伯爵夫人を殺したのは誰だ

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夫の交友関係

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妻の日記は毎日続いている。なのに時折全く別の人物によって書かれているかのように感じることがある。前世の男性としての妻と、今世の女性としての妻の、性格も育った環境も全く異なる他人が共存しているからには、起こり得ることなのかもしれないが、デイビスには前世の自分が明確に表れることはなかった為、よくわからない。

妻の日記は、ある時はエミリという名の女性を探し、またある時は伯爵夫人としての立場から、またある時は、周りに言われた心ない一言に傷つき、またある時は……読んでいくにつれて、デイビスの知らない妻の日常が顕になってくる。

中でも酷いのが、先触れもなく現れては、妻を貶めるある女性の存在だった。



彼女はいつも突然やってくる。




彼女は友人の妹で、何故か昔からデイビスに懐いてくれている。昔は友人に遠慮して、はっきりとは断れなかったが、今は違う。

デイビスは、社交的な性格ではない。ただケイトの為に、社交を頑張って来たに過ぎない。そのケイトがいない今、誰に取り繕う必要も感じずに、今日も邪魔がなければケイトの残したノートに向かう筈だった。


「お兄様が、落ち込んでると思いまして、わざわざ立ち寄りましたの。」

悪びれもせずに、伯爵家に勝手に乗り込んで来たのは、デイビスの長年の友人オットーの年の離れた妹リサだった。彼女は実の兄がいるにも関わらず、デイビスのことを勝手に兄と呼び、我が物顔で妹面をしてくる。ケイトとの初めての出会いでは、兄を取られた妹のように我儘に振る舞い、周りを辟易させた。


あの時にも思ったが、友人は妹の教育を間違えたままここまで来てしまったのだな。

「バランド男爵夫人、前にも言ったと思うのだが、これからこちらにくる際には是非先触れというものを覚えてくれないか。次からは決して取り継がないようにするからね。」

「あら、お兄様。意地悪ですわ。そんなことを言って。可愛い妹が会いたくてくるのですから、良いじゃありませんか。」

「生憎、私には無礼な身内はいなくてね。用がなければ帰ってくれないか。私は忙しいんだ。」


彼女に一分の隙も与えることなく、ニコリともせずに告げれば、彼女は笑っていた表情を貼り付けて不思議がっている。


「どうしてそんなことを仰るの?お兄様が奥様に先立たれて寂しい思いをされていると思って、様子を見にきたのよ。」

「だとしても、先触れがないのはルール違反だと前にも妻から告げていたと思うが?」

「奥様はだって、お忙しい方だったから、私に時間を使いたくなかっただけでしょう。高等院まで進んで我儘ばかりの奥様にすっかり毒されて。お兄様はもっと昔は優しかったわ。折角奥様が居なくなって、前の優しいお兄様に戻ってくれたと思っていたのに。」

彼女は来ても、私と話す訳でもない。毎回自分の話ばかりをして、帰っていく。一体我儘はどっちだと、言いたくもなる。

「悪いが本当に忙しいんだ。実の兄のように接してくれるのは有り難いが実際に血の繋がりのない君をこれ以上面倒見切れないのだよ。これ以上我儘を通すとなると、男爵家とご実家に苦情を申し入れることになるが、構わないよね?友人の妹だったから、君のマナー違反には目をつぶってきたつもりだったのだがね。

これ以上私の時間を不当に奪うというなら、こちらも考えがあるよ。」

「帰りますわ、帰れば良いのでしょう。」

大声で喚き散らす彼女はやはり淑女ではない。デイビスの妻を貶めるつもりなら、それぐらいの常識は身につけるべきだろう。

彼女を追い出して、暫くしてからオットーに会う機会があった。彼にリサ嬢の苦情を申し立てると、苦笑しながら、彼女の事情を聞くことができた。

彼女は男爵家に嫁いだが、それは契約結婚で、期間限定の立場だった。勿論彼女の自由はある程度優先されたが、彼女の希望とは程遠い。彼女の望みは最低でも、伯爵夫人だった。身の丈に合わない願望を抱いたのは、兄の友人のデイビスが自分に好意的だと、勘違いしたからだ。


デイビスはあくまでも友人の妹であるリサと、一線を引いて接してきたつもりだ。だが、彼女は夢みがちで、自信過剰なところがあった為、デイビスとの結婚を勝手に夢見ていた。

だが、結婚したのは、ケイトだ。彼女とケイトはほぼ真逆だ。

ここで、デイビスの気持ちに思い至ればまだ良かった。だが、彼女は思い込みのあまりに突っ走った。





「きっとデイビスお兄様は騙されているんだわ。私が何とか救い出さないと。」


勝手な思い込みで、彼女は度々デイビスの留守中に、ケイトの時間を奪っていた。ケイトは辟易しながらも、彼女に速やかに帰って貰えるように対応していたようだ。

「貴女が妻の役目を果たせないのなら、お兄様との子を私が産むから安心して頂戴。」

などとも、言ったらしい。ケイトは唖然としたが、そのような事実はない、とのデイビスの侍従の声に安堵していたという。

問題は一連の出来事を何故自分が知らないのか。侍従が伝え忘れることなど、あり得ない。侍従を呼ぼうとして、思い至った。ああ、前の侍従は、この後、辞めていったのだと。

彼の辞職理由は一身上の都合により、だ。あの時は何も思わなかったが彼を見つけ出し、話を聞くことが解決の糸口になるかもしれないと、現侍従のアーサーを呼んだ。
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