イリス、今度はあなたの味方

さくたろう

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第三章 宮廷遊戯

終局に向けて

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◆イリス・テミス

 激しく動揺していた。わたしを離れさせるだなんて、なんてディマはひどいんだろう。
 わたしはいつだって、ディマと運命を共にする覚悟を決めていたのに――本当に、ひどい人だった。

「大人しく逃げるわけないのに」

 砦の中に一人送り込まれたって、行く場所は再び、ディマのいるところだ。ルシオを探して帝都へ行けとディマは言った。
 けれどそんなことをしたって意味がない。ディマと一緒じゃなくちゃ、無意味だ。それがたとえどんな地獄の底だって、ディマと一緒だったら天国だ。わたしの幸福は、彼の隣にしかないんだから。

 雨は、いつの間にか上がっていた。
 先ほどの場所に着く前に、異変は既に、感じ取っていた。

 静かだった。交戦の気配はない。
 遠く、二人の男が立っているのが見えた。それがディマと、クロード・ヴァリだということを、近づくにつれ知る。
 アリアの姿も、兵らの姿も、確認できなかった。
 わたしに気付いたディマが、困ったように笑ったのが見えた。

「仕方ない、イリスが僕の言いつけを守ったことなんて、ほとんどないんだから」

 彼らの側に行き、周囲を見渡し、尋ねた。

「何があったの。ミア様は? カイル様も……一緒にいたはずだわ」

 ディマは首を横に振る。それだけで、分かってしまった。

「彼女達は勇敢だった。決して悲しい最期ではなかった」

 考えてはだめだ。
 震えそうになる体を自分で抱えながら、わたしは聞いた。
 
「アリアは――?」
 
 答えたのは、クロードだった。

「あそこだ」

 顎で示す先に、地面に横たわるアリアの姿があった。胸には深々と、剣が刺さっている。

「死んでいるの?」

「いいや、生きてはいる」

 クロードは言う。
 
「彼女は中々、隙を見せてはくれなくてね。だが妹を自ら傷つけ、ディミトリオスを攻撃する瞬間は、とてもとても隙だらけだった」

「妹? ライラさんが来ているの?」

 衝撃を受けて叫ぶ。

「まさか、彼女はほんの子供だわ!」

 ディマは静かに答えた。

「だけど来た。でも大丈夫だ、傷は治療した。一人で戦場に来れるはずがない。にでも頼んで、隠れて連れてきてもらったんだろう」

 ディマが馬にかかってたマントをめくると、目を閉じ気を失っているライラの姿があった。顔色は良く、規則正しい呼吸をしている。
 状況から察するに、クロードがディマに加勢して、アリアを倒し、兵らを追い払ったのだ。

「先生、ありがとう。また助けてくれたのね」

「いつだって助けるさ」

 クロードは、肩をすくめた。
 戦闘はまだ続いている。圧倒的多数の帝国軍を前にして、こちらの不利には変わりない。
 あまり余裕はないけれど、アリアを確認せずにはいられなかった。

「苦しいの?」

 彼女の側に寄ろうとしたところで、背後から鋭いクロードの声がした。 

「抜いてはだめだよ」

 わたしは彼女の手前で立ち止まる。
 彼女の顔面は蒼白で、苦悶の表情を浮かべ、目を閉じている。その体には、深く深く、透明な剣が突き刺さっていた。

「水晶……?」

 剣は、それで出来ていた。わたしは胸元の首飾りを握りしめ、背後を振り返った。

「先生、水晶が、どんな意味を持っているんですか?」

 クロードが、意味ありげにディマを見たように思えた。

「エンデ国の水晶は魔力を帯びる。だからアリアの魔力を封じることができるんだ」

「でも先生。わたしの体から、水晶が出たわ。それに、ルシオさんの胸にだって、同じものが出現したの。無関係だとは思えない」

「ルシオの胸に? それは興味深いな」

「先生、戦闘はまだ続いています。一緒に戦ってくれるのなら、前線へ行きましょう」

 そう遮ったのはディマだった。真っ当な意見だけど、話を逸らしたように思えた。だってディマはいつだって、都合が悪いとそうするんだから。

 クロードは、ディマに頷き、わたしを見て微笑んだ。

「おかしなことではないよ、イリス。単に――あの水晶の性質が、聖女の魔力の波長と似通っていて、アリアの魔力を吸収しているだけだ。イリスの体やルシオの体になぜ出現したのかは、私には分からないよ。単に魔力が結晶化したのかもしれない。また時間がある時に、研究してみよう」
 
 手早くそう言うと、彼はディマを振り返る。
 戦場の音は、苛烈を極めていた。

「ガン総督が、到着したんだわ」

 帝国兵達から歓喜が上がった後、悲鳴に変わるのが分かった。タイラー・ガンが、わたし達に加勢したのだ。

「ヘルは、ヘルを救ったディミトリオスの味方か。……君等は、ガン総督といつから繋がっていた?」

「始めからです。僕がクリステル家の領地にいる時に、彼は側に来ると、言ってくれた。でも僕は断った」
 
 ミアとエルアリンドも、ヘルが直ちに参戦することには反対だった。帝国側がレッドガルドをヘルに攻め込ませたら、次こそあの街は壊滅する。
 だとしたら兵力を温存した方がいい。こちら側が帝都に近づけば、自ずと出兵命令がヘルにも下る。堂々とローザリアに渡ってから味方してくれというのが、わたし達の考えだった。

「機を待ってくれと言ったんです。僕は必ず帝都に向かうから、その時になったら来てくれと」

 はは、と声を出してクロードは笑った。

「なんという作戦だ。そこまで人の信頼に寄ってしまうのを、私はいい案とは思えないが、それでも成功してしまったのか。君たち以外では絶対に成功しなかっただろう、ある意味では愚策とも言える」

「ガン総督は、絶対に僕等に味方してくれると分かっていましたから、愚策とは思いません」

 ああそうだね、と、クロードは、どこか晴れやかな表情で答えた。
 彼らがヘルを生き抜いた仲間だということは知っていた。わたしの知らない絆があるのだ。
 その表情を見れば、クロードは本当に、ディマのことを大切に思っているのだと分かる。

「また“あれ”をやるか?」

「僕は“あれ”は、好きじゃありません。気を失いそうになる」

 むすりと、ディマは答えた。

「だけど、やります」

「では高台の方がいいな。砦へ行こう。空間転移で移動しよう。アリアとライラは私が担ぐ。君はイリスを頼むよ」

 ディマが、わたしに向けて、手を差し出した。
 
「イリス、おいで」

 手を重ねながら、ディマに言った。

「もう、一人にしないで。離れるのは嫌」

 ディマは頷いた。
 
「ああ、どこまでも一緒に行こう」
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