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第二章
53 戻らない記憶
しおりを挟むルーシアはグリードが先導していたクーデターが失敗したことで、内乱の沈静化に全力を注ぐことになった。
これで他国の争いも下火になればいいけど、一度燃え上がった炎が完全に消えるまでには時間がかかるだろう。
黒竜による脅威が無くなっただけでも、この世界にとっては大きな成果だ。
俺達はその日の内に帰路に就いた。エリザベート様はガインの体調を心配していたけど、当の本人が「一刻でも早くガレニアに戻りたい」と言ったからだ。
移動中に現在のガレニアの状況や俺達家族のことも説明したけど、時間を掛けて築き上げた家族の絆は、言葉で説明出来るものじゃない……
ガインは、俺に懐くサミアンや、自分にそっくりなノインをずっと不思議そうに眺めていて、ガレニアに着くまでの時間が、ひどく長く感じた。
ガレニアでは、レパーダと共に現れた黄金竜のセレスティオに国中が歓喜し、それを呼び込んだガイン大統領の治世への期待感は高まっていた。
でも本人が何も覚えていないから、ここ三年の出来事や新憲法の確認で、ガインは帰ったその日から仕事に掛かり切りだ。
同じ部屋で寝てるけど、ガインは遅くまで仕事をしていて、俺は先に寝るように言われている。
朝もさっさと準備を済ませて出て行くので、ほとんど話をしていない。
ガインが仕事人間なのは記憶を失う前からだけど、ここまで続くと避けられているようにも思えてちょっとせつない。
――早く記憶が戻ればいいのに……
「シン、もう仕事して大丈夫なの?」
俺達がガレニアに戻った日、シンは熱を出して寝込んでいた。
サミアンとノインがトランクに忍び込んでついて来ちゃったから、こっちは大騒ぎだったみたいで、責任感の強いシンはずっと心配していたと、グランドルから聞いた。
二つのトランクをレパーダに積み込んだのはグランドルで、後から荷物は一つだったと聞いて、子供達がトランクに隠れていた事を予想はしていたようだけど、俺の子供達が多大な心配をかけた事にかわりはない。
「シンタロさんごめんなさい」
「ガウガウ」
「シンタロウだ。サミアン、覚えろ」
久しぶりのやり取りにホッと息をつくと、シンは心配そうな顔で俺に訊ねた。
「ガイン様の様子はどうだ? 少しは思い出したのか?」
俺は無言で首を振ってから、静かに口を開いた。
「気が付いたらガレニアの大統領になっている上に、妻子までいて、本人も現状を整理するだけで一杯一杯みたいだね」
「まあ……そうだろうな」
「昔から知ってるグランドルや ……カートといる方が、居心地がいいみたい」
俺がそう言って笑うと、シンは珍しく厳しい口調で俺に言った。
「前から思っていたんだが、お前は物分かりがよすぎる! 嫌な事は嫌だと言わないうちは、記憶が戻っても本当の関係なんて築けないと思うぞ!」
シンの言葉を聞いて、少なからずショックを受けた。
ガインとは運命の番で、嫌なことがあっても絶対に嫌いにならないし、向こうも同じ筈だからと、細かいことには目を瞑ってきた。
運命の番と自覚してからの方が、言いたいことも言えずにいたかもしれない。
俺の本心はどうだった? カートとベタベタするのを見た時や、仕事ばっかりで放っておかれた時も、本当は言いたい事たくさんあったんじゃないか?
だけど……
「今のガインには言えないよ。俺を運命の番と信じてないみたいだ。ヒートでも来れば分かるだろうけど……」
「運命の番じゃなければ駄目なのか? 俺はそんな繋がりなくてもガイン様はお前に惹かれていたと思うぞ。もし、記憶が戻らなかったらこのまま目を瞑り続けるのか?」
―――記憶が戻らない?
……なんで俺、記憶が戻ると決めつけていたんだろう? 希望的観測もいいとこじゃん!
俺は無意識の内に「ガインが俺を忘れた」という事実を受け入れ無いでいたのかもしれない。
「そっか、このままでいいワケないよね?」
「ああ」
「はいお母様!」
「ガウガウ!」
シンに便乗するように、サミアンとノインも俺に檄を入れた。
二人も、もどかしい気持ちで見ていたんだろう。
よし!頑張ろう!!
今日はガインがどんなに遅くても、寝ないで待とう。それでちょっとでもいいから話をしよう!
そう思って待ってみたけど、ガインは中々帰って来なかった。
(こんな事なら書庫で本でも借りておけばよかった)
あまりにも暇で、夜風にでも当たろうと外に出た。城から東宮までの道は一本道だから、入れ違いになることはない。
今は夏だけど、暖かいルーシアから帰って来たから夜は少し肌寒く感じる。二の腕を擦りながら歩いていると、ガインに会わないまま、城の中庭まで来てしまった。いい加減引き返そうかと思い身体を反転させると、道から少し離れた四阿に人影を見つけた。
(誰? 不審者?)
警備兵を呼ぶ前に姿を確認しようと思い、音を立てずに近づくと、そこには腕を組んだまま眠るガインがいた。
(なんでこんな所で寝ているんだろう?)
風邪をひいたら大変だと思いながらも、横に座り、暫し寝顔を眺めた。
こうして近くで眺めるのは久しぶりだ。相変わらず男らしい、綺麗な顔をしている。
普段は怖い顔ばかりしているけど、俺や子供達の事は、いつも優しい眼差しで見つめていた。
その表情を思い出したら、記憶を失ってからというもの、怖い顔しか見ていない事が急に悲しくなった。
「ガイン……」
「……ん……なんだ、貴様か」
(『貴様』じゃねぇし!)
「クリスだよ。ガイン」
ガインは口答えした俺をギロリと睨んだ。
(そんな目で、見ないで欲しい……)
そう言えばいいのに、やっぱり俺はこんな時、言葉を失った。
「なぜ、そんな顔をする?」
俺は今どんな顔をしているのだろう?
「お前は、涙の一粒でさえも美しいのだな……」
そう言われて泣いている事に気がついた。
慌てて涙を拭おうとすると、ガインはその手を掴み、溢れる涙を唇で受け止めた。
そしてチュ、チュと瞼に二回、キスを落とす……
「ふふっ、前にもあったな……」
あれは、いつだっただろうか?
確か「サミアンを抱いてやれ」と言ったら、サミアンを抱いている俺ごと抱き上げた時だ……
あれから三年近い月日が流れた。
「一人で考えたくて、この四阿に寄った」
「そう……邪魔しちゃったね」
「いや……お前の事を考えていたのだ」
ガインは俺をじっと見つめて、ゆっくりと口を開いた。
「俺には、この美しい人間が俺の伴侶だということが信じられない。いや、ノインも生まれたし、間違いないとは思うのだが、お前は本当に獣人の俺を伴侶と認めたのか?」
えっ? 何言ってんの?
あ、そういえば、ガインは物凄く不器用な男だった。
本当は誰よりも優しく愛情深いのに、それを上手に表現できない男だった。
でも俺は、そんなガインを好きになったんだ……
「愛してる。ガインが俺の事覚えていなくても、あなたが好き…… きっと何度でも恋に落ちるよ」
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