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第5話

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 孤独な旅にあって、キツネの子は心強い味方だった。せっかくだから「エドワード」と名前をつけた。小さい頃、妹と読んでた本の主人公にちなんだ。それは白い陶器のうさぎが長い旅の末、愛を見つける話だ。なんとなくわたしの状況にぴったりな気がした。

 エドワードははじめ、遠くからついてくるだけだった。わたしの猟銃から発せられる銃声におどろいて逃げることもあったが、ずっとついてきた。獲った獲物は二人で分け合った。放ってやると素直に食べた。

 そんな生活を続けるうちにエドワードはわたしを味方だと信頼したようで、ずっと近くにいるようになった。触らせてくれるようになると女の子だと気づいたが、もうエドワードで定着してしまったので後の祭りだった。わたしたちは夜一緒に眠った。彼女の毛はやわらかく、体は人間よりも温かく触れていると安心した。

 一緒に暮らすようになって、キツネはかなり犬っぽいことが分かった。撫でるとシッポを振る。そして芸を覚える。わたしが口笛を吹くとどこにいても走り寄ってくるようになった。彼女はこれを楽しい遊びだと認識しているようでいつも機嫌良く嬉しそうにしていた。

 時折、エドワードが狩りに成功して野うさぎやモグラ、ねずみなどの小動物をくわえてくることがあった。やはりそれも分け合って食べた。分け合うのが当然だとでも言うような彼女の態度がとても嬉しくて幸せだった。
 旅をしながら、わたしはよく家族に話しかけるようになっていた。人間の言葉を忘れてしまいそうだったし、心が慰められるような気がしたからだ。

「ねえ、今日は魚を釣ったわ。子持ちで得した気分」妹に話しかける。
 ――よかったですわ、お姉様。美味しそうですわね。
「お父様。エドワードが怪我をしてました。小さな傷だけど、心配です。だから手当をしました」お父様に話しかける。 
 ――それは心配だね、手当をしてあげるなんて、お前は優しい子だ。

 空想の家族はわたしの聞きたい言葉しかかけてくれない。優しい言葉、同調する言葉。実際、近頃はろくに会話したことなんてない。本当の妹と父はどんな言葉を言っただろう。お叱りでも軽蔑でも呆れでもいい。話したかった。
 わたしはちっとも二人を分かろうとしなかった。もし、皆無事だったら、思いっきり話そう。わたしは家族を渇望していた。

 旅はかなり進んでいた。始めてから一月ほど過ぎただろうか。体は痩せ細ったが、病気もせずに生きていた。

 ある朝、夜のうちに仕掛けた罠を見に行くと、獲物が消えているのに気がついた。たしかに捕まった形跡があり、血の跡も付いている。別の獣に横取りされたのか。周りを見回してぞっとした。無数の足跡が付いていたからだ。

 くっきりとした五本の指。十三センチはありそうだ。大人のヒグマだ。
 エドワードの母親を襲ったあのヒグマだろうか。

 わたしはエドワードを口笛で呼び寄せると、急いで立ち去った。でも、わたしは逃げるのに焦る余り、近くで食べかけていた肉をそのままにしてしまった。うかつだった。周囲にはわたしの匂いがたっぷりとついていたことだろう。
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