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決意の徒 第二章・蠢動(5)
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森岡ら一行が札幌すすきのに着いたのは二十時前だった。
ここでもう一人、道案内役として土門隆三(どもんりゅうぞう)という五十歳手前の男性が加わった。
土門はウイニット北海道支店の支店長である。
森岡はウイニットの拡大戦略の一つとして、小規模のコンピューターソフトウェア製作会社を買収していた。
特に、大阪と東京以外の地方都市で積極的に行った。
その理由はいくつかあった。
まず、同等規模の会社の買収だと対等合併の色が滲み出てしまい、組織の運営上支障が生じる懸念があった。大銀行同士が合併したのは良いが、出身派閥が出来てしまい、その結果、頭取を交代で選出するという愚行を犯しているのは周知の事実である。
また、一度に多くの社員を中途採用すれば、組織内の意思疎通が図れなくなる。
その点、十名から三十名の会社を買収し、そのまま支店として傘下に入れれば、買収された側の社員の士気も落ちることはない。
土門は「ダイヤシステム」という、従業員が二十五名規模の会社を経営していた。
森岡が土門を知ったきっかけは、ウイニットが受注した仕事の外注先として使ったことだった。
これは顧客の強い要望であった。顧客はコンピューター一式をすべて一新し、システム開発の発注先をウイニットに変更したのだが、その際前回のコンピューターシステム開発の一端を担ったダイヤシステムを外注として使って欲しい、とウイニットに要望したのである。
確かに、コンピューターシステム開発というのは、顧客と開発会社の共同作業である。信頼関係が醸成されなければ、良いシステムは生まれない。
とはいえ、外注先の一社に過ぎなかったダイヤシステムが、それほど客先から信頼を勝ち取っていたとは意外だった。土門という社長が人物なのか、あるいは技術が優れているかということになった。
森岡はそれを知りたいがために、自ら何度も北海道へ足を運んだ。しかも彼は、仕事の話は一切せず、夜な夜な土門を夜の街へと誘った。
そして、土門個人の人となりも、会社全体の技術レベルの高さも気に入った。
だが森岡は、仲間にならないかなどという直接的な勧誘はしない。
それでは相手の力量を測れないからである。いかに人品骨柄に優れていても、洞察力が無ければ人の上に立つことができないのは自明の理である。
森岡が大変に忙しい身だということは土門も知っているはずである。それを酒を飲むためだけに、わざわざ大阪から北海道へやって来る。
はたして、土門隆三はその意図を見抜いた。
四度目の訪道のとき、土門は森岡に宜しくお願いします、と頭を下げた。
森岡はダイヤシステムの従業員をそのまま雇用し、土門を北海道支店長に任命した。現在の人員は五十名余と倍増している。
「さて、食事はどこにしますか」
土門が訊いた。
「札幌は久しぶりですし、時間も時間なので例の炉端にしましょう」
森岡は丁寧な言葉遣いをした。
組織上は部下であるが、土門は十歳以上年長者で、まだ気心が充分知れた間柄とまでは言えなかった。
「炉端? 社長、せっかく札幌にまで付き合わせておいて、炉端焼きはないでしょう」
「大丈夫だよ、南目君。炉端といっても、大衆チェーン店のような店ではないからね」
露骨に不満をぶつけた南目を土門が笑顔で窘めた。
さすがに北海道一の歓楽街、すすきのである。南北は南四条の都通から南六条の間、東西は西二丁目から西六丁目の各通りは人の波でごった返していた。
森岡が名指した「炉端焼き・どさん子」は南五条西四丁目、つまりすすきのエリアのど真ん中の交差点角に立つビルの二階に有った。店内の広さは百坪余もあり、ほぼ中央に調理場を置き、周囲をぐるりとカウンター席にしている。他にテーブル席と個室部屋もあった。
「おお、確かに俺が通う炉端とは様子が全く違う」
南目は目を丸くした。
「本来なら、調理人と対面できるカウンター席が良いのやが、こう大人数では話がし難い」
森岡はそう言って、テーブル席を要望した。このどさんこ子は、カウンター席だけでも三十もあった。
松江に集った森岡、蒲生、足立、相良の四人に、大阪から野島、住倉、坂根と南目の四人が、東京からは中鉢と宗光が加わり、さらに札幌で土門が合流し、総勢十一名に膨れ上がっていた。
むろん九頭目弘毅以下、神栄会の組員は近くのテーブルに席を取っていた。
まず最初に、森岡が皆に宗光賢一郎を紹介し、野島以下全員が順次自己紹介を返した後、乾杯となった。
「輝、まずは焼きタラバを食ってみろ」
「私も一度思う存分食ってみたかったのです。ですが、高いでしょう」
「いまさら、遠慮する柄か」
森岡が嫌味を込めて笑う。
「坂根、統万、お前らは松葉は食い慣れているだろうが、タラバ蟹や毛蟹も美味いぞ」
「社長、灘屋と違って松葉蟹など滅多に口にしていません。せいぜい紅(べに)です」
坂根が苦笑いをした。
紅とは紅ズワイガニのことである。生だと松葉蟹と見分けは付かないが、茹でると鮮やかな赤みの掛かったオレンジ色になった。味もほとんど遜色はないのだが、値段は五分の一から十分の一と格安だった。境港は、その紅ズワイガニの水揚げ高が全国一位であった。
「何にしても蟹なんて私の口にはとてもとても」
と首を横に振った野島に、
「せやな」
「そうですね」
「私も」
住倉、中鉢、蒲生が同調した。
「賢一郎はどうだ。親っさんに随伴して旨いものを食っていたんじゃないか」
「いえ、たまに随伴していましたが、別の部屋を用意されていましたので、そのような贅沢は許されませんでした」
森岡の問いに、宗光が首を横に振った。
「どうせ社長の奢りだ。この際、思いっきり食わせてもらいましょう」
南目の張り切った声に、
「そうさせてもらおうか」
と皆が口々に呼応した。
ひとしきり腹を満たした後だった。さて、と土門が姿勢を正した。
「社長、私はいつ大阪に向かえば宜しいので」
森岡が満足げな顔を土門に向けた。
「来年の春頃には」
「承知しました」
土門はあっさりと引き受けた。彼は、森岡が野島をはじめ彼の近しい者を全員札幌に集めた意図を見抜いていた。北海道支店を離れ、大阪本社に入れという催促だということを――。
「後任は土門さんの目に適った者を据えて下さい」
「宜しいのですか」
驚きの目で土門が言う。
「北海道支店は貴方が興した会社です。できるだけ、貴方の考えを受け入れます」
「感謝します」
土門は感激の顔で頭を下げた。
「社長、この後はどこに連れて行ってくれるんですか」
二人のやり取りが終わるを見計らって南目が催促した。
「土門さん、リッチは大丈夫ですかね」
森岡が大人数を懸念した。
「十一人ですからね。VIPルームが空いているか確認しましょう」
土門はそう言って一旦店を出た。
「リッチだなんて、いかにも高そうな店ですね、先輩」
相良が弾んだ声で言った。
彼にすれば、高級クラブなど森岡と一緒でなければ、まるっきり縁のない場所なのである。
ここでもう一人、道案内役として土門隆三(どもんりゅうぞう)という五十歳手前の男性が加わった。
土門はウイニット北海道支店の支店長である。
森岡はウイニットの拡大戦略の一つとして、小規模のコンピューターソフトウェア製作会社を買収していた。
特に、大阪と東京以外の地方都市で積極的に行った。
その理由はいくつかあった。
まず、同等規模の会社の買収だと対等合併の色が滲み出てしまい、組織の運営上支障が生じる懸念があった。大銀行同士が合併したのは良いが、出身派閥が出来てしまい、その結果、頭取を交代で選出するという愚行を犯しているのは周知の事実である。
また、一度に多くの社員を中途採用すれば、組織内の意思疎通が図れなくなる。
その点、十名から三十名の会社を買収し、そのまま支店として傘下に入れれば、買収された側の社員の士気も落ちることはない。
土門は「ダイヤシステム」という、従業員が二十五名規模の会社を経営していた。
森岡が土門を知ったきっかけは、ウイニットが受注した仕事の外注先として使ったことだった。
これは顧客の強い要望であった。顧客はコンピューター一式をすべて一新し、システム開発の発注先をウイニットに変更したのだが、その際前回のコンピューターシステム開発の一端を担ったダイヤシステムを外注として使って欲しい、とウイニットに要望したのである。
確かに、コンピューターシステム開発というのは、顧客と開発会社の共同作業である。信頼関係が醸成されなければ、良いシステムは生まれない。
とはいえ、外注先の一社に過ぎなかったダイヤシステムが、それほど客先から信頼を勝ち取っていたとは意外だった。土門という社長が人物なのか、あるいは技術が優れているかということになった。
森岡はそれを知りたいがために、自ら何度も北海道へ足を運んだ。しかも彼は、仕事の話は一切せず、夜な夜な土門を夜の街へと誘った。
そして、土門個人の人となりも、会社全体の技術レベルの高さも気に入った。
だが森岡は、仲間にならないかなどという直接的な勧誘はしない。
それでは相手の力量を測れないからである。いかに人品骨柄に優れていても、洞察力が無ければ人の上に立つことができないのは自明の理である。
森岡が大変に忙しい身だということは土門も知っているはずである。それを酒を飲むためだけに、わざわざ大阪から北海道へやって来る。
はたして、土門隆三はその意図を見抜いた。
四度目の訪道のとき、土門は森岡に宜しくお願いします、と頭を下げた。
森岡はダイヤシステムの従業員をそのまま雇用し、土門を北海道支店長に任命した。現在の人員は五十名余と倍増している。
「さて、食事はどこにしますか」
土門が訊いた。
「札幌は久しぶりですし、時間も時間なので例の炉端にしましょう」
森岡は丁寧な言葉遣いをした。
組織上は部下であるが、土門は十歳以上年長者で、まだ気心が充分知れた間柄とまでは言えなかった。
「炉端? 社長、せっかく札幌にまで付き合わせておいて、炉端焼きはないでしょう」
「大丈夫だよ、南目君。炉端といっても、大衆チェーン店のような店ではないからね」
露骨に不満をぶつけた南目を土門が笑顔で窘めた。
さすがに北海道一の歓楽街、すすきのである。南北は南四条の都通から南六条の間、東西は西二丁目から西六丁目の各通りは人の波でごった返していた。
森岡が名指した「炉端焼き・どさん子」は南五条西四丁目、つまりすすきのエリアのど真ん中の交差点角に立つビルの二階に有った。店内の広さは百坪余もあり、ほぼ中央に調理場を置き、周囲をぐるりとカウンター席にしている。他にテーブル席と個室部屋もあった。
「おお、確かに俺が通う炉端とは様子が全く違う」
南目は目を丸くした。
「本来なら、調理人と対面できるカウンター席が良いのやが、こう大人数では話がし難い」
森岡はそう言って、テーブル席を要望した。このどさんこ子は、カウンター席だけでも三十もあった。
松江に集った森岡、蒲生、足立、相良の四人に、大阪から野島、住倉、坂根と南目の四人が、東京からは中鉢と宗光が加わり、さらに札幌で土門が合流し、総勢十一名に膨れ上がっていた。
むろん九頭目弘毅以下、神栄会の組員は近くのテーブルに席を取っていた。
まず最初に、森岡が皆に宗光賢一郎を紹介し、野島以下全員が順次自己紹介を返した後、乾杯となった。
「輝、まずは焼きタラバを食ってみろ」
「私も一度思う存分食ってみたかったのです。ですが、高いでしょう」
「いまさら、遠慮する柄か」
森岡が嫌味を込めて笑う。
「坂根、統万、お前らは松葉は食い慣れているだろうが、タラバ蟹や毛蟹も美味いぞ」
「社長、灘屋と違って松葉蟹など滅多に口にしていません。せいぜい紅(べに)です」
坂根が苦笑いをした。
紅とは紅ズワイガニのことである。生だと松葉蟹と見分けは付かないが、茹でると鮮やかな赤みの掛かったオレンジ色になった。味もほとんど遜色はないのだが、値段は五分の一から十分の一と格安だった。境港は、その紅ズワイガニの水揚げ高が全国一位であった。
「何にしても蟹なんて私の口にはとてもとても」
と首を横に振った野島に、
「せやな」
「そうですね」
「私も」
住倉、中鉢、蒲生が同調した。
「賢一郎はどうだ。親っさんに随伴して旨いものを食っていたんじゃないか」
「いえ、たまに随伴していましたが、別の部屋を用意されていましたので、そのような贅沢は許されませんでした」
森岡の問いに、宗光が首を横に振った。
「どうせ社長の奢りだ。この際、思いっきり食わせてもらいましょう」
南目の張り切った声に、
「そうさせてもらおうか」
と皆が口々に呼応した。
ひとしきり腹を満たした後だった。さて、と土門が姿勢を正した。
「社長、私はいつ大阪に向かえば宜しいので」
森岡が満足げな顔を土門に向けた。
「来年の春頃には」
「承知しました」
土門はあっさりと引き受けた。彼は、森岡が野島をはじめ彼の近しい者を全員札幌に集めた意図を見抜いていた。北海道支店を離れ、大阪本社に入れという催促だということを――。
「後任は土門さんの目に適った者を据えて下さい」
「宜しいのですか」
驚きの目で土門が言う。
「北海道支店は貴方が興した会社です。できるだけ、貴方の考えを受け入れます」
「感謝します」
土門は感激の顔で頭を下げた。
「社長、この後はどこに連れて行ってくれるんですか」
二人のやり取りが終わるを見計らって南目が催促した。
「土門さん、リッチは大丈夫ですかね」
森岡が大人数を懸念した。
「十一人ですからね。VIPルームが空いているか確認しましょう」
土門はそう言って一旦店を出た。
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