見えるものしか見ないから

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一度死んだ子爵夫人

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伯爵令嬢は死んで、子爵夫人になった。アリスは愛する夫に、万が一にもバレないように、と名前を変えさせられた。シアと言うのはシンシアと名前が似ているから嫌だったけれど、あの女が嫌いなミカエルにバレない為には似た名前が良いと、夫に良い含められ、シアと名乗るようにした。

髪は目立たないブラウンだったのに、銀髪が似合うと、染められる。変装するにも逆に目立つのでは?と思うが、夫は譲らない。

「君が可愛すぎて外に出したくない。」

そう言って彼は部屋の至るところに鍵をつける。少し過保護じゃない?と、窓に映る自分を見て驚いた。

アリスが何度手を伸ばしても、決して届かなかったシンシア嬢に、よく似た女。そこでようやく合点がいった。

アリスを望んでくれたはずの夫の瞳に映る誰か、は、シンシアだったのだ。

手入れの行き届いた銀髪も、落ち着いたメイクも、アクセサリーも、ドレスも全てが夫の選んだもの。アリスは褒められるままに、彼の望む女を演じていたけれど。


妃教育の最中、アリスに対峙する人達の目に浮かぶのは、いつもシンシアただ一人だった。アリスを前にして、もういない彼女の姿を追い求める彼らの目。

追っても追っても届かない、アリスとは異なる高貴な女性。夫は私がシアである内は、彼女に近づこうと努力する間は、きっと愛してくれるだろう。だけど、ただのアリスに戻った時、彼はどんな反応を見せるのだろう。

その答えは、案外早くに知ることができた。


日に日に元気のなくなっていくアリスに思うことはあったのだろう。彼の兄夫婦がアリスを逃す為に人を寄越してくれたのだ。

彼は孤児院出身の騎士見習いで、アリスに対して淡い恋心を抱いていた。夫の留守中に現れた彼はものの見事にアリスを外に出してくれたのだが。



気がつけばアリスは自室にいた。体を動かそうとしても、身体は動かない。なのに、夫の声だけは鮮明に聞こえてくる。

「やっぱり君はシアにはなれないんだね。だって元が違うから。じゃあ、彼女と同じにしてあげようか。ここだけの話さ、ミカエル王子と、シアが婚約を結んだ理由を知ってるかい?」

返事をしようにも、声が出せない。

「シアが私を選ばなくて、レオン王太子を選んだ理由を?」

はじめから、返事など求めていなかったように彼は饒舌になる。


「あれはね、魂の契約を結んでいるからさ。王家とシアの魂を契約で繋いでいるからだよ。破れば、シアの命に関わるから、私は本物のシアを諦めなくてはならなかったんだ。欲を言えば、君とシアを入れ替えたかったんだけどね。」


間近で見る彼の微笑みは、恐ろしく、美しかった。

「あの騎士見習いが欲しいならあげるよ。でも、ここから立ち去るのは許さない。君は私のシアなんだから。君の魂の契約は、私自身としているんだから。君は心中でもお望みなのかな。」


アリスは声を奪われていた為に、自身の意思は無視された。それでもシアの介護をする夫は幸せそうだ。

「シア、君は必ず幸せにしてあげる。君が私を愛さなくても君がそこにいるだけで、私は幸せなんだ。」
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