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第十三話 沙月の挑戦!

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 紗央莉、沙月、正義の三人は立て看板の横を通過した。
登山道に入る手前で正義が立ち止まり紗央莉に声を掛けた。

「正義、どうした?」
「いやね、沙月さんのパッキングのバランスが悪いから、
ーー 直して上げないと歩き辛くなるかな・・・・・・」

「正義は、気が利く男だな」
「姉さん、正義さんを揶揄からかわないでもらえますか」

「沙月、冗談だ。でも、沙月のパッキング、初心者そのものだな」
紗央莉が大笑いをしている。

「紗央莉さん、初めてだから仕方ないじゃあないですか」

 正義は沙月の後ろに回って、沙月の両肩から赤色のザックを外し地面に置いた。
「沙月さん、ザック開けるよ」

 正義は、ギリギリ笑いを堪えているが紗央莉が後ろで吹き出している。
「沙月、小学校の遠足じゃあないんだから、
ーー そのスナック菓子、なんとかならないか」

 正義は、沙月のスナック菓子を自分のザックにしまい、沙月のザックのパッキングを直し沙月の肩に戻す。

「これで、バランスは大丈夫」
「正義さんは、大丈夫なの」

「俺は、ボッカで何度も登っているコースだから心配ないよ」
「正義、ボッカしていたのか。道理で下半身がいいわけだ」

紗央莉が話すと下ネタのオヤジギャグになる。

「正義さん、って何ですか?」
「山小屋の食品や燃料の荷上げです」

「昔は、石を詰めて登ったのですが、
ーー 石だと途中で捨てしまい訓練にならないんですよ」
「何で訓練するんですか?」

「高い山に登る体力を身につけるためです」
「高い山?」

「沙月、高い山に登るにはね。
ーー担ぐ荷物が増えるのよ。
ーー日帰り登山では比較にならないわ」

「そうなんだ」

「じゃあ、仕切り直して出発するよ」


 紗央莉が先頭を歩き沙月が続く。
正義は、沙月のあとの最後尾を歩いた。
路面はアスファルトからコンクリートに変わり軽快に進む。

 初心者の沙月の歩きを正義がじっと後ろで見ている。
都会だったら変質者と思われそうな視線だ。

「沙月さん、もっと足をゆっくり運ばないとバテるよ」

 正義は、沙月の前に出て足の踏み出しと体重移動の上下を教える。

「沙月さん、歩幅は小さく、体重を乗せた足の膝を伸ばす感じにして」
「こうかしら」

「そうそう、都会とは歩き方が違うからね。
ーー 階段の登り方を見れば登山経験の有無が分かるからね」

「そうよ、沙月、初心者バレバレよ」


 観音茶屋を通過して斜面の勾配が変わり道が乾いた黒土に変わる。
尾根の斜面の下には水無し川の下流が流れている。

 正義のアドバイスもあり沙月の息は上がっていない。
普通、初心者は息を整えるのに四苦八苦して一定のペースが難しい。

 山登りの秘訣は最小のエネルギーで最大のパワーを引き出すことだ。
正義は時より昔読んだ小説を思い出しながら歩を進めた。


 登山道は徐々に狭くなり樹林帯の中は薄暗く木洩れ日が差している。
樹木が吐き出す酸素が三人の呼吸を助けている。
登山靴が踏む枯れ枝の鈍い軋みが聞こえて気持ちいい。

 紗央莉は赤色の無地のシャツで、沙月は黄色のシャツ、正義は紺色のシャツだった。
三人ともベージュ色の厚手のクライミングパンツ姿だ。


紗央莉は、マイペースで進む。
「正義、道が分かれているわ」
「紗央莉さん、獣道けものみちに注意して」

「分かったわ、右に進むわよ」
「右で大丈夫」

しばらく進んで、左側に小屋が見えて来た。
「正義、見晴らし茶屋よ」
「じゃあ、一本取ろう!」

「沙月さん、水分補給してください」

沙月と紗央莉の額から汗が流れ落ちている。


 正義は、登山の行動記録のメモに通過時間を記す。
見らし茶屋から秦野市の景色がよく見えた。

 正義は昔、山岳会の先輩と夜中に登山した時のことを覚えている。
この小屋が無人だった頃、山仲間と仮眠したことがあった。
夜の登山はヘッドライトに照らされた倒木が大蛇に見えたり、影が幽霊に見えたりして肝試しと変わらない。

 休憩を終え次の山小屋までの登りに入る。
ダラダラと登りの入り混じったバカ尾根は意外にも体力を消費する。

「沙月さん、ここをしのげば、駒止め茶屋だから頑張って」
沙月の言葉数が減って来た。

「沙月さん、もう少しだ」
紗央莉は、マイペースだが、沙月の歩行が遅くなっている。

「紗央莉さん、先に行って駒止め茶屋で待っていてください」
「分かったわ、正義、先に行く」

「ちょっと休むか、沙月さん」
「ええ・・・・・・」

 正義は、ポケットからキャンディを取り出し沙月に上げた。
沙月は、糖分補給で生き返ったように元気になる。

「これな~に」
「塩飴です」



 沙月と正義は、再び歩き出し、駒止め茶屋の真下の最後の登りに入る。
前半の山場に差し掛かり、山小屋の姿が左上に見えて来た。

「沙月さん、小屋見えて来たから頑張って」
先に着いた紗央莉が沙月に手を振っている。

 駒止め茶屋の主人も横で手を振っていた。

「沙月、もう少しよ」
正義は、後ろで見ている。

「沙月さん、ご苦労さん、じゃあ休憩しようか。
ーー紗央莉さん、待たせたね。
ーーああ、親父さん、ご無沙汰してます」

「また、ボッカやるかね」
「いいえ、今は・・・・・・」

「そうだな、学生時代と違うから分かるよ。
ーーこのお嬢様方は、恋人?」

「会社の同僚ですよ」
「また、丹沢に来た時は、寄ってくれ」

 小屋の主人は、缶ジュースを三本持って来て正義たちに渡す。
正義がお金を渡そうとしたら手を振った。

「これは、オヤジのおごりだ。差し入れと思ってくれ。
ーー今日、塔ノ岳で泊まりか?」

「いいえ、今日は、お天気次第ですが、多分、日帰りです」
「そうか、天気が悪い場合は塔ノ岳山荘に避難しなさい」

「オヤジさん、ありがとうございます。
ーー帰りに寄りますね」

 紗央莉、沙月、正義は主人に挨拶して小屋をあとにした。

「次は、堀山の家付近で休憩しよう」
「正義、分かったわ」

 紗央莉はペースを変えず、どんどん先に進んだ。

 時より野生の鹿が姿を現して沙月と正義が立ち止まる。
人間の背丈くらいある大きな鹿とすれ違う時はドキリとする。
正義たちと目があった鹿は一目散に逃げて行った。

 堀山に到着して紗央莉に鹿のことを尋ねるが見ていないと言う。

「姉さん、大きかったんだから」
「沙月、襲われなくて良かったわね」

「紗央莉さん、熊じゃあないから心配ないよ」
「そうね、沙月、熊避け付けて」

「ザックの中です」
「沙月、それじゃあ意味ないからなぁ」
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