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第10話 彼の告解
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「すまなかった」
嵐のように姉妹達が去って行った後で、レイズナーが言った。私たちは未だに廊下に立ち尽くしている。
「君を怖がらせただろう」
レイズナーは、私と目も合わせない。そのことがひどく悲しい。
「ポーリーナに、危害を加えようとした。あの時、俺は魔法を放とうとしていたのかもしれない」
怒り故か、あるいはまた別の感情のためか、彼の拳は握りしめられる。
「彼女が、あんな行動を取ってくるなんて思わなかったんだ」
ポーリーナが何をしたのかはっきりと見てはいないけど、場面から容易に想像できる。
「嫌いになったか?」
静寂の中、自分の呼吸の音だけが聞こえた。
目が合った瞬間、レイズナーは私の前に跪くように足をついた。大きな手が、両腕に重ねられる。
「……君が一番だ。君が二番だ。君が三番だ。四番目も、五番目も、その先もずっと、ヴィクトリカしかいない。
君だけだ。君だけなんだ。俺の中には、君しかいないんだ」
私の腕を掴むように置かれた彼の手は震えていて、頭を垂れていた。
「君がいなくなってしまったら、俺に残るのは果てしない暗闇だ。そこにはもう、光さえない。
嫌わないでくれ。どこにも行かないでくれ。俺は最低の人間だ。ひっくり返ったって、君の夫には相応しくない。だけど、俺の側にいてほしい」
「レイズナー、ねえ、レイズナーったら。顔を上げて」
ゆっくりと、彼の顔が上げられる。その目は赤く充血していた。
「嫌いになんて、なってないわ」
彼は私に何もかもさらけ出してくれた。だから私も、言うべきことを言わなくてはらならない。
「ポーリーナが、ごめんなさい。あなたの心を踏みにじったわ」
レイズナーは、じっと私の言葉を待っていた。まるで教会の司祭の言葉を待つ信者のように。
「一人で戦うのは孤独だったでしょう」
ゆっくりと、私は言った。
「もう、一人じゃないのよ。私、前はあなたが噂通りのひどい人だったら良かったのにって思っていた。
だけど、アイラにやり込められて頭をかいていたり、テオを雇って面倒を見ていたり、弱音を吐いて震えていたり――。
知らなければよかったって思ったの。そんなあなたを知ってしまったら、愛さずにはいられないから」
彼はまるで未知だった。知れば知るほど、さらに深みにはまっていく。
「私、自分がすっかり変わってしまったように思う。簡単に心が揺れて、こんなに簡単に、あなたを好きだと思うなんて。
あなたはお姉様が止めなくても、ポーリーナに危害を加えはきっとしなかったわ。
大丈夫よレイズナー。私は本当のあなたを知っている。私が側にいるわ。いつだってずっと、側に――」
言葉の先が紡げなかったのは、彼が口づけをしてきたからだった。まるで生きるためにはそうしなくてはならないかのような、感情を全てぶつけるかのような、切迫したキスだった。
そのまま抱きすくめられる。彼の心臓の、早い鼓動を感じていた。
「無理強いはしたくない。だがもう、抑えがきかない。怖がらないでくれ」
私が震えているのは、恐怖からではなく、彼によって与えられる歓喜によってだった。いつか言わなかった言葉を、やっと口にした。
「なにも怖くないわ。あなたがいるから」
* * *
ベッドに横たわりながら、レイズナーは天井を見上げていた。脱いだ服が、乱雑に散らかされている。
「君の話だと襲撃は、いずれも夜だった。理由は分かる。亡霊は、夜に力が強まるんだ。昼間だと、生きる者のエネルギーが強すぎるから」
私は彼の横顔を見る。鋭い目つきは、まるで天井にいる敵を睨んでいるようだ。
「そう考えると、やはり、誰かの体を借りて存在しているんだろう。問題は、それが誰かだ」
「外れるのはルイサお姉様とヒースね」
「俺もだ」
「そして私も」
疑わしい人間は沢山いる。だけどその中にブルクストンと同じ性格をしている人がいるかは分からない。
「その人の自我を変えることなく体を借りることはできるの?」
「分からないな。禁忌の術は、当然使ったことがないから」
唸った後でレイズナーは言う。
「普通に考えれば、人の体を借りるなんて無理だ。可能な場合は、対象に意識がない場合じゃないか。それこそ魂が体から離れる死に際とか。
……だが例えば、精神に隙がある人間だとしたらどうだろうか。完全なる魂であれば、入り込む余地がないが、心に空白がある人間がいれば、その隙間に入り込めるのではないか」
「心に欠落がある人ってこと?」
心という目に見えない概念的なものが、魔法という現実に侵食されるのだろうか。
「自我が破壊される何かがあった者かもしれない。過去のトラウマで、心に穴が開いているような人間だ。だが人格の両立は難しいだろう。少しずつ、元の人格は破壊されていくはずだ」
言いながら、レイズナーも気がついたらしい。はっと目を見開き、私に顔を向けた。
私も、同時に気がついた。
「いるわ。いるじゃないの! たった一人だけ、ブルクストンが死んで、すっかり人格が変わってしまった人が!」
私はレイズナーの手を取った。
「お兄様に、会いに行きましょう!」
嵐のように姉妹達が去って行った後で、レイズナーが言った。私たちは未だに廊下に立ち尽くしている。
「君を怖がらせただろう」
レイズナーは、私と目も合わせない。そのことがひどく悲しい。
「ポーリーナに、危害を加えようとした。あの時、俺は魔法を放とうとしていたのかもしれない」
怒り故か、あるいはまた別の感情のためか、彼の拳は握りしめられる。
「彼女が、あんな行動を取ってくるなんて思わなかったんだ」
ポーリーナが何をしたのかはっきりと見てはいないけど、場面から容易に想像できる。
「嫌いになったか?」
静寂の中、自分の呼吸の音だけが聞こえた。
目が合った瞬間、レイズナーは私の前に跪くように足をついた。大きな手が、両腕に重ねられる。
「……君が一番だ。君が二番だ。君が三番だ。四番目も、五番目も、その先もずっと、ヴィクトリカしかいない。
君だけだ。君だけなんだ。俺の中には、君しかいないんだ」
私の腕を掴むように置かれた彼の手は震えていて、頭を垂れていた。
「君がいなくなってしまったら、俺に残るのは果てしない暗闇だ。そこにはもう、光さえない。
嫌わないでくれ。どこにも行かないでくれ。俺は最低の人間だ。ひっくり返ったって、君の夫には相応しくない。だけど、俺の側にいてほしい」
「レイズナー、ねえ、レイズナーったら。顔を上げて」
ゆっくりと、彼の顔が上げられる。その目は赤く充血していた。
「嫌いになんて、なってないわ」
彼は私に何もかもさらけ出してくれた。だから私も、言うべきことを言わなくてはらならない。
「ポーリーナが、ごめんなさい。あなたの心を踏みにじったわ」
レイズナーは、じっと私の言葉を待っていた。まるで教会の司祭の言葉を待つ信者のように。
「一人で戦うのは孤独だったでしょう」
ゆっくりと、私は言った。
「もう、一人じゃないのよ。私、前はあなたが噂通りのひどい人だったら良かったのにって思っていた。
だけど、アイラにやり込められて頭をかいていたり、テオを雇って面倒を見ていたり、弱音を吐いて震えていたり――。
知らなければよかったって思ったの。そんなあなたを知ってしまったら、愛さずにはいられないから」
彼はまるで未知だった。知れば知るほど、さらに深みにはまっていく。
「私、自分がすっかり変わってしまったように思う。簡単に心が揺れて、こんなに簡単に、あなたを好きだと思うなんて。
あなたはお姉様が止めなくても、ポーリーナに危害を加えはきっとしなかったわ。
大丈夫よレイズナー。私は本当のあなたを知っている。私が側にいるわ。いつだってずっと、側に――」
言葉の先が紡げなかったのは、彼が口づけをしてきたからだった。まるで生きるためにはそうしなくてはならないかのような、感情を全てぶつけるかのような、切迫したキスだった。
そのまま抱きすくめられる。彼の心臓の、早い鼓動を感じていた。
「無理強いはしたくない。だがもう、抑えがきかない。怖がらないでくれ」
私が震えているのは、恐怖からではなく、彼によって与えられる歓喜によってだった。いつか言わなかった言葉を、やっと口にした。
「なにも怖くないわ。あなたがいるから」
* * *
ベッドに横たわりながら、レイズナーは天井を見上げていた。脱いだ服が、乱雑に散らかされている。
「君の話だと襲撃は、いずれも夜だった。理由は分かる。亡霊は、夜に力が強まるんだ。昼間だと、生きる者のエネルギーが強すぎるから」
私は彼の横顔を見る。鋭い目つきは、まるで天井にいる敵を睨んでいるようだ。
「そう考えると、やはり、誰かの体を借りて存在しているんだろう。問題は、それが誰かだ」
「外れるのはルイサお姉様とヒースね」
「俺もだ」
「そして私も」
疑わしい人間は沢山いる。だけどその中にブルクストンと同じ性格をしている人がいるかは分からない。
「その人の自我を変えることなく体を借りることはできるの?」
「分からないな。禁忌の術は、当然使ったことがないから」
唸った後でレイズナーは言う。
「普通に考えれば、人の体を借りるなんて無理だ。可能な場合は、対象に意識がない場合じゃないか。それこそ魂が体から離れる死に際とか。
……だが例えば、精神に隙がある人間だとしたらどうだろうか。完全なる魂であれば、入り込む余地がないが、心に空白がある人間がいれば、その隙間に入り込めるのではないか」
「心に欠落がある人ってこと?」
心という目に見えない概念的なものが、魔法という現実に侵食されるのだろうか。
「自我が破壊される何かがあった者かもしれない。過去のトラウマで、心に穴が開いているような人間だ。だが人格の両立は難しいだろう。少しずつ、元の人格は破壊されていくはずだ」
言いながら、レイズナーも気がついたらしい。はっと目を見開き、私に顔を向けた。
私も、同時に気がついた。
「いるわ。いるじゃないの! たった一人だけ、ブルクストンが死んで、すっかり人格が変わってしまった人が!」
私はレイズナーの手を取った。
「お兄様に、会いに行きましょう!」
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