉が飛び出そうなくらいにおったまげる。

「いぃぃぃぃやああああああああああああああああ!」

 一階の階段から、ハエトリグサの一匹が自分の巨体など気にせず、茎をのばしながら階段を上って、二階の廊下にいる僕に大きく口を開けて突撃してきたのだ。
 ハエトリグサが通った後のコンクリートの壁がぼろぼろになる。

 僕は階段を下りるのを瞬時に諦め、右の方向の廊下へと走る。それを、通りづらそうにどんどんと廊下の壁や床に当たりながらハエトリグサは追ってくる。教室のガラス窓が割れる音、壁に張り出された紙がビリビリに破ける音、ごみ箱がぶっとんで中のごみがぐしゃぐしゃに散乱する音を後ろから聴きながら、僕は全力の力を振り絞って逃げる。

「えええええええ! なんでこんなことになってるのーっ⁉」

 僕は叫びながら、橋のようにかかった別校舎への渡り廊下を走る。

 すると、僕の目の端に、何か小さいものが映った。

 ひらりとした見た目、黄色に黒い線が張り巡らされた羽……。アゲハ蝶? なんでこんなところに? そう思って通り過ぎると、またおかしな現象が起きる。

 ……こらー! カブトーっ! 逃げてばっかで情けないぞー!
 ……この主人公、見た目はいい感じだけど臆病過ぎない?
 ……あ、新しいアニメの一話やってんじゃーん。

 え、なにこの声……? カブト? 逃げてばっかで情けない? 仕方ないじゃん! ていうか僕の名前、深山佐凪なんですけど! なにこのカブトってダサい名前⁉

 そう思って、左耳のイヤホンマイクから聞こえる謎の声に気を取られていたせいで、僕はつまずいて前方にずるずるとすっころんだ。

「うああああああああああっ‼」

 僕は前方に腕を伸ばし、まるでコントでズッコケている人みたいに滑り、別校舎の廊下へ渡り切る。手に握っていた光剣の黒い柄を離してしまい、コロコロと前に転がっていく。

 瞬時に僕は上半身を起き上がらせ、左耳にかかっているイヤホンマイクに手を当てながらきょろきょろとあたりを見回す。

 まだ、ぼやけた声は聞こえている。その大多数は、少年や少女の高い声。

「え、なに、なんなの?」

 渡り廊下の方へ振り返ると、ハエトリグサが真正面から襲い掛かってくる。
 
「しょうがないなあ」

 呆れたような声が、今度はイヤホンマイクからではなく、ハエトリグサの方から聞こえてくる。しかし、ハエトリグサがそんな声を出しているとは思えなかった。

 これ、眠っていた時に聞こえた声……。

 そう思うと、ハエトリグサの前で舞っているアゲハ蝶が、旋風を巻き起こして巨大化した。僕の着ているジャケットや短パンが靡く。

「ええっ⁉」

 僕はその巨大化したアゲハ蝶に目を見張る。
 そのアゲハ蝶は、この廊下のスペースをぎりぎりに使って羽を後ろに構え、一気に前へと動かした。

「とりゃああああっ!」

 僕を、助けてくれている?

 アゲハ蝶からそんな声が聞こえると同時に、反動でこちらへと後ろ向きに飛んでくる。

 ぶつかる! そう思ったのもつかの間、いつの間にかアゲハ蝶は元のサイズに戻っており、僕の肩の上に乗っかっている。

 そして、アゲハ蝶は高い声を上げる。

「頼む! あのハエトリグサを倒してくれ!」

 その言葉は、クワという男の子が発した言葉とおんなじものだった。この喋れるアゲハ蝶は、クワの仲間なのか?

「そんなこと言ったって! 何が何だか……!」

 僕は右肩に乗っているアゲハ蝶を見やりながら言う。

「お願いだ! 人命がかかっているんだ! キミにしかできないんだ!」

 人命……。その言葉が吐き出され、僕は血の気が引いていく思いがした。誰かの命がかかっている。そう分かるだけで、僕のぼやっとしていた意識ははっきりとしたものになった。

 とにかく、ここまで来て分かったことは、夢の中で僕はこのカッコいい衣装を着た、誰かを救う何者かだということ。僕が戦わないと、話が進まないということ!

「分かったから! とにかく戦う方法を教えて!」

 僕はそう言いながら、廊下に転がしてしまった光剣の柄を拾ってスイッチを入れる。カラフルな光剣が出来上がり、炎色反応のような様々な色のオーラがまとわりつく。ジャケットとシューズの蛍光色のライン、光剣の光がこの廊下に明かりを灯す。光剣を両手で持ち、アゲハ蝶の生み出した風で怯んだハエトリグサを捉える。その姿は、傍から見たらかなり様になっているのだろう。

 ……おお! カブトがやる気になったぞ!
 ……めっちゃカッコいい!
 ……あの敵を倒すんだ!

 イヤホンマイクからは、まだ幼い声が沢山聴こえてくる。

 どうせここは夢の中だ! 戦うことだって、夢の中なら出来る! それに、僕は大量のヒーローものを頭の中に刻んできているじゃないか!

 僕は、心を自分で奮い立たせた。

「ありがとう! まず、君の視界の右上に、数字が見えるだろう?」

 するとなぜか、イヤホンマイクからアゲハ蝶の声がした。肩に乗っかっていたアゲハ蝶はいつの間にかいなくなっている。

「えっ?」

 そう言われて、言われた通りに右上に視界をずらす。アゲハ蝶の言う通り、そこにはものすごい勢いで増量していく算用数字の羅列があった。

「これは、君の戦闘をテレビから見ている人数を表しているんだ! 見てくれている人の数は約百万人!」

「ひゃくまん⁉」

 僕の戦闘が、テレビで見られている⁉ それに、百万人も⁉ なんてぶっ飛んだ夢なんだ⁉

「そして、その数字が多ければ多いほど、君の持つ光剣は強い力を発揮する! 百万人も見てくれればこいつは倒せる! あとは、君がカッコいいと思うアクションで、こいつを倒せばいい! 痛みは感じないから安心して!」

 アゲハ蝶の説明を聴きながら、僕の心はうずいていた。少年心が昂っていた。なんて、なんて最高な夢なんだ! 僕は今、みんなの憧れのヒーローとして、テレビに出ているのだ!

「わかった。ありがとうアゲハ蝶さん! 僕、やってみる!」

 怯んでいたハエトリグサは、体制を立て直し、咆哮を上げる。

「さあ、かかってこいっ‼」

 ハエトリグサは光剣を構えている僕を捉え、口を大きく開けて突っ込んでくる。

 僕は廊下の床を蹴って高くジャンプし、突っ込んでくるハエトリグサの口の上を飛び越えた。

 こいつは突っ込むスピードは速いが機動性はない! まるでまっすぐ突き進むイノシシみたいだ!

 僕は横向きに体の方向を変える。ハエトリグサの口はジャンプした僕をくぐる形になり、僕の目の前には茎が露になっている。

 今だ!

 僕はそう確信して、両手で大きく振りかぶった光剣を落下しながら振りかざし、茎を一刀両断した!

 空間が揺らぐほどに光剣の光の残像がまぶしく輝き、気づけばハエトリグサの茎は焼き切れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

二度目の勇者は救わない

銀猫
ファンタジー
 異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。  しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。  それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。  復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?  昔なろうで投稿していたものになります。

処理中です...