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わたくし、ぎゃふんと言いますわ
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それは、ユーシス様のお誕生日に開かれたパーティでのことでした。
大国である我が国の王子のお誕生日には、国内外からたくさんの招待客がいらっしゃっています。ですが主役のはずなのにしばらくの間、ユーシス様はご不在でした。
一体どうしたのだろうと怪しむ周囲に、婚約者であるわたくしが愛想を振りまき、場を取り繕っていたときです。
会場の扉が勢いよく開いて、ようやくユーシス様が登場なさいました。赤い正装は、彼の黒い髪によく馴染んでいます。二週間前までは優しかった紫色の瞳は、厳しくわたくしだけを射抜いていました。
ユーシス様は、その腕にわたくしの妹レティシア・インターレイクを抱いています。
その傍らにはユーシス様の側近でもあらせられます宮廷魔法使いハリー・ホール様がいらっしゃいました。なぜだか彼も、勝ち誇ったかのような表情を浮かべております。以前、ユーシス様の婚約者であるわたくしに言い寄ってきたところを断って以来、わたくしを目の敵にしている青年でした。
わたくしがぎゃふんと言う姿を待っているのでしょう。
なんとなく、この先の展開は予想できました。
会場中がわたくし達に注目する中、ユーシス様は叫びました。
「メイベル! 貴様と私の婚約は今日で終わりだ! 可憐なレティシアに毒を盛り、命を奪おうとした。許しがたい大罪を犯したのだから! 彼女は生死の境を彷徨い、心を病み、毎日泣いて過ごしているのだぞ!」
一歳違いのレティシアはわたくしによく似た美しい少女なのですが、わたくしよりも少しだけ儚げな外見をしておりました。
金髪の髪は丁寧に整えられ、ピンク色の可愛らしいドレスを着ております。うっすらとお化粧もしていて、妹によく似合っておりました。
外見に気を使う余裕のある娘が、心を病んでいるはずがないのですが、殿方はそれが分からないのでしょう。
それにしても生死の境とは大袈裟なことです。
せいぜいお腹が痛くなったとか、その程度でしょう。
「悪女という噂を信じず、貴様を愛そうとしたにもかかわらずこの仕打ち。貴様は城から永久追放だ。当然、私との婚約も破棄する! 私は新たにレティシアと婚約を結んだ。親の決めた婚約者ではなく、真実の愛に目覚めたのだ!」
ユーシス様は、腕の中のレティシアを強く抱きしめました。すがるようにレティシアは抱きしめ返し、大きな瞳で上目遣いにユーシス様を見上げました。きっと男性だったら、誰もがイチコロだろうと思われる、美しい目線で。
レティシアが毒で倒れたのは二週間ほど前のことです。
死には至りませんでしたが、それがわたくしのせいだとされ、このところ、周囲には白い目を向けられておりました。つまりわたくしがユーシス様と仲の良いレティシアに嫉妬して、彼女を殺そうとしたのだと、誰もが噂をしていたのです。
無理もございません。十六歳になったレティシアは小鳥のように自由で、猫のように気ままで、そうして花のように甘い表情を周囲に振りまいておりましたから、宮廷内の男性は皆くらくらしておりました。
毒事件が起こる前も、ユーシス様が彼女を目で追っているのには気がついておりましたもの。
いずれこうなるだろうということは承知しておりました。
婚約が破棄された以上、この窮屈なパーティにいる理由もありません。さっさと出ていこうと思ったところで、招待客の中からすっと、背の高い男性が進み出ました。
温かみのある薄茶色の髪の毛は、ノーウェア公爵の家系のものでしょう。わたくしの横に彼は来て、厳しい顔をユーシス様とレティシアに向けました。間違いなく、公爵家嫡男エドワード様でございました。
多くの女性に狙われているのに、未だ独身で、誰とも婚約を結んでいない方です。彼は強い声で言いました。
「彼女が実の妹に毒を盛ったなどと、そんなはずはありません」
まあ! わたくし、驚いてしまいました。まだこのお城の中に、王家に意見できる方がいらっしゃったなんて!
エドワード様は確固たる意思を秘めた表情で言います。
「あなたのことを、ずっと昔からお慕いしておりました。あなたのことだけを見てきました。そのあなたが、妹君を殺そうとするはずがない。ですが、婚約を破棄されたということならば、私の妻になってくださいませんか?」
なんて嬉しいお言葉でしょうか。疑念が掛けられてから、誰もわたくしを庇ってくださらなかったのに。
美貌と教養を兼ね備えたわたくしに恋する男性は多いのですが、彼が今まで言い寄って来なかったのはユーシス様と婚約関係にあったからでしょう。
ハリー様とは異なり、誠実なお人なのです。
わたくしが婚約している間もずっと恋をしてくださっていたなんて、純愛でとても素敵なことだと思います。
ですがわたくしは、彼の服の袖を掴んで、見上げました。
「エドワード様。わたくし、レティシアに毒を盛りました。だってとっても生意気なんですもの」
「――え」
驚愕の表情のエドワード様が、小さく声を出した瞬間、ユーシス様が顔を真っ赤にして叫びました。
「近衛兵ども、この悪女をつまみ出せ!」
騒然とする皆様に向かって、わたくし、淑女の礼儀としてお辞儀をひとつして差し上げました。
「皆様、お騒がせして申し訳ございません。メイベル・インターレイクは去りますわ。どうかパーティの続きをお楽しみくださいませ」
顔を上げた瞬間、レティシアが勝ち誇ったかのように微笑んだ表情は、きっとわたくしにしか見えなかったことでしょう。
――ふふ。可愛らしい少女ですこと。
流石わたくしの妹。わたくし、浅はかで自分に正直な彼女も大好きです。
「言いたいことはそれだけか」
ユーシス様が憎々しげに言った言葉に、少しだけ考えわたくしは答えました。
「参りましたわ。ぎゃふんです」
唖然とする周囲に向けて、もう一度だけ微笑むと、今度こそ会場を後にしました。
大国である我が国の王子のお誕生日には、国内外からたくさんの招待客がいらっしゃっています。ですが主役のはずなのにしばらくの間、ユーシス様はご不在でした。
一体どうしたのだろうと怪しむ周囲に、婚約者であるわたくしが愛想を振りまき、場を取り繕っていたときです。
会場の扉が勢いよく開いて、ようやくユーシス様が登場なさいました。赤い正装は、彼の黒い髪によく馴染んでいます。二週間前までは優しかった紫色の瞳は、厳しくわたくしだけを射抜いていました。
ユーシス様は、その腕にわたくしの妹レティシア・インターレイクを抱いています。
その傍らにはユーシス様の側近でもあらせられます宮廷魔法使いハリー・ホール様がいらっしゃいました。なぜだか彼も、勝ち誇ったかのような表情を浮かべております。以前、ユーシス様の婚約者であるわたくしに言い寄ってきたところを断って以来、わたくしを目の敵にしている青年でした。
わたくしがぎゃふんと言う姿を待っているのでしょう。
なんとなく、この先の展開は予想できました。
会場中がわたくし達に注目する中、ユーシス様は叫びました。
「メイベル! 貴様と私の婚約は今日で終わりだ! 可憐なレティシアに毒を盛り、命を奪おうとした。許しがたい大罪を犯したのだから! 彼女は生死の境を彷徨い、心を病み、毎日泣いて過ごしているのだぞ!」
一歳違いのレティシアはわたくしによく似た美しい少女なのですが、わたくしよりも少しだけ儚げな外見をしておりました。
金髪の髪は丁寧に整えられ、ピンク色の可愛らしいドレスを着ております。うっすらとお化粧もしていて、妹によく似合っておりました。
外見に気を使う余裕のある娘が、心を病んでいるはずがないのですが、殿方はそれが分からないのでしょう。
それにしても生死の境とは大袈裟なことです。
せいぜいお腹が痛くなったとか、その程度でしょう。
「悪女という噂を信じず、貴様を愛そうとしたにもかかわらずこの仕打ち。貴様は城から永久追放だ。当然、私との婚約も破棄する! 私は新たにレティシアと婚約を結んだ。親の決めた婚約者ではなく、真実の愛に目覚めたのだ!」
ユーシス様は、腕の中のレティシアを強く抱きしめました。すがるようにレティシアは抱きしめ返し、大きな瞳で上目遣いにユーシス様を見上げました。きっと男性だったら、誰もがイチコロだろうと思われる、美しい目線で。
レティシアが毒で倒れたのは二週間ほど前のことです。
死には至りませんでしたが、それがわたくしのせいだとされ、このところ、周囲には白い目を向けられておりました。つまりわたくしがユーシス様と仲の良いレティシアに嫉妬して、彼女を殺そうとしたのだと、誰もが噂をしていたのです。
無理もございません。十六歳になったレティシアは小鳥のように自由で、猫のように気ままで、そうして花のように甘い表情を周囲に振りまいておりましたから、宮廷内の男性は皆くらくらしておりました。
毒事件が起こる前も、ユーシス様が彼女を目で追っているのには気がついておりましたもの。
いずれこうなるだろうということは承知しておりました。
婚約が破棄された以上、この窮屈なパーティにいる理由もありません。さっさと出ていこうと思ったところで、招待客の中からすっと、背の高い男性が進み出ました。
温かみのある薄茶色の髪の毛は、ノーウェア公爵の家系のものでしょう。わたくしの横に彼は来て、厳しい顔をユーシス様とレティシアに向けました。間違いなく、公爵家嫡男エドワード様でございました。
多くの女性に狙われているのに、未だ独身で、誰とも婚約を結んでいない方です。彼は強い声で言いました。
「彼女が実の妹に毒を盛ったなどと、そんなはずはありません」
まあ! わたくし、驚いてしまいました。まだこのお城の中に、王家に意見できる方がいらっしゃったなんて!
エドワード様は確固たる意思を秘めた表情で言います。
「あなたのことを、ずっと昔からお慕いしておりました。あなたのことだけを見てきました。そのあなたが、妹君を殺そうとするはずがない。ですが、婚約を破棄されたということならば、私の妻になってくださいませんか?」
なんて嬉しいお言葉でしょうか。疑念が掛けられてから、誰もわたくしを庇ってくださらなかったのに。
美貌と教養を兼ね備えたわたくしに恋する男性は多いのですが、彼が今まで言い寄って来なかったのはユーシス様と婚約関係にあったからでしょう。
ハリー様とは異なり、誠実なお人なのです。
わたくしが婚約している間もずっと恋をしてくださっていたなんて、純愛でとても素敵なことだと思います。
ですがわたくしは、彼の服の袖を掴んで、見上げました。
「エドワード様。わたくし、レティシアに毒を盛りました。だってとっても生意気なんですもの」
「――え」
驚愕の表情のエドワード様が、小さく声を出した瞬間、ユーシス様が顔を真っ赤にして叫びました。
「近衛兵ども、この悪女をつまみ出せ!」
騒然とする皆様に向かって、わたくし、淑女の礼儀としてお辞儀をひとつして差し上げました。
「皆様、お騒がせして申し訳ございません。メイベル・インターレイクは去りますわ。どうかパーティの続きをお楽しみくださいませ」
顔を上げた瞬間、レティシアが勝ち誇ったかのように微笑んだ表情は、きっとわたくしにしか見えなかったことでしょう。
――ふふ。可愛らしい少女ですこと。
流石わたくしの妹。わたくし、浅はかで自分に正直な彼女も大好きです。
「言いたいことはそれだけか」
ユーシス様が憎々しげに言った言葉に、少しだけ考えわたくしは答えました。
「参りましたわ。ぎゃふんです」
唖然とする周囲に向けて、もう一度だけ微笑むと、今度こそ会場を後にしました。
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