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決意の徒 第四章・談合(1)
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静岡の老舗旅館岡崎家の鳳凰の間で、森岡洋介は総務藤井清堂との面談に及んでいた。次期法主が内定している清堂との会談は、実質上これが二度目であった。
執事の景山律堂は、宗務院に対して総務清堂が下山する理由を静岡にある三大本山貫主との懇親会と届け出た。宗務院内に栄覚門主の息の掛かった者がいる疑いがあることから、森岡が景山に指示していたのである。
次期法主が内定している総務清堂が、総本山を補佐する役目を担っている三大本山の貫主たちと親睦を図ることに違和感は無いという訳であった。
懇親会とした理由にはもう一つ意味合いがあった。
この会談に大本山国真寺貫主の作野俊堂を引っ張り出すことである。つまり、大真寺と法真寺の貫主二人は隠れ蓑だった。
作野俊堂の同席は森岡の強い要望だった。事情を知った作野は、因縁のある森岡の招きとあって当初は難色を示していたが、華の坊での兄弟子である総務清堂の説得に不承不承応じたのだった。
森岡は約束の時間の二時間前に到着していた。
随行しているのは蒲生亮太と足立統万の二人である。蒲生亮太は警察庁の元SP、つまり要人警護の任に当たっていたが、小指が曲がる怪我してしまい、SPから外されてしまった。それを機に警察庁を辞したのだが、その際探偵の伊能剛史の仲介で森岡の護衛役兼任の秘書となった。
足立統万は、森岡の祖父洋吾郎の義弟足立万吉の孫である。森岡とは再従兄弟(またいとこ)に当たる。今夏、森岡が久々に浜浦へ帰省した折、万吉直々に薫陶を依頼された。
この二人の他に、神栄会若頭補佐の九頭目弘毅と若衆三人が影警護として密かに付き従っている。
森岡の影警護体制だが、大阪を中心とした関西エリアでは九頭目他二名で、地方に出向いた折りは一名増員された。
むろん、鳳凰の棟と一番近い棟に控えていて事が起こらない限り姿を現すことはない。
尚、警護団のリーダーの九頭目弘毅は、野島真一の高校時代の友人でもあった。
森岡が二時間も前に部屋に入ったのには理由があった。
ほどなくして置屋鈴邑の女将と芸者の小梅が挨拶にやって来た。
森岡は、総本山の材木伐採権に絡んだ神隠し事件の余波で、苦衷に喘いでいた小梅の父親に六千万円を融資していた。
「その後、親父さんはどうかな」
「森岡さんのお蔭で、今は商売第一に励んでいるようです」
「それは良かった」
森岡は自分のことのように喜んだ。
「お借りしているお金は、少しずつでも必ずお返し致します」
小梅は神妙な顔つきで言った。
「いや、お金は返済しなくても良いよ」
「えっ」
「枕木山の材木を貰い受けることにした」
「しかし、その件はケチが付いているのですよ」
女将が、大丈夫なのかという顔をして口を挟んだ。
森岡は、過去の神隠し事件も含めて事の顛末を話した。といっても、首謀者が瑞真寺の門主だとは明らかにしていない。総本山のさる寺院とした上で、他言無用も念押しした。
「ですが、お話ではいつになれば伐採できるかも不明ですし、そもそも森岡さんにとっては無用の長物でしょう」
小梅が気を遣った。
「それがそうでもない。詳細は言えないが、材木は俺にとっても必要なのだ」
「でも……」
それでも、小梅は得心しなかった。森岡が、神村正遠の法主就任のために材木を役立てようと考えていることなど露とも知らない彼女は、どう考えてもIT企業家と材木とが結び付かず、自分に対する心遣いなのだと思い詰めているのである。
「やはり、ご返済します」
小梅は力強く宣言した。
「わかった。じゃあ、君の好きにしたら良いけど、決して無理はしないようにね。材木が無駄にならないのは嘘ではないし、どうしても駄目なときは、俺が身請けすれば良いのだからな」
「はい?」
「え」
小梅と女将が揃って声を上げた。
森岡が本気で言っているのか、冗談なのかがわからないのだ。
「返済のために、無理をして身体を壊したり、気の進まない男を相手に、自分を安く売らんといて欲しいんや。そうであれば、俺が面倒を看るからな。むろん、身体抜きでやで」
「あ、有難うございます」
小梅は感極まっていた。森岡の優しい心遣いが身に染みていたのである。
執事の景山律堂は、宗務院に対して総務清堂が下山する理由を静岡にある三大本山貫主との懇親会と届け出た。宗務院内に栄覚門主の息の掛かった者がいる疑いがあることから、森岡が景山に指示していたのである。
次期法主が内定している総務清堂が、総本山を補佐する役目を担っている三大本山の貫主たちと親睦を図ることに違和感は無いという訳であった。
懇親会とした理由にはもう一つ意味合いがあった。
この会談に大本山国真寺貫主の作野俊堂を引っ張り出すことである。つまり、大真寺と法真寺の貫主二人は隠れ蓑だった。
作野俊堂の同席は森岡の強い要望だった。事情を知った作野は、因縁のある森岡の招きとあって当初は難色を示していたが、華の坊での兄弟子である総務清堂の説得に不承不承応じたのだった。
森岡は約束の時間の二時間前に到着していた。
随行しているのは蒲生亮太と足立統万の二人である。蒲生亮太は警察庁の元SP、つまり要人警護の任に当たっていたが、小指が曲がる怪我してしまい、SPから外されてしまった。それを機に警察庁を辞したのだが、その際探偵の伊能剛史の仲介で森岡の護衛役兼任の秘書となった。
足立統万は、森岡の祖父洋吾郎の義弟足立万吉の孫である。森岡とは再従兄弟(またいとこ)に当たる。今夏、森岡が久々に浜浦へ帰省した折、万吉直々に薫陶を依頼された。
この二人の他に、神栄会若頭補佐の九頭目弘毅と若衆三人が影警護として密かに付き従っている。
森岡の影警護体制だが、大阪を中心とした関西エリアでは九頭目他二名で、地方に出向いた折りは一名増員された。
むろん、鳳凰の棟と一番近い棟に控えていて事が起こらない限り姿を現すことはない。
尚、警護団のリーダーの九頭目弘毅は、野島真一の高校時代の友人でもあった。
森岡が二時間も前に部屋に入ったのには理由があった。
ほどなくして置屋鈴邑の女将と芸者の小梅が挨拶にやって来た。
森岡は、総本山の材木伐採権に絡んだ神隠し事件の余波で、苦衷に喘いでいた小梅の父親に六千万円を融資していた。
「その後、親父さんはどうかな」
「森岡さんのお蔭で、今は商売第一に励んでいるようです」
「それは良かった」
森岡は自分のことのように喜んだ。
「お借りしているお金は、少しずつでも必ずお返し致します」
小梅は神妙な顔つきで言った。
「いや、お金は返済しなくても良いよ」
「えっ」
「枕木山の材木を貰い受けることにした」
「しかし、その件はケチが付いているのですよ」
女将が、大丈夫なのかという顔をして口を挟んだ。
森岡は、過去の神隠し事件も含めて事の顛末を話した。といっても、首謀者が瑞真寺の門主だとは明らかにしていない。総本山のさる寺院とした上で、他言無用も念押しした。
「ですが、お話ではいつになれば伐採できるかも不明ですし、そもそも森岡さんにとっては無用の長物でしょう」
小梅が気を遣った。
「それがそうでもない。詳細は言えないが、材木は俺にとっても必要なのだ」
「でも……」
それでも、小梅は得心しなかった。森岡が、神村正遠の法主就任のために材木を役立てようと考えていることなど露とも知らない彼女は、どう考えてもIT企業家と材木とが結び付かず、自分に対する心遣いなのだと思い詰めているのである。
「やはり、ご返済します」
小梅は力強く宣言した。
「わかった。じゃあ、君の好きにしたら良いけど、決して無理はしないようにね。材木が無駄にならないのは嘘ではないし、どうしても駄目なときは、俺が身請けすれば良いのだからな」
「はい?」
「え」
小梅と女将が揃って声を上げた。
森岡が本気で言っているのか、冗談なのかがわからないのだ。
「返済のために、無理をして身体を壊したり、気の進まない男を相手に、自分を安く売らんといて欲しいんや。そうであれば、俺が面倒を看るからな。むろん、身体抜きでやで」
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