黒い聖域

久遠

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古都の変 第五章・巨星(2)

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 まず、大本山の寺院名と貫主は、

 静岡      大真寺(だいしんじ)  結城 
         法真寺(ほうしんじ)  窪園    
         国真寺(こくしんじ)  作野
 
 京都    別格法国寺(ほうこくじ)  黒田(引退)
         本妙寺(ほんみょうじ) 山際(死去)
         傳法寺(でんぽうじ)  大河内

 東京  八王子 興妙寺(こうみょうじ) 立花   
     目黒  澄福寺(ちょうふくじ) 芦名

 千葉      龍門寺(りゅうもんじ) 大塚

 ということになるのだが、当該の法国寺と貫主不在の本妙寺を除く、七ヶ寺の合議ということになる。
 その七ヶ寺の中で、総本山のお膝元である静岡の大真寺、法真寺、国真寺の三ヶ寺は、これまでの慣例として、次期法主就任に向け、すでに清堂の息の掛かった者が貫主の座にあると考えるのが妥当であった。
 そうでなくとも、総本山を補佐する役割も担う三ヶ寺が、次期法主の意向に逆らうはずもない。もっとも、この三ヶ寺だけでなく、大なり小なり全国の寺院も同じではある。
 京都の、もう一つの大本山傳法寺の大河内貫主は、本妙寺の件で久保を支持している。となれば、その繋がりから、当然清慶支持に回ると見るのが妥当であろう。つまり、この時点で四ヶ寺を抑えたことになり、事は決してしまうのである。
 谷川東良はいつにも増して饒舌だった。
 すでに落ち着きを取り戻していた森岡には、それが奇妙に映っていた。先ほどからの東良の冷静とも取れる態度は、まるで降って沸いたこの難局を歓迎しているかのようだったからである。
「藤井清慶が本妙寺の貫主に久保を押したとしても、まだ五対六と接戦です。新たに寝返りする者を探しましょう。それこそ、一色は金に転ぶような人物ですから、この際二億でも三億でも積みましょう」
 森岡は、意地でも金にものを言わすつもりだったが、
「いや、それも今度ばかりは無理だろうな。それどころか、むしろこれまで神村上人を支持してくれていた上人たちが、雪崩を打って向こうに寝返る可能性の方が大きいと覚悟せにゃならんだろう。なんせ、清慶の背後には次期法主が控えているのだからな。誰が好んで反目しようなどと思うものか。清慶が貫主になってしまえば、後の祭りや。せやから、私らに残された道は、清慶の法国寺貫主就任を水際で阻止するということだけなんやが、それかて、今東良が言ったように圧倒的に不利な状態で、なんぼ考えても打開策の端緒すら見つからないのが現状なのだ」
 と、東顕までが冷酷なまでに森岡の意地をもへし折った。
 非の打ち所のない論旨だった。
 清慶が法国寺の貫主の座に就けば、本妙寺の貫主には久保を推薦することは明白であり、森岡のこれまでの苦労は水泡に帰すことになる。それを避けるためには、何としても藤井清慶に、いや藤井兄弟に対抗する候補者を担ぎ出さなければならなかった。
 だが、すでに四ヶ寺を押さえていると思われる相手に、つまり初手から負け戦とわかっている戦いに、誰が好んで挑むであろうか。
 しかも、次期法主に弓を引くことと同じという、場合によっては自己及び家門の将来に禍根すら残しかねない、あまりにも代償の大きい戦いであればなおさらであろう。
 まさに、最大最強の難敵が神村の、そして森岡の行く手を立ち塞いでしまったのである。
 だからといって、神村は潔くこの戦いから撤退し、捲土重来を期すということも適わなかった。宗教の世界は、今回駄目なら次の機会、というわけにはいかない世界なのである。
 たとえ神村ほどの英邁な人格者で、千日を越える荒行を達成し、宗門の歴史に金字塔を打ち立てた不世出の傑物であっても、次の機会などどこにも保証されていないのが現実なのだ。というより、むしろ若くして名を上げた神村であれば尚のこと、先達から嫉妬や反感を買うことが想像できた。
 貫主の座は、いわば天・地・人、この三者の縁が結び合って齎される天与の機会なのである。
 森岡は、神村が憔悴し切っている理由を、まざまざと突き付けられたのだった。
 沈痛な空気が部屋中を覆っていた。
 次々と運ばれる会席料理にも、誰一人として箸を付けることがなく、四人はただ空きっ腹に酒を流し込むだけであった。
 ふと雨音に気づいた森岡は庭に目をやった。
 昼間の陽気が嘘のような雨脚の強さだった。地面を激しく打ち付ける雨粒は、まるで彼の心を殴打するかのように容赦がなかった。
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