まさか私としたことが

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出世とはまた別の

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アンジェリーナの兄である伯爵家当主は、ラファエルと言った。天使と同じ名でありながら、彼は悪魔と呼ばれていた。

いや、悪魔の方がまだ可愛いとすら言える。彼はアンジェリーナの上を行く危険人物で、アンジェリーナの元夫達を容赦なく斬り捨てたのは彼の命によるものだ。

彼は、まっすぐにイライザの元へ顔を出した。

イライザは急な訪問に失礼がないように顔を伏せていたが、それは許してもらえなかった。

「顔を上げろ。」
低い声で指図された通りに顔を上げるとアンジェリーナによく似た綺麗な瞳が好奇心旺盛な様子でイライザを見ていた。

「アンジェが言った通りだな。悪くない……寧ろ今までで一番良いな。よし。」

当主様は気まぐれにイライザを引き寄せ、何故か一緒にお茶を飲むことになった。

侍女長からは、絶対に何があっても当主には逆らわないようにと、念を押されていた為に、されるがままになっていたのだが……いや、これおかしいでしょう?

ラファエルに、何故か横抱きにされているイライザは、彼が無表情で差し出すクッキーを食べ続けている。

まさか……夫人のお付きになれば、こういう業務もこなさなければいけない、ってこと?

貴族の中には、侍女に手を出す者もいると聞く。商売女よりも身持ちが固く、とはいえ結婚相手には向かない下位貴族の出身のご令嬢は、当主の愛人になることが出世の近道になると思っている人もいると聞く。

何せ、アンジェリーナ様の元夫を誑かした女は元侍女だったらしいし。

「あの……これは、ど、どういう?」
「ん?夫婦の交流というのはこういうことをするのだろう?アンジェが言っていた。夫が愛しい女にこうやって餌を与えていたと。」

「え、餌?」
「君は甘いお菓子が好きだと、聞いたから。……違うのか?」

一体、どこからの情報だろうと考えて、血の気が引いた。それはアンジェリーナ様に違いない。

昔やったことを思い出して顔面が蒼白になる。アンジェリーナに割り当てられた奥様用のお金を横領して日持ちのしない高級菓子を買い漁り、余ったお菓子が腐ってからアンジェリーナに下げ渡した日々のこと。それらは侍女がやった嫌がらせだったが、甘いものが珍しく、平民には手の出ない高級菓子をどうしても食べてみたくて、悪くなった菓子をつまみ食いしたことを思い出したのだ。

他にも、湿気て、パサパサのクッキーなんかも侍女の目を盗んでつまみ食いしたこともある。あれらは侍女には注意を払っていたがもしかしたらアンジェリーナ様には見られていたかもしれない。

咽せたイライザにラファエル様は、紅茶を与える。

顔の表情はないが、少し慌てているように見える彼は、物語の世界での殺人鬼とは別人に見えた。
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