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聖域の闇 第二章・監禁(2)
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ウイニットの元営業部長だった筧克至の裏切りが判明した後、野島はその事後処理に奔走した。社内に筧の影響がどれほど残っているか徹底的に調査したのである。
梅田のパリストンホテルにおいて、筧が森岡に告白した棚橋、萩原、宇都宮の三人から詳しい事情を聞き出した。
野島は西中島南方の活魚料理店に三人を呼び出していた。地下鉄駅前にあり、漁港から生きたまま輸送して届けられる生け簀が自慢の店であった。店の名は『安兵衛』と言い、『味は高田、値は安兵衛』という謳い文句を看板に掲げていた。
忠臣蔵で有名な堀部安兵衛の、高田の馬場での武勇伝に肖った語呂合わせを森岡が気に入って暖簾を潜った店なのだが、店主との話の中で魚介類の仕入先が鳥取県の境港と聞いて驚いた。
さらに、なんと店主は浜浦、しかも森岡が幼少の頃、馴染みとしていた近所の駄菓子屋の身内だというではないか。森岡は名前に記憶がなかったが、店主の方は良く憶えていた。
以来、社員を連れて足繁く通っていたため、ウイニット社員の行き付けの店となっていた。
筧が突如懲戒解雇となったことから、自分たちも内々に懲罰内容を通達されるのであろうと覚悟していた三人は、緊張と落胆の入り混じった表情で座していた。
そのような三人に、野島は笑顔でグラスにビールを注いでいった。
「社長に、お前たち三人を懲罰されるお気持ちはない。それどころか、棚橋、お前をインターネット技術開発部のリーダーにするとの内示があった。待遇は次長並や」
「えっ?」
棚橋は呆気に取られた。
棚橋は三十歳。野島と同じく京洛大学工学部を卒業後、大手電機メーカーに就職しながら、二年前ウイニットに転職していた。事ソフトウェアー開発技術、言い換えればコンピューター言語修得レベルに限って比較すれば、森岡や野島よりも数段優れていた。間違いなく、この世界での特級のエンジニアである。
昔の剣客に例えて言えば、森岡や野島は門弟数百人を抱える名門道場の師範代になれる腕前だが、棚橋は一流を興す、つまり流祖になれる能力を有していた。
同じく鎌倉仏教で言えば、森岡や野島はその宗派の後継になれるほど優秀だが、棚橋は宗祖にさえなれる器だということである。
棚橋の技術スキルはそれほど秀でていた。
「棚橋だけやない。社長は、萩原と宇都宮にも期待されておられる。せやから、今回のことは不問にせよとの指示があったんや」
「……」
三人は黙って頭を垂れていた。
「社長の期待を裏切らんようにな」
野島が念を押すと、三人は背筋を伸ばして、
「はい」
と答えた。
「さて、そこでだ。筧がお前ら以外に声を掛けた奴を知らんか」
「うっ」
再び三人の顔に緊張が奔った。野島は、片手を顔の前で左右に振りながら、
「心配せんでええ。俺は、筧が誰に声を掛けたのかが知りたいだけで、お前らが言ったことも黙っとるし、そいつらもどうこうするつもりもない」
と柔和な口調で言った。
三人は、ほっとした表情になり、他に四名の名を上げた。後日、野島がその四人からも事情聴取すると、七人にはある共通項があった。
「その共通点とはなんや」
森岡が、野島を睨み付けるようにして訊いた。
野島はごくりと、唾を飲み込むと、
「七人とも天真宗の信者で、しかも立国会の会員でした」
「り、立国会!」
森岡は叫ぶように言った。あまりの動揺ぶりに、
「社長、どうされたのですか」
「……」
と、野島は不安顔を向け、住倉は唖然として言葉もない。
「いや、なんでもない」
呻くように言った森岡は、
「話を続けてくれ。何かが繋がるかもしれん」
と先を促した。
はい、と肯いて野島が話しを再開した。
「立国会は天真宗における最大の壇信徒会ですが、何かと物議を醸している団体でもあります」
「物議ってなんや」
「会長の勅使河原氏は裏社会との付き合いを取り沙汰されています」
「よう知っとるな」
感心顔で言った住倉に対し、森岡の顔面は蒼白となっていた。
梅田のパリストンホテルにおいて、筧が森岡に告白した棚橋、萩原、宇都宮の三人から詳しい事情を聞き出した。
野島は西中島南方の活魚料理店に三人を呼び出していた。地下鉄駅前にあり、漁港から生きたまま輸送して届けられる生け簀が自慢の店であった。店の名は『安兵衛』と言い、『味は高田、値は安兵衛』という謳い文句を看板に掲げていた。
忠臣蔵で有名な堀部安兵衛の、高田の馬場での武勇伝に肖った語呂合わせを森岡が気に入って暖簾を潜った店なのだが、店主との話の中で魚介類の仕入先が鳥取県の境港と聞いて驚いた。
さらに、なんと店主は浜浦、しかも森岡が幼少の頃、馴染みとしていた近所の駄菓子屋の身内だというではないか。森岡は名前に記憶がなかったが、店主の方は良く憶えていた。
以来、社員を連れて足繁く通っていたため、ウイニット社員の行き付けの店となっていた。
筧が突如懲戒解雇となったことから、自分たちも内々に懲罰内容を通達されるのであろうと覚悟していた三人は、緊張と落胆の入り混じった表情で座していた。
そのような三人に、野島は笑顔でグラスにビールを注いでいった。
「社長に、お前たち三人を懲罰されるお気持ちはない。それどころか、棚橋、お前をインターネット技術開発部のリーダーにするとの内示があった。待遇は次長並や」
「えっ?」
棚橋は呆気に取られた。
棚橋は三十歳。野島と同じく京洛大学工学部を卒業後、大手電機メーカーに就職しながら、二年前ウイニットに転職していた。事ソフトウェアー開発技術、言い換えればコンピューター言語修得レベルに限って比較すれば、森岡や野島よりも数段優れていた。間違いなく、この世界での特級のエンジニアである。
昔の剣客に例えて言えば、森岡や野島は門弟数百人を抱える名門道場の師範代になれる腕前だが、棚橋は一流を興す、つまり流祖になれる能力を有していた。
同じく鎌倉仏教で言えば、森岡や野島はその宗派の後継になれるほど優秀だが、棚橋は宗祖にさえなれる器だということである。
棚橋の技術スキルはそれほど秀でていた。
「棚橋だけやない。社長は、萩原と宇都宮にも期待されておられる。せやから、今回のことは不問にせよとの指示があったんや」
「……」
三人は黙って頭を垂れていた。
「社長の期待を裏切らんようにな」
野島が念を押すと、三人は背筋を伸ばして、
「はい」
と答えた。
「さて、そこでだ。筧がお前ら以外に声を掛けた奴を知らんか」
「うっ」
再び三人の顔に緊張が奔った。野島は、片手を顔の前で左右に振りながら、
「心配せんでええ。俺は、筧が誰に声を掛けたのかが知りたいだけで、お前らが言ったことも黙っとるし、そいつらもどうこうするつもりもない」
と柔和な口調で言った。
三人は、ほっとした表情になり、他に四名の名を上げた。後日、野島がその四人からも事情聴取すると、七人にはある共通項があった。
「その共通点とはなんや」
森岡が、野島を睨み付けるようにして訊いた。
野島はごくりと、唾を飲み込むと、
「七人とも天真宗の信者で、しかも立国会の会員でした」
「り、立国会!」
森岡は叫ぶように言った。あまりの動揺ぶりに、
「社長、どうされたのですか」
「……」
と、野島は不安顔を向け、住倉は唖然として言葉もない。
「いや、なんでもない」
呻くように言った森岡は、
「話を続けてくれ。何かが繋がるかもしれん」
と先を促した。
はい、と肯いて野島が話しを再開した。
「立国会は天真宗における最大の壇信徒会ですが、何かと物議を醸している団体でもあります」
「物議ってなんや」
「会長の勅使河原氏は裏社会との付き合いを取り沙汰されています」
「よう知っとるな」
感心顔で言った住倉に対し、森岡の顔面は蒼白となっていた。
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