そして、何も起こらなかった

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二種類の偽物

王家の血が入っている貴族家の一部の者に限り、ある伝承が実しやかに伝えられている。それらは文章には残されず、口伝のみで親から子へ伝えられて来た。一種のお伽話である。貴族家によって、少しずつ異なる話は、要約すれば一つのことにたどり着く。

公爵家ではそれは童歌として、残っている。いいこにしていないと、いつか自分に似た偽物が自分を奪っていってしまう、という奇妙な歌。

公爵令嬢はその歌を呑気に歌っていた自分とそれをニコニコしながら聞いていた両親の記憶に寒気すら覚える。

そもそも両親は自分の本当の親、なのか?同じように偽物が両親の身体を乗っ取っているのでは?

そして、私は本当に私、なんだろうか。

リデル公爵令嬢は、王妃教育を受ける傍ら図書館でひたすらに偽物について調べていた。高位貴族にしか偽物は現れないとしながらも、時折下位貴族にもその偽物とやらが現れる。それらは決まって、当時の王太子の婚約を壊し、自分がその婚約者になり、王家に血を残す。

今回の男爵令嬢は多分偽物だった。本来の男爵令嬢とは、ある時から性格も変わったと周りの証言も取れている。

偽物は死を覚悟した瞬間に現れると言う。護衛に守られている高位貴族の子女が死にそうな目に遭うことは珍しい。だが、それだけ狙われる立場だから、なくはない話だ。

自分の意識がありながら、身体を乗っ取られるなんて、恐ろしい。だけど、嫌なことを代わりに引き受けてくれるなら良いのかもしれない。

王妃教育は王家の様々なことを含んでいる。その中には目を逸らしたくなるようなことも一つや二つではない。

公爵令嬢は偽物について調べながら、偽物には種類がいくつかある、と知った。

身体を乗っ取ろうとする精神体の偽物と、瓜二つの実体を持つ偽物。

前者が死にそうな場面に突如現れる自発的なものだとしたら、後者は明らかな人為的なもの。

公爵令嬢が気になったのは後者。彼らは一体どこにいるんだろう?

自分と全く同じ人間を見たら死が近い、と言う公爵領に昔からある怖い話もそれに由来するのだろうか。

公爵令嬢は実際、自分にそっくりな偽物を探す為に、王妃教育を受けているようなものだった。彼女が熱心に勉強に打ち込むのを何となく面白く思わなかったのは、婚約者である第一王子。

彼は王家に生まれたが、教育係を何度か変えた為に、高位貴族に伝わるお伽話を知らずに育った。だから、彼は知らなかったのだ。偽物が二種類あることも、その目的も。ただ自分が殺されて新しい誰かが自分に成りかわるとしか教えられていなかった。

彼にその話をしたのは公爵令嬢だ。勉強の甲斐あって、自分にそっくりな人間を探し当てた公爵令嬢が、第一王子を驚かした犯人だった。

「あんまり悪戯ばかりしていると、貴方になりかわる新しい第一王子が来てしまいますよ?」

事あるごとに、洗脳のように言い聞かせていたせいで第一王子はあんなに臆病な男になってしまった。


公爵令嬢がもう一人の自分と共に第一王子にあった時の、第一王子の恐怖はどれほどだっただろう?

グラウン侯爵令息も同じ目にあっているのだから、想像は容易い。リデル公爵家に密かに呼ばれた令息は自分のそっくりな男に引き合わされ、白目を剥いた過去がある。リデル公爵令嬢とは、幼馴染で彼女が第一王子との婚約がなければ、婚約を申し込みたい、と思うぐらいには、彼女のことを慕っていた。


自分にそっくりな偽物の他にも何人か見知った顔がある。話をしてみると彼らはそっくりだが、他人だ。当たり前の話だが、記憶は共有していないようで、どちらかというと双子の片割れのような感じだった。ならば双子の片方を隔離して育てたのかと言うと、それは違う。

ローレン伯爵家のディルクの弟は双子で、彼らの偽物も、その場にはいたのだから。

グラウン侯爵家の嫡男である自分と、妹マリアーナの偽物。名前は二人とも発音が難しい名前だった。彼らと会話するのは楽しくて、まるで鏡の中に入ったような奇妙な感覚。

「彼らは何のためにここにいるかは聞かされていないみたい。」
「ここに彼らがいるってことは公爵様に関連しているのではないのか。怒られない?」
「怒られるなら、私の勉強をやめさせるように邪魔していた筈よ。お父様ならそれぐらいするわ。だけど私がしたいようにさせていたのだから、何か意図があるんじゃないかしら。」

確かにグラウン侯爵令息が娘にただ会いに来たとしても、婚約者でもないのに単身乗り込んで来ることは普通に考えて非常識だ。

「不敬かもしれないが」
「私も同じことを考えていたわ。」
「公爵様も」「そうなのかもしれない。」

偽物かもしれない?

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