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嘘つきで狡い私達は 後半アンソニー視点
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クリス様の偽物はそれ以来現れなかった。アンソニー様に提案したものの、あまり自身でこういったことの対処に慣れていない自分は、彼に結局は任せきりになった。
彼は私がクリス様の生存を黙っていることに対して責めたりはしなかった。失意の中、領地に戻られた侯爵夫妻には随分と不義理なことをしている自覚はあるが、やはりどうしたって、今までの彼に振り回され続けた色々なことを許す気にはならなかった。
私が最後に見た彼の傷ついた顔は、これまで彼に苦しめられてきた私の顔だ。アンソニーも同じだったのかもしれない。彼の傷ついた表情を見ても、私は今更何も感じなかった。
だって、最初に手を離したのはそちら。私が事故にあったクリスを思って苦しんだあの時に実は生きて楽しい平民生活を堪能していたのだから。
私が結婚式までのラストスパートで、後継者教育に結婚式の準備に忙しくしていた時にも他の女を抱いていた人だ。
彼は生まれて初めて私に愛してる、と言った。言ったけれど、あんなに嬉しくない愛情表現も珍しい。許しを請う為の苦しい言い訳に使うには些か大袈裟すぎて、笑ってしまう。彼はその言葉の持つ意味がわかっていたのだろうか。
私が待ち望んでいた特別な言葉は、きっと彼にとってこんな些細なご機嫌取りに使用できるほどの取るに足りないものだった。
クリス様の偽物を、どうにか見たくなくてアンソニーを利用したが、彼は穏やかな顔で受け止めてくれた。
また「共犯」を提案した際も、大きな掌で包み込んでくれた。抱きしめてくれた。どうして彼は私が欲しかったものがわかるのだろう。彼はクリス様の弟で同じ血が流れているのに、まるで違う。
アンソニーは、その後、父を説得し、私との婚約を取り付けた。社交に出向いた時には、何故か皆好意的で、誰も下世話なことを言う者はいなかった。不安ではあった。兄が亡くなり、直ぐにその弟と婚約なんて。
私は知らなかったのだが、社交界にはその時、ある公爵家で起きた醜聞に注目が集まっており、こちらのことを気にする奇特な人はいなかった。
アンソニーとは離れていた期間があるものの、昔を知る者同士だから、気安く、共通の秘密もあって、思いの外、婚約者としては最高の関係になれたと思う。
アンソニーもあんなに素敵なのに、浮いた噂の一つもなく、実直な性格が現れている。
とは言え、クリス様を覚えているあるご令嬢がアンソニー様も同じタイプであると勘違いして、アンソニー様に近づいた時は、正直かわいそうになるぐらいに、スッパリと断られていて、笑うに笑えない状態になってしまった。
「未だに兄の残したものに苦しめられるとは。面倒だな。オリヴィア、仲の良さをアピールしよう。」
アンソニー曰く、オリヴィアを蔑ろにしていたクリスの印象を、オリヴィアを愛しているアンソニーの印象に塗り替えると、オリヴィアに敬意を払う人が増えるんじゃないか、と。
私は言われるままに、受け止めたことを、早々に後悔することになる。彼はどこにそれだけの感情を隠していたのかわからないほど、私への愛を解放させ、私が彼なしではいられないほど、愛で埋め尽くしてくれた。
「オリヴィア、愛してる。」
彼がそう、言って、私の全身にキスを落とすたび、私は愛されているのを全身で実感する。
クリス様に似た容姿に、けれど、彼にはなかった大きな器で器いっぱいに溢れるほどの愛を惜しげもなく、与える。
彼と再会して、オリヴィアはずっと幸せだ。
今まで一人で頑張ってきたというのに、彼がいなくなると想像すらできないなんて。私はとても愚かで弱くなってしまった。
クリス様は元は自作自演であったが、貴族クリス・ヒューズでいられることはなくなった。彼はあの事故で亡くなったのだから。
もし、あれが自演であったなら、一緒に乗り込んだご令嬢とは誰だったんだろう?
あの、子どもを連れた女性だろうか?
どちらにしろ、無事だったなら良かった、と思うことにしよう。誰も死んでいないから。私は彼の余興にただ付き合わされただけだ。
アンソニーといると、考えることは彼のことばかりになるから、クリス様のことを考える暇もない。
これから一年後、ようやく念願の結婚式がある。相手は変わってしまったが、今度は幸せになれるのを疑わない。
私は幸せな花嫁になる。
夜遅くにオリヴィアの寝顔を見ていると、生きていることに毎回安堵する。兄を亡くしたとさめざめと泣くオリヴィアは今にも後を追ってしまいそうで、目が離せなかった。
彼女はそれだけ深く兄を愛していたのかと、そう思えば、それとは少し違うのだと言う。
「あの時の絶望は、今までしてきたことが全て無意味になってしまったことに対してなのよね。クリス様を深く愛したことはないの。
この人と結婚するしかないのだから、我慢しなくちゃ、と思って我慢していたことがなくなって、今までの自分が勿体無くて、泣いたの。」
彼女の答えに安堵し、抱き寄せると、彼女は兄に見せたことなどないとわかる笑顔で甘える。
アンソニーは兄にしたことを後悔していない。多分この先一生後悔することもない。
罠を張り巡らせたのはこちらだが、落ちたのは兄だ。
事故に見せかけるために、一度馬車に乗せた時一緒にいた女性は着飾った護衛だ。彼女は普段はオリヴィアの侍女をしていて、兄の計画に付き合ってくれた体でそこにいた。
兄は疑っていなかったが、彼女はオリヴィアに不誠実な兄を心底憎んでいた。それまでにも彼女に懸想する兄を殺したくなったと言うし、もし彼女が我慢できなくて本当に馬車の事故で兄が亡くなったとしても一向に構わなかった。
兄の偽物が最初に彼女に付き纏ったのはそういったことからだが、あれでオリヴィアの心が完全に兄から離れたのだとしたら彼女のお手柄と言えるだろう。
オリヴィアの笑顔を兄が見られることはもうない。その事実はアンソニーに喜びを与えてくれる。彼女を幸せにする権利はこちらに託された。
眠っているオリヴィアの頬にキスをすると、眠たそうな彼女の目が少しだけ開く。
彼女の頭を撫でると、また眠りにつく。アンソニーは幸せに頬を緩ませながら、彼女の隣に入り込む。体ごと抱きしめると、あまりの暖かさにすぐに眠ってしまった。
彼は私がクリス様の生存を黙っていることに対して責めたりはしなかった。失意の中、領地に戻られた侯爵夫妻には随分と不義理なことをしている自覚はあるが、やはりどうしたって、今までの彼に振り回され続けた色々なことを許す気にはならなかった。
私が最後に見た彼の傷ついた顔は、これまで彼に苦しめられてきた私の顔だ。アンソニーも同じだったのかもしれない。彼の傷ついた表情を見ても、私は今更何も感じなかった。
だって、最初に手を離したのはそちら。私が事故にあったクリスを思って苦しんだあの時に実は生きて楽しい平民生活を堪能していたのだから。
私が結婚式までのラストスパートで、後継者教育に結婚式の準備に忙しくしていた時にも他の女を抱いていた人だ。
彼は生まれて初めて私に愛してる、と言った。言ったけれど、あんなに嬉しくない愛情表現も珍しい。許しを請う為の苦しい言い訳に使うには些か大袈裟すぎて、笑ってしまう。彼はその言葉の持つ意味がわかっていたのだろうか。
私が待ち望んでいた特別な言葉は、きっと彼にとってこんな些細なご機嫌取りに使用できるほどの取るに足りないものだった。
クリス様の偽物を、どうにか見たくなくてアンソニーを利用したが、彼は穏やかな顔で受け止めてくれた。
また「共犯」を提案した際も、大きな掌で包み込んでくれた。抱きしめてくれた。どうして彼は私が欲しかったものがわかるのだろう。彼はクリス様の弟で同じ血が流れているのに、まるで違う。
アンソニーは、その後、父を説得し、私との婚約を取り付けた。社交に出向いた時には、何故か皆好意的で、誰も下世話なことを言う者はいなかった。不安ではあった。兄が亡くなり、直ぐにその弟と婚約なんて。
私は知らなかったのだが、社交界にはその時、ある公爵家で起きた醜聞に注目が集まっており、こちらのことを気にする奇特な人はいなかった。
アンソニーとは離れていた期間があるものの、昔を知る者同士だから、気安く、共通の秘密もあって、思いの外、婚約者としては最高の関係になれたと思う。
アンソニーもあんなに素敵なのに、浮いた噂の一つもなく、実直な性格が現れている。
とは言え、クリス様を覚えているあるご令嬢がアンソニー様も同じタイプであると勘違いして、アンソニー様に近づいた時は、正直かわいそうになるぐらいに、スッパリと断られていて、笑うに笑えない状態になってしまった。
「未だに兄の残したものに苦しめられるとは。面倒だな。オリヴィア、仲の良さをアピールしよう。」
アンソニー曰く、オリヴィアを蔑ろにしていたクリスの印象を、オリヴィアを愛しているアンソニーの印象に塗り替えると、オリヴィアに敬意を払う人が増えるんじゃないか、と。
私は言われるままに、受け止めたことを、早々に後悔することになる。彼はどこにそれだけの感情を隠していたのかわからないほど、私への愛を解放させ、私が彼なしではいられないほど、愛で埋め尽くしてくれた。
「オリヴィア、愛してる。」
彼がそう、言って、私の全身にキスを落とすたび、私は愛されているのを全身で実感する。
クリス様に似た容姿に、けれど、彼にはなかった大きな器で器いっぱいに溢れるほどの愛を惜しげもなく、与える。
彼と再会して、オリヴィアはずっと幸せだ。
今まで一人で頑張ってきたというのに、彼がいなくなると想像すらできないなんて。私はとても愚かで弱くなってしまった。
クリス様は元は自作自演であったが、貴族クリス・ヒューズでいられることはなくなった。彼はあの事故で亡くなったのだから。
もし、あれが自演であったなら、一緒に乗り込んだご令嬢とは誰だったんだろう?
あの、子どもを連れた女性だろうか?
どちらにしろ、無事だったなら良かった、と思うことにしよう。誰も死んでいないから。私は彼の余興にただ付き合わされただけだ。
アンソニーといると、考えることは彼のことばかりになるから、クリス様のことを考える暇もない。
これから一年後、ようやく念願の結婚式がある。相手は変わってしまったが、今度は幸せになれるのを疑わない。
私は幸せな花嫁になる。
夜遅くにオリヴィアの寝顔を見ていると、生きていることに毎回安堵する。兄を亡くしたとさめざめと泣くオリヴィアは今にも後を追ってしまいそうで、目が離せなかった。
彼女はそれだけ深く兄を愛していたのかと、そう思えば、それとは少し違うのだと言う。
「あの時の絶望は、今までしてきたことが全て無意味になってしまったことに対してなのよね。クリス様を深く愛したことはないの。
この人と結婚するしかないのだから、我慢しなくちゃ、と思って我慢していたことがなくなって、今までの自分が勿体無くて、泣いたの。」
彼女の答えに安堵し、抱き寄せると、彼女は兄に見せたことなどないとわかる笑顔で甘える。
アンソニーは兄にしたことを後悔していない。多分この先一生後悔することもない。
罠を張り巡らせたのはこちらだが、落ちたのは兄だ。
事故に見せかけるために、一度馬車に乗せた時一緒にいた女性は着飾った護衛だ。彼女は普段はオリヴィアの侍女をしていて、兄の計画に付き合ってくれた体でそこにいた。
兄は疑っていなかったが、彼女はオリヴィアに不誠実な兄を心底憎んでいた。それまでにも彼女に懸想する兄を殺したくなったと言うし、もし彼女が我慢できなくて本当に馬車の事故で兄が亡くなったとしても一向に構わなかった。
兄の偽物が最初に彼女に付き纏ったのはそういったことからだが、あれでオリヴィアの心が完全に兄から離れたのだとしたら彼女のお手柄と言えるだろう。
オリヴィアの笑顔を兄が見られることはもうない。その事実はアンソニーに喜びを与えてくれる。彼女を幸せにする権利はこちらに託された。
眠っているオリヴィアの頬にキスをすると、眠たそうな彼女の目が少しだけ開く。
彼女の頭を撫でると、また眠りにつく。アンソニーは幸せに頬を緩ませながら、彼女の隣に入り込む。体ごと抱きしめると、あまりの暖かさにすぐに眠ってしまった。
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