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聖域の闇 第八章・開帳(7)
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「実は、旧盆の前に管長様とお会いしたとき、その苦衷を打ち明けられたのですが、拙僧如きに解決できるはずもない。ところが、十数年ぶりに総領さんにお会いし、また万吉さんから神王組との関係を聞いたとき、もしや総領さんならばとは思ったものの、連絡を躊躇っておりましたのじゃ」
溜まりかねた道恵が言い訳をした。
「そこへ私からの連絡があり、渡りに船と思われたのですね」
瞑目を終えた森岡が微笑んだ。
「いかにも」
道恵はいかにも決まりが悪そうに、つるつるの頭を撫でた。
「さて管長様、青虎会といえば、広域暴力団虎鉄組の中核組織です。その青虎会が周到に準備を重ねてきた計画から手を引かせるには、宗務総長への指示をお願いするだけでは割りに合いません」
森岡に駆け引きをするつもりなど毛頭なく、実に本心であった。
「金かの。二、三億なら何とかなるが」
「それでは香取個人への手切れ金にしかなりません」
「では、いくら掛かるのかの」
「私が交渉するとなりますと、百億単位の利権を手放すことになるでしょう」
「ひ、百億……」
秀尊と道恵が揃って悲鳴を上げた。幼少期から森岡を知る道恵は、彼が大風呂敷を広げる男ではないと承知している。
「いくらなんでもそのような大金を、総領さんが肩代わりすると言われるのか」
「現金ではありません。あくまでも利権です」
「どのような」
「それは御先代といえども申し上げるわけにはいきません」
森岡は道恵に軽く会釈した。
「では、総領さんは百億何某かの利権お持ちなのか」
森岡は不敵な笑みを浮かべ、
「御先代とも思えないお言葉ですね」
と少し揶揄するように言った。いくら道恵の頼みでも、全ての利権を手放すはずがない。
だが、道恵は不快になるどころか、
「総領さんの利権はそれ以上ということですな」
「二桁違うとだけ言っておきましょう」
森岡は平然と言った。
「一兆円?」
「もっとも十年の時を要しますが」
「それにしても……」
秀尊と道恵は開いた口が塞がらない。
「そこで、憚りながら管長様にはそれに見合う協力をもう一つお願い致します」
「百億の利権に見合う協力など、拙僧にできようか」
秀尊が不安な顔を覗かせる。
「額面の百億など、管長様の御威光に比べれば何ほどのものでございましょう」
「私に何をせよ、と」
「私の事業に協力して頂きたいのです」
「して、その事業とは」
「そちらの宗派においても損になる話ではありません」
と、森岡は寺院ネットワーク事業について説明した。
「そういう話であれば、我が宗派にとっても有り難い話です。協力どころかこちらから頭を下げてでもお仲間に入れて頂きたい」
日本全体で少子高齢化と地方の過疎化が進み、とくに田舎の末寺は経営が成り立たなくなっていた。現に、後継者が見つからず廃寺となった寺院は数知れない。また、そういった廃寺の法人を暴力団が買い漁るため、長閑な集落が突然きな臭くなっている現実があった。
森岡の提案はそういった貧困に喘ぐ末寺を救済する可能性があった。
丹羽秀尊管長が率いる道臨宗の寺院数は三千余、森岡の事業推進に拍車を掛けるという意味において申し分のない数であった。
「では、引き受けて下さいますか」
「出来得る限りのことをしてみましょう」
「有り難い。この通りです」
秀尊は両手をそれぞれの膝に置き、肘を深く追って頭を下げた。これは、目上の者が行う正式な『礼』の所作である。畳に座っているときは胡坐を搔いて同じ動作をする。正座をして、手を畳に着けて頭を下げるのは『謝罪』、または『懇願』である。ただ、同等または目下の者は、いずれの場合も手を畳や床に着いて頭を下げる。
「ただし、手法については一切詮索なさらないように願います。また、本日の事も他言無用を堅く守って頂きます」
森岡は二人の目を交互に見て言った。
「それはもう……」
「総領さんの言われるとおりに」
二人は神妙に肯いた。
「最後に、失礼ですが宗務総長さんは信用の置けるお方ですね」
「それは拙僧が保証します」
秀尊が胸を叩いた。
「とはいえ、瑞真寺の御本尊の件は、万が一にも私の名が出ませんようにお願いします」
森岡は鋭い目つきで念を押した。
「承知しました」
さすがの高僧二人も気圧されるように口を合わせた。
溜まりかねた道恵が言い訳をした。
「そこへ私からの連絡があり、渡りに船と思われたのですね」
瞑目を終えた森岡が微笑んだ。
「いかにも」
道恵はいかにも決まりが悪そうに、つるつるの頭を撫でた。
「さて管長様、青虎会といえば、広域暴力団虎鉄組の中核組織です。その青虎会が周到に準備を重ねてきた計画から手を引かせるには、宗務総長への指示をお願いするだけでは割りに合いません」
森岡に駆け引きをするつもりなど毛頭なく、実に本心であった。
「金かの。二、三億なら何とかなるが」
「それでは香取個人への手切れ金にしかなりません」
「では、いくら掛かるのかの」
「私が交渉するとなりますと、百億単位の利権を手放すことになるでしょう」
「ひ、百億……」
秀尊と道恵が揃って悲鳴を上げた。幼少期から森岡を知る道恵は、彼が大風呂敷を広げる男ではないと承知している。
「いくらなんでもそのような大金を、総領さんが肩代わりすると言われるのか」
「現金ではありません。あくまでも利権です」
「どのような」
「それは御先代といえども申し上げるわけにはいきません」
森岡は道恵に軽く会釈した。
「では、総領さんは百億何某かの利権お持ちなのか」
森岡は不敵な笑みを浮かべ、
「御先代とも思えないお言葉ですね」
と少し揶揄するように言った。いくら道恵の頼みでも、全ての利権を手放すはずがない。
だが、道恵は不快になるどころか、
「総領さんの利権はそれ以上ということですな」
「二桁違うとだけ言っておきましょう」
森岡は平然と言った。
「一兆円?」
「もっとも十年の時を要しますが」
「それにしても……」
秀尊と道恵は開いた口が塞がらない。
「そこで、憚りながら管長様にはそれに見合う協力をもう一つお願い致します」
「百億の利権に見合う協力など、拙僧にできようか」
秀尊が不安な顔を覗かせる。
「額面の百億など、管長様の御威光に比べれば何ほどのものでございましょう」
「私に何をせよ、と」
「私の事業に協力して頂きたいのです」
「して、その事業とは」
「そちらの宗派においても損になる話ではありません」
と、森岡は寺院ネットワーク事業について説明した。
「そういう話であれば、我が宗派にとっても有り難い話です。協力どころかこちらから頭を下げてでもお仲間に入れて頂きたい」
日本全体で少子高齢化と地方の過疎化が進み、とくに田舎の末寺は経営が成り立たなくなっていた。現に、後継者が見つからず廃寺となった寺院は数知れない。また、そういった廃寺の法人を暴力団が買い漁るため、長閑な集落が突然きな臭くなっている現実があった。
森岡の提案はそういった貧困に喘ぐ末寺を救済する可能性があった。
丹羽秀尊管長が率いる道臨宗の寺院数は三千余、森岡の事業推進に拍車を掛けるという意味において申し分のない数であった。
「では、引き受けて下さいますか」
「出来得る限りのことをしてみましょう」
「有り難い。この通りです」
秀尊は両手をそれぞれの膝に置き、肘を深く追って頭を下げた。これは、目上の者が行う正式な『礼』の所作である。畳に座っているときは胡坐を搔いて同じ動作をする。正座をして、手を畳に着けて頭を下げるのは『謝罪』、または『懇願』である。ただ、同等または目下の者は、いずれの場合も手を畳や床に着いて頭を下げる。
「ただし、手法については一切詮索なさらないように願います。また、本日の事も他言無用を堅く守って頂きます」
森岡は二人の目を交互に見て言った。
「それはもう……」
「総領さんの言われるとおりに」
二人は神妙に肯いた。
「最後に、失礼ですが宗務総長さんは信用の置けるお方ですね」
「それは拙僧が保証します」
秀尊が胸を叩いた。
「とはいえ、瑞真寺の御本尊の件は、万が一にも私の名が出ませんようにお願いします」
森岡は鋭い目つきで念を押した。
「承知しました」
さすがの高僧二人も気圧されるように口を合わせた。
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