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第12話「ラグナロク」

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「こちらはもう一杯です!空いてる所から乗船お願い致します!」


「ばっかやろう!どこに空いてるとこがあんだよっ!とりあえず乗せろっ!」

「そうよ!甲板でもどこでもいいから入らせて、、、よっ!」


混乱を極めるエントランスヤードの乗船場。パラネラの住民と法学院、また運営を司る法都の職員を優先的に乗船許可が与えられた最終便に、乗り切れなかった院生やエントランスヤードでの労働者などが詰めかけ、今にも暴動が起きる寸前であった。


「指揮官どの!艦橋より連絡、出航に向けての乗員受け入れは、現時点を持って停止。ただちに出航の準備を急ぐ様にとの事です!」


「おいおい、やけに急ぐねえ。まだ出航予定時刻より1時間も早いぜ?」



「こちらにアダリア正教徒騎士団連合の、特務連隊が向かっている様子が確認された模様です!」


「なっっっ!≪ラグナロク≫か!?準備急げっ!ここは、、、戦場になるぞ!巻き込まれたいのか!?」

部下から報告を聞いた上司と思われる人物は、血の気の引いた表情で振り返り、周辺の部下に檄を飛ばし始めた。騎士団連合・特務連隊と言えば、紛争地域などへ第一対応を執り行う総勢3000人規模の「殲滅の為の先遣隊」として有名である。

「しゅ、出航だ!各部に伝えろ、もたもたするんじゃない!」

その部隊がまさに今ここへ向かっているなどと聞けば、死神に恋でもしていない限り誰でも居たくはあるまい。艦橋にいる艦長もその事態の緊急性に、出航準備も整うはずもない各部指揮官向かって声を荒げて出航を急がせる。


「1番離せーーっ」

「降りろ!乗船は打ち切りだ!今すぐ出航する、船離せーーーーーっ!」


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乗船しきれなかった人々の怒号と不安が相まって、更に混乱を深める港から最後の連絡船が出航を始めた頃、その沖合でエントランスヤードへ向かう船団があった。

船団の中心に一際目立つ魔力戦艦「エテルニテ」。火と天属性の最新鋭の混合属性エンジン「飛燕」を6基搭載し、高火力の魔力砲台と誘導速射砲、また対空艦としての機能も併せ持つ。


その旗艦船に、、、彼らは居た。





「ラグナルさーーーーーん!マジうめぇぇじゃん!?このレモン練乳っての?いや、軍食堂部の連中もあなどれないじゃん?」


「ロシオ・・・・お主ここは艦橋っちゅう事を忘れちゃおらんか?それとな、ラグナル中佐への敬意っちゅうもんがお主から伝わってこんのはどういう事か、、、のうメリッサ?」


「あ、あのっ!あのっ!コーダイ少佐!ラグナルさんは大佐ですから、間違えちゃダメだと思います!もうすぐ浮遊都市パラネラのエントランスヤードへ到着致します。」



正教徒騎士団連合・特務連隊、通称「ラグナロク」。指揮官のラグナルの名を取って、神の剣を意味するその名を与えられた隊は、騎士団連合内でも随一の実力至上主義で、本部アダリア正教国での貴族出身などの身分にかかわらず、各地方支部より選抜された者が、己が力のみで入隊を勝ち取った者で構成されており、連合内でも有数の曲者ぞろいの隊でもあった。

その中でも各大隊の隊長であり、ラグナル大佐の直属の部下とされる3人は、群を抜く実力でラグナロク内でも異質の存在として認識されていた。


「いや、ホントにレモンと練乳の絶妙なバランスは、もう神!本部でも絶対取り扱って貰うじゃん!?」

ロシオ・ハルバート少佐、くせっ毛のある金髪、185㎝の高身長に甘いマスクで女性士官にモテモテながらも、言葉づかいが基本的にバカっぽいのが残念な25才。選抜戦闘試験で優秀な成績を認められ、異例の若さと実力で駆け上がってきた。


「しつこいのう、レモンレモンと。そんなもんが旨い訳が、、、グビッ。こ、こりゃあ!?」


コーダイ・バロール少佐、強いくせっ毛の黒髪を伸ばして後ろに結わえ、元侍だった頃の面影を残す。精悍な顔立ちと日に焼けた肌が、どこか少年っぽさを感じさせる45才。珍しい「金」属性の魔法を扱い、アダリア国内でも随一の使い手として「魔導士」の称号を持つ。


「あっ!あの!それ私のレモン練乳、、、いや、なんでも無いです・・・。」


メリッサ・スティングレイ少佐、3バカトリオ、、、もとい3人衆の紅一点。さらさらのキャラメルピンクのストレートヘアー。身長も小さく、地味で控えめな性格の24才。サツマの国の衣装の中でも巫女風の着物を好んで着用し、腰元には白い鞘の小太刀がぶら下がる。

ラグナル少佐の秘書を兼任して実務を取り仕切る一方で、数々の猛者を退け、選抜戦闘試験を見事優勝の実力も兼ね備えた才能の持ち主。


「あーーーーっ!コーダイ、それメリッサが買ってきたレモン練乳じゃん!?」



「む、そりゃあいかん。メリッサ、こんな所に置いてちゃいかんだろう!?」



「あ、あの!あの!そこで怒るのっておかしいと思います。。。」シュン。


会話の軽さとはうらはらに、それを聞く艦橋の乗員たちは、あの「ラグナロク」の幹部が勢ぞろいで同じ艦橋内にいる事に緊張が隠せない。軍内部にはどの少佐にも逸話がそれぞれ存在し、そのどれもが敬意をもって称えられるべき内容である。


艦橋に特別に用意させたソファーセットに深く腰を掛け、スツールに足を投げ出すように座る一人の男性。3人のやり取りを聞きながら、真剣な表情で何かを考えていた。


騎士団連合大佐、ラグナル・ジークフリード。世に言う龍系一族の末裔で、龍魔法ドラゴロアを行使できる数少ない人間の一人であり、長い歴史でも最高とされる才をもって、異例とも言える26才という若さで一族の長も務める。


「メリッサ。」


「あ、はいっ!ラグナル様、コーヒーですね、畏まりました!」


「あの一言で何が伝わったじゃん・・・・?」


「いや、ホントにラグナルはコーヒーを所望したのかのう?」


一時も置かずにメリッサは香り豊かなラグナルが好きなボローマウンテンのコーヒーを入れたラグナル専用コーヒーカップをソーサーに置いて持って来た。


ガツッ!「あ!」ガシャンッ!!ベシャッ!


「「あーーーー!!!」」



「あ、あの!ラグナル様ごめんなさい!!」


「問題ない。」



ラグナルは基本無口で、一日無言である場合も珍しくない。切れ長の目に短髪、浅黒い肌の活発なイメージからはとても想像できない。数年来の付き合いであるメリッサにしても、機嫌の良し悪しが判別出来る様になったのはここ半年になってからである。


「ロシオ、あいつはどこだ?」


「いや、ラグナルさんコーヒーベッチャベチャですけど。。あいつなら多分甲板で火遊びしてるんじゃん?」


拭き拭き・・「あの、ラグナル様。彼に関しては様々な部分で思う所があります。。」

メリッサは、自らが招いた大参事でベッチョベチョのラグナルの服を拭きながら話しを続ける。





「なぜ枢機卿は、ラグナロクの本作戦同行に彼とその部隊を強硬に進めてきたのでしょうか。」





メリッサにしては珍しく強めの口調での問いかけに、ロシオとコーダイも無言で同意とも取れる視線を送る。





「何も伝えられていない。ただ、中枢で進めている計画に適合した・・・・、とだけ聞いている。」




「「「適合!?」」」




「それが何を意味するのかは、分からない。」




「あの・・・畏まりました。出過ぎた発言すいませんでした。。」



そのやり取りを見届けたロシオは、艦橋の窓から甲板で派手な炎を上げて、何かを喚き散らす「彼」を見て眉間にしわを寄せる。

「それでも、あいつと一緒に思われるのは嫌じゃん・・・。」



艦の前方に目を向けると、今まさに混乱の真っただ中のエントランスヤードが。


上を見上げると、紺碧の青空と白い雲の遥か彼方に、真円の大地が小さく見えた。


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飛び出したオフェリアさんを追って訓練場を駆け出したレンガたちだったが、建物を出る頃にはすでに見失ってしまっていた。


「まじかよ、、、あの人も転移とかできるんじゃね?」



「・・・・とにかく、オレ達も出発の準備は必要だ。」



「そ、そうだな。じゃあオレ行きたかねえけど、建築ギルド行って母親と準備してくるわ。」



一旦訓練場の外でロイド、マシューと別れたレンガは大通りに出て、自分の部屋への道を急いだ。


「そういや、あの二人準備大丈夫かな?帰り道ついでによって見るか。。。」



大通り沿いのヨウラン亭の前に立って、いつぞやの事件で吹き飛んだ扉から変わった、観音開きの扉を押し開けようと両腕を伸ばした。


ガチャ。


「・・・よねー、急がないと。」
「・・・だからルミナも持ってよー。」



「あ?」


ムニョン。
ペタン。



「れ?」


右手にはふくよかで柔らかいマシュマロ、いや幼き日に遊んだ水玉風船の様なしっとりと手に馴染む様な感触。左手には控えめな感触ながらも形の良い、さながら求肥に包まれた大福の様な、、。

両方の掌に共通した感触、、、その中心に確かに存在を感じる先端。


刹那、間近に感じられる極大な魔力の高まり。


---- マズイ、オレ殺られる。 ----


「「・・・・・・い、、」」





「いやぁぁぁぁぁっ!!!!!暴風をもたらす者!!ストームブリング


「ふ、不可抗力だっっ!!間に合え、ネオン展開っ!!!」


瞬時に展開したネオンで、ルミナの暴風を弾き無効化。あの頃のレンガなら吹き飛ばされていたであろう暴風も、今のレンガなら問題なく処理できるあたり、成長が著しい。


「ルミナさん、もうあの頃のオレじゃな、、、、、」


「罪を許すまじっっ!悪・即・斬!!!」「なっっッゲフッ!!!」

ルミナさんの盟友で、魔力を込めた拳や肘で攻撃する属性拳闘士であるマナの「牙突」が、油断を見せた所にヒットし、大通りに派手に吹き飛ぶレンガ。



「き、、君!?だ、大丈夫かね?」


「我が生涯に、、、一片の悔い、、、無し。」ガクッ。




「レンガのバカ-------ッ!!エッチ!!!!!」
「今、止めをさしてあげるからねっ!!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォ!





その時。


レンガに止めを差すべく、更に極大な魔力を両手に高めていくルミナとマナの後ろから、長いローブにすっぽりと頭から足まで包まれた5人の男性が歩み寄っていた。




「ふっ。お前がルミナだな?・・・・・大人しく我々と一緒に来てもらお、、、」




「お前も仲間かぁぁ!  悪 ・ 即 ・ 斬っ!」「おぅ!ッッゲブッ!!」



「貴様っ!抵抗するなっ!!」ガシッ!もう一人がルミナの腕を掴む。



「下心が見え見えなんだよ、ど変態っ!」「なっっゲブッッ!!」



大の大人2人が、女の子に吹き飛ばされて道に転がる様に、徐々に大通りに人が集まってきた。もちろんレンガはまだ夢の中で感触をリフレインしている。


吹き飛ばされた2人のローブが取れて、風貌が分かると辺りに動揺が広がった。







男2人の白い革製のブレストアーマーには。




ーー「正教徒騎士団」の双剣と杖の紋章ーー




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