世界の敵

紅龍

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過去より

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「・・・・・何でこんな物が」
(考えろ・・・考えろ・・・・考えろ・・・・)
脳裏に浮かぶのは最悪の光景。
膨れ炸裂し、腐り落ちる者達の姿。
異常なる力を蓄え・・・・熟れ過ぎた果実の如く被験者は・・・・。
『━━━グッギィィィギイイイ!!』
考える暇など元からある筈も無く、刹那の合間を食いつぶし、魔獣と呼ばれた化け物は咆哮を上げ、辺りは再度光に包まれ・・・・。
映像はそれを最後に途切れ、ジンが見つめる画像は父を映した映像へと切り替わる。

「・・・・・すまないが、映像は此処までだ」
再び映し出された父は映像の頃より数年は老けて見えた。
刻まれた顔のしわも苦労を示す証でしか無く、痛々しい。
何時も眺めていた温和な表情は見て取れず、帯びた気配は重く冷たい。
安易に声を掛けることを躊躇わせる気配に、ジンも息を飲み、言葉を待った。
「・・・・開示できる情報は規制されている為、映像として残せるのはこれが限界。もし、更なる情報を求めるならば『廃棄都市』より情報を手に入れるしか無い。だが、俺個人としては・・・・見てほしくは無い」
重苦しい溜息を漏らし、父は再度言葉を吐いた。
「だが、もし情報を求めるならば『廃棄都市』を目指すといい。お前が望む結末をお前の家族が叶えてくれる」
「・・・・家族?」
唯一の肉親である父の言葉に疑問も浮かぶが、それは一瞬の事。
「・・・・・まさか」
瞬時に浮かんだのは父の居ない孤独を埋めてくれた愛しい家族の姿。
そしてその考えを肯定するように少女達も頷き返し、ジンの胸中に熱い感情が満たされていく。
「あの後、俺は魔獣の力を解析し、それを元に新たなる研究に従事・・・いや、従事させられた。詳しい情報についても開示できる情報に触れる為詳細は伏せるが、その研究をもとに作りだしたのが新たなる改造兵。理性を失った化け物達では無く、理性を有したまま、魔獣に近い能力を獲得した生物の次なるステージ。己の意思によって事象を塗り替え、世界を構築する力。もとは神が世界を作る為の力。認識が世界を歪める意思の力と呼ぶべきもの。科学と呼ぶよりも魔法などと呼ばれる過去の空想に近い力である為、組織は『魔法』と呼称し、それらを備えた者の名を神の力を得た新たなる人の姿『神人』と呼ばれている」
「・・・・神人?」
新人類という事なのだろうが、誇大妄想の類であろうとジンが思っていると、過去であろう映像の父は溜息一つ吐き、新たな映像を映し出す。

「当然、常識であれば否定するべき妄想の類だが・・・・」
そう言葉を切ったのと同時に、黒い髪の毛に小さな体躯をした少女が掌を山へと向けるなり、辺りを埋め尽くす轟音と、灼熱が映像を揺らし、土煙が晴れた頃には巨大な山々は中腹に虚しくも穴を開け、巨峰と呼ぶべき偉大さは見る影も無く、目の前の少女に頭を垂れていた。
「・・・・・えっ?」
目にした光景が信じられず、戸惑うばかりのジンに対し、何故か横に控えている黒い女性が体をくねらせ落ち着かない様子。
何故か理解しない方が良い様な気が高まるのに合わせて、ジンも映像へと視線を戻し、父の言葉を待った。
「・・・・見てわかる様に、こちらの物質では高位次元生命体の命令に逆らう事は出来ない。上位存在がこうして現実をこうであると認識し、塗り替えれば、意志力の弱い者。つまりは無機物などはこの様に呆気なく崩壊する。また、『神人』どうしに関しても、『魔力』いや、意志力が強い方が相手の意思を砕き、現実を捻じ曲げる事が可能となる。結果・・・・強大な意思、いや魔力を保有する者が勝者となる世界へと変わってしまった」
「・・・・・そんな」
目覚めてすぐに現実が非現実へと変わった事に対して恐怖を感じて震えていると・・・・。
「大丈夫、大丈夫です」
暖かい気配は背後から震える体をそっと抱きしめ、ゆっくりと染み込む様に言葉を重ねていく。
(・・・・暖かい)
冷えた心を温める様な温もり。
母という存在を身近に感じた事の無いジンにとっては初めて感じる暖かさ。
未知の母という存在に抱いていたままの暖かさに、ジンの鼓動も落ち着きを取り戻す。
「・・・・・グギギギギ」
「ぬっにゅにゅにゅっす」
「馬鹿な・・・・・」
だが、背後から聞こえてくる声は何故か一人では無く、おかしな様子に振り返ろうとするが。
「だ、大丈夫です。大丈夫ですので」
などと先程と似た台詞であったが、若干声は震え、緊迫した気配が・・・。
「ぐぞぉおおおおお・・・・・」
「踏ん張るっすよ!」
「ファイトなのだ!!」
何やら他の三人の掛け声が聞こえたかと思うと、背後に居るであろう黒髪の女性は荒い呼吸でもって何かに堪える様に吐息を漏らし、ジンの背中に何か大きなものがその度に打ち付けられ、ジンはジンで顔を真っ赤にさせていく。
(・・・・・な、何が起こってるの!?)
興味というよりも身の不安を感じ、背後を眺めようとするが、見えるのは赤く色ずいた女性の表情。まじかに見ると、目が潰れるのでは無いかと思える程の美貌を前に、ジンは振り向こうとする勇気を挫かれ、熱い吐息と背中の感触に顔を俯ける。
「・・・・・くぅううううろぉおおおおお・・・・そろそろ怒るわよおぉおおぉおおお」
「我慢というのは限界を超えると・・・・危ないんすよぉおおお?」
「殺意というのを学習してきたのだ。そろそろ抑えがきかないのだ」
怨嗟と呼ぶのが相応しい怖気を感じ、ジンが身じろぎしたのを感じ、黒い女性は慌てて手を放すなり、ジンの正面へと飛び退る。
「も、申し訳御座いません! そ、そのぉ・・・・ジン様がお寂しそうになさっていたもので・・・・つい・・・・」
変身とでも言うべき変わりように、残りの三人も呆気にとられた表情で茫然とした後・・・・。
「ず、ずる~~~いのよ」
「何という変わり身! さては忍者っすね」
「犬なのに猫を被ってるのだ!」
湧き上がる抗議の嵐に、黒い女性は素知らぬ顔。
先程までに掻いた汗を手にしたハンカチで拭い、淑女の装い。
「あ、あぁああああ!! それ私のぉおおお~~~」
白い少女がそれを見て叫びを放つが、どこ吹く風。
楚々と滴る汗を拭っては、自身の胸の谷間へ押し込んでいく。
「・・・・・ポケット無いからって無理やり押し込んだっすよ!」
「自分が持ってなかった事を隠すと共に、アピールするとは・・・やるのだ」
「ぐぎぃぃぎぎぎ・・・・」
何故か白い少女は泡でも吹くようにぶくぶくと呻きを漏らし、頭を抱えて蹲る。
「あらら、白姉さんダメージ受けすぎっす」
「持たざる者の悲しみなのだな!」
などと何とも珍妙な挨拶であったが、彼女達が思っていた様な化け物では無いと証明するには十分か。
ジンも恐怖に身構えていた感情を解き、それを見計らったかの様な父の咳払いに、皆の視線は画面へと戻った。
「恐らく、そちらでは大体の自己紹介は済んだかと思う。まず、一番先に接触したであろう者が黒だ。名前から分かる通り、お前が飼っていた黒犬だ。一人置いて行くお前を案じて貰って来た犬だが、昔と変わらずお前にべったりだろうとは思う」
「・・・・その通りです!!」
父の言葉に黒と呼ばれた女性は右手を振り上げ、自身が一番だと誇る。
当然、その姿に残りの三人は苦渋の表情を浮かべ、歯を食いしばる。
「力でもぎ取った勝利に~~~~」
「何の意味が~~~」
「あるのだ~~~~」
続く抗議の声に、黒は自慢げに胸をそらし・・・・。
「力こそ正義!」
などと高らかに宣言する。
『・・・・・ぐぬぬぬ』
三人は三人とも思うところはあったが、内心・・・。
(己を捨ててまであんだけ思えるのは脅威だわ~~~)
(無茶苦茶っすけど、熱量だけはやばいんすよねえ)
(力こそ正義! 覚えたのだ!)
などと、三者三様に長女の暴虐ぶりに思うところもあり、賞賛する部分が大きいのは姉妹というべきか。
「オホン!! まぁ、色々とあっただろうが、話を続ける。次は白だ」
「にゃにゅ・・・・!? い、いやいや・・・にゃとか言ってないから! な、なんですの~~~って! 言っただけですから~~~」
何故かジンに対してバタバタと手を振り、否定を示す。
恐らくは驚いたりすると咄嗟に出てしまう癖なのだろうが、彼女にとっては恥ずかしい姿か、白い肌を赤く染めてはゴロゴロと転がる。
「・・・・まぁ、それを見れば分かる通り、お前が拾って来た白猫だ。捨てられていたからと拾って来た時には驚いたが、お前と黒が四六時中放さないものだから、結局家族の一員となった訳だ」
「へぇ~~~そうなんすね!」
「意外・・・・いや、言われてみればなのだ」
二人の少女が顔を突き合わせ悪い顔をしているのに対し、黒と白はますます顔を赤らめ、双方ともにそっぽを向く。
「す、捨ててこようとしたら泣くものですから仕方なく・・・・」
「に、逃げようとしたら臭い犬が咥えて離さないから・・・・・」
そう言って素知らぬふりだが、ジンの家ではよく見た光景。
ご飯時になれば、黒が白を咥えて台所にやってくるのは常であり、何時も遊び疲れて眠る白を咥える黒は母親そのもの。犬と猫という種の違いはあったが、双方が双方を思う姿は、ジンの寂しさを紛らわせていた。
「では、理解したと思うので次に移る・・・・」
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