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侯爵令嬢のプライド

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「ルッツ侯爵令嬢、少し時間を貰えないだろうか。」

アンジェリカは足を止めて、目の前の男に微笑みかけた。

「勿論でございますわ。ディラン殿下。」

第二王子に誘われ、王族にのみ許された専用部屋に足を踏み入れる。使用人や、殿下の側近達は主人の合図で、部屋を出て行き残るは殿下と二人だけになった。

温かいお茶を勧められて飲むと、少し不思議な味がした。

「兄上から貰った美味しいお茶だよ。気に入ってくれると嬉しい。」

アンジェリカと話す時、ディランは恥ずかしいのか、いつも緊張しているような仕草をする。婚約者になるのだから、そんなに照れなくても良いのに。アンジェリカはそうは言いながらも、未だに初々しい仕草を見せる彼が微笑ましくて仕方がない。

第一王子に比べて自分に自信のないタイプである彼を諌め、奮い立たせないといけないとは思っていても、可愛らしい反応にドキドキしてしまうのだ。

「今日は、どうだった?悩みはまだ解決できていないのだろう?」

そう聞かれて、折角の二人きりだというのに、あの忌々しい男爵令嬢の顔を思い出してしまい眉を顰める。

「その様子から推測するに、まだ彼女は君を悩ませているようだな。」

アンジェリカはいつもなら微笑んだだけで漏らさない本音を吐き出してしまった。自分でも驚いたぐらいだが、ディランは怒ったり詰ったりはせずに、理解を示してくれた。

アンジェリカは第二王子に自分の悩みを相談していた。

それは「男爵令嬢が、色々な男性に媚びているせいで風紀が乱れている」と言った悩みで、最初の発端はたわいも無いクラス内での世間話だった。

アンジェリカは学園内で一番高貴な令嬢であることを自負している。実家の権力だけでなく、全てにおいてトップの高嶺の花である、と。だから、勿論下位貴族や高位貴族の男女から人気があるのは自分であるはずだ、という妙なプライドがあった。

ダンスの授業中に、男性からの申し込みが男爵令嬢に集中した時も、自分に声をかけられない男達がお情けで話しかけていることはわかっていたので、特に何も言わなかった。

だけど、自分の婚約者である第二王子殿下が一連の流れで自分ではなく、男爵令嬢に申し込んだ時に、彼女の思考はおかしな動きを見せたのである。第二王子殿下はアンジェリカには見せたことのない表情で彼女の手を取り、大切そうに抱き寄せたのである。

見た目だって頭の良さだって性格だって、自分の方が優れていると誰にだってわかるのに、彼女にそんな態度を取るなんて、まるで身体でも使って骨抜きにされているみたい、と考えて、その考えに虫唾が走った。

一度その考えに至ったら、それこそが本当のことのように思い込み、ディランにふと相談という形で漏らしてしまったのだ。ディランはまだ彼女の毒牙にかかる前だったようで一頻りショックを受けていた。

殿下は「まさか」と信じていなかったものの、何度も訴えるうちに話を聞いてくれるようになっていった。

テストだって侯爵令嬢よりも高い点数が取れるなんて、下位貴族の癖におかしいし、何か不正をしたに違いない。何よりそう思っているのは自分だけではないのだと、ラナーリアを使い噂をばら撒いた。

彼女に恨みを抱いているご令嬢は意外にいたようで皆アンジェリカの話を鵜呑みにしては協力してくれた。

下位貴族は名前や顔やらははっきりしないが、アンジェリカが王族になった後ならば融通してあげる、というと、ラナーリア以上に働いてくれる人もいた。

アンジェリカにとって、誰かを孤立させることは簡単だ。動かせる使い捨ての駒と、もっともらしい大義名分があれば良い。

どのみち、貴族社会に居られなくなった男爵令嬢など、碌な末路を迎えない、とアンジェリカは歪んだ笑みを見せた。
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