報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう

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13 報われなかったお姫様

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 セオはジルヴァの声で言う。

「ロザリーはオフィーリアよりも強情だな。だが問題ないよ、また心に恐怖を植え付けてあげよう」

 途端にロザリーの首にセオの片手がかかり、締め付けられる。窒息しかける中で、ロザリーは言った。

「どうして、こんな、こと……」

 セオは口の端を歪める。

「単純に、嫌いなんだよ。アルフォンスのことが」

 愉しげに彼は笑う。彼にしてみればこの行為は、至極愉快で仕方がないのだ。

「生まれながらにして何もかも手に入れているあのような傲慢な人間は、愛する者に裏切られ、蝕まれていくのがお似合いじゃないか?」

 だからオフィーリアを利用したのだ。

(そうだ。思い、出した)

 ロザリーの目に涙が滲んだ。最後のピースを手に入れたが、もはや手遅れだ。こんな危機的状況で、ようやく思い出すなんて。

 心が絶望に染まりかけ、ロザリーは目を閉じた。
 途端ロザリーの中に、オフィーリアの記憶が重なる。

 
 ◇◆◇ 


 それは、アルフォンスが早朝のジルヴァの部屋を訪れ、血を吐いた直後の記憶だった。
 駆けつけた護衛達により、アルフォンスは運ばれていく。オフィーリアは床に座り込んだまま、何もできなかった。

 愛する人が死にかけているというのに。――裏切り、何故、自分はそんなことをしたのだろう。

 突然、オフィーリアは自身がしていたことに対して違和感を覚えた。
 遠い場所に行っていた自分が今ここに帰って来たように思った。ここ数週間失っていた意思が、明確に宿ったような気さえした。
 
(わたくしは、これほどまでに深くアルフォンス様を慕っているのに――)

 疑問が口をついて出る。

「わたくしは……わたくしは……どうして」 
 
 この状況下で、あり得ないほど穏やかな声がしたのはその時だった。

「オフィーリア、何も心配はいらないよ。さあ、こちらへ来るんだ」
 
 声の主、ジルヴァをオフィーリアは振り返る。ジルヴァは優しく微笑みながら、オフィーリアに向けて片手を差し出していた。まるでたった今アルフォンスが倒れたことなどなかったかのように、ただ転んでしまった友人に、手を差し伸べるだけのような、そんな気軽さで。

 オフィーリアが彼に対して感じるのは、得体の知れない恐怖だった。何故、彼を心から愛おしいと思ったのだろう。今は少しも分からない。
 
 唖然とロザリーはジルヴァを見た。

「あなたが、わたくしに魔術をかけた……」

 一体いつから――? 

 いつから彼を最愛の人と誤解していたのだろう。記憶が曖昧になったのはいつから? いつから、あの公爵令嬢とアルフォンスの仲を疑うようになったのだ。疑念を植え付けたのは、誰――? 夜ごと彼はオフィーリアを部屋に招き、支配と服従の魔術を重ねていった。

 言われたジルヴァはわずかに目を開き、そうして不可解そうに眉根を寄せた。

「自力で解いたのか? よもや、アルフォンスへの愛ゆえになどとは言わないだろうな」

 オフィーリアの目の前に、ジルヴァの手が迫る。叫びながらオフィーリアは、ジルヴァの部屋を飛び出した。
 
 自室に戻り鍵をかけ、扉の前に座り込んだ。激しく混乱していた。
 ジルヴァの魔術に嵌められていた。彼を唯一の理解者で恋人だと思い込んでいた。吐き気を覚え、実際にオフィーリアは絨毯の上に嘔吐した。

「こんなに簡単に、惑わされてしまったなんて――」

 いとも容易く、孤独に漬け込まれてしまっていた。
 
 いまやジルヴァがオフィーリアにかけていた服従の魔術は完全に解けていた。
 だがあの男なら、また別の手を使いアルフォンスを追い詰めるはずだ。洗脳が解けたオフィーリアを、再び操るつもりかもしれない。しかしそれでも、時間はかかるはずだ。人の精神を支配するには、数日かかるということは、知識として知っていた。

 その前に、ジルヴァを殺さなくてはとオフィーリアは思った。アルフォンスの突然の病も、間違いなくあの男が仕組んだものだ。証拠などなかったが、オフィーリアは確信していた。だってジルヴァは、アルフォンスをひどく憎んでいる。

 オフィーリアはふらふらと立ち上がり、文机の中にあった短剣を手に持った。

「殺さなくては……わたくしが、この手で」

 ジルヴァを殺さなくてはならない。
 それが自分がしでかしたことへの、責任の取り方というものだ。

 
 ◇◆◇ 


 ロザリーは、目を閉じることはしなかった。目の前のセオをまっすぐに見据える。締め付けられる首にも、まさに魔術を放とうとしている彼の手にも目をくれず、ただセオを――彼に重なるジルヴァを睨みつけた。

「あなたは、彼女の尊厳を踏み躙ったのよ! まだ、たったの、十五歳だったのに……!」

 セオは小さく笑っただけだ。ロザリーの抵抗など、大した意味もないように。

(オフィーリアとアルフォンス様は愛し合っていたんだわ……! ただ、それだけだった……)
 
 オフィーリアは異国からこの国にやってきて、迎え入れたアルフォンスを見た瞬間、まるで光が差したかのように思ったのだ。

 あの男の子だわ! と、オフィーリアはそう思った。幼い頃に母の領地にいた、あの男の子に違いない、と。髪の色や目の色、笑い方や話し方が、彼そのものだったから。
 たちまちオフィーリアは恋に落ちた。幼い頃の美しい思い出ごと、彼のことを愛した。そうしてそれは、アルフォンスもそうだった――彼もそうだったのだ。
 
 十五歳の少女と十七歳の少年が、互いに惹かれ合い結婚をしようとしていた。だがそれだけでは済まなかったのは、彼らが置かれた立場によるものだった。

 オフィーリアがジルヴァを殺すために彼の部屋を再び訪れた時、彼は普段と変わらない様子で食後の茶を飲んでいて、使用人をすべて下がらせた後、余裕の態度でこう言った。
 
“違うさオフィーリア。アルフォンスを死に至らしめるのは、私ではない。あなた自身の毒なんだ”

 ロザリーも思い出していた。

(アルフォンス様を殺しかけていたのは、ジルヴァではなくオフィーリアだった。彼女の祖国が、彼女を呪具にして送り込んだんだわ……)
 
 “呪具としての魂”――あの書物の記述を思い出す。前世で知っていたことだ。だからあの文章に目が止まったのだ。
 
 王族を標的にした呪いを、祖国はオフィーリアに仕込んでいた。
 彼女の感知しないところで。

 祖国は、役立たずの姫の使い道を遂に見つけたのだ。オフィーリアはその体に、呪詛の毒を宿して嫁いできた。

彼女わたし自身が、呪具だった……)

 祖国が敵国に抱く憎しみの悲願は、一人の少女を代償にして、成就しようとしていた。
 近づけば近づくほどに、オフィーリアの体にかけられた呪いが、アルフォンスを蝕んだ。

 ロザリーの耳に、ジルヴァの声が蘇る。

――あなたに毒が仕込まれていると気がついた時には震えたよ。ようやく欲しいものが手に入ったのだから。まさにあなたは、私の女神だ。

――あなたにかけられた呪いを少しだけ変質させた。数多の王族に向くものではなく、たった一人に方向を変え、精度と強度を高めたのさ。

――誰もアルフォンスを救うことはできない。死神以外には。

 だがオフィーリアは気付いていた。呪具を失えば呪いは解けるということに。命を差し出せば彼を救えるということに。
 まさかジルヴァは考えもしなかったに違いない。オフィーリアが抱く愛が、自らの命さえ惜しくはないということを。

 だからオフィーリアは、ジルヴァを殺そうとしていたナイフを、自らの首に当てて掻っ切った。
 故にアルフォンスの病は瓦解した。
 彼女は、自ら死を選んだのだ。愛する人を救うために。 
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